第14話 騒乱の新年祭


「子供達を隠し部屋に!」


お母様が突然立ち上がり、お父様が隣に座っていたお姉様を突風のように抱き上げて走り出した。

きょとんとしている間に私も回収されて、あっという間に、トーラス領の美しい風景を織った大きなタペストリーの前に下ろされる。

お父様がこんなに早く動けたなんて知らなかった。

ほとんど同時に、侍女のシーラに抱き上げられたお兄様が、私の隣に下ろされた。

お祖母様が暖炉の脇にある燭台を持ってきて、窓の下の小さな穴に刺したのがちらっと見える。

すると、壁の模様が綺麗に割れて、タペストリー裏にぽっかりと穴が開いた。

大人が頭をさげてようやく入れそうなそこに、私達三人はお父様の腕でぎゅっとまとめて抱き上げられて、次々と放り込まれた。

中は冷たい石造りの倉庫のようなところで、どこからか湿った風が吹き込んで来る。


「ねえお父様、どうしたの? こういう、新しい新年のお祝い?」


妖精の歌声がわからないお姉様は、急すぎる展開についていけずに、小さな出入り口に駈け寄った。

生来の勘の良さで、ただ事ではないことが起きているのはわかったらしく、その指が小刻みに震えている。

お父様は、いつも通りほがらかに笑って、軽く肩をすくめておどけて見せた。


「お、そりゃ新しいな! まあ、今回はお祝いとはちょっと違うが……大丈夫さ。お母様の言うことをちゃんと聞けば、悪いことにはならない」


お父様の手が、私達の頭を順番に撫でて、離れる。

明るい笑顔のまま、お父様が背を向けた一瞬、見たこともないほど険しい横顔が目に映った。その横顔も、さっと落ちたタペストリーが、劇場の幕みたいに隠してしまう。


「マリアンネ、何があった?」

「警告よ。妖精にとって、鉄の臭いは人間の死の臭い。外から軍勢が来る」


お母様とお父様の厳しい声が、タペストリー越しに響く。


「俺が交渉する。君は子供達を外へ」

「私も行こう。年寄り相手なら顔が利く」

「ランドルフ! お父様!」

「大丈夫さ、心配いらない。愛しい妖精姫。……後で会おう」

「マリー、孫達と一緒に隠れていなさい。おまえは……」

「おやあんた、まさか私を置いてくつもりかい? 使用人の面倒は誰が見るのか、言ってごらんよ。さあ、お客様を歓迎してやらなくっちゃねえ。シーラ、行くよ」

「お供いたします、大奥様」


大人達の足音が、ばたばたと大広間を出て、遠ざかっていくのが聞こえた。

妖精達の鉄の歌がやかましく響く中、お母様だけが隠し部屋の中に入ってくる。

不安に震えてお姉様を真ん中にぎゅっと抱き合っていた私達は、涙目になりながら飛びついた。


「お母様、誰か来たの? うちの屋敷に、何かが来たのね?」

「ええ、でも大丈夫。大丈夫よ、トレア」

「そうよね? お父様は世界一強い騎士だもの。学院の先生だって、お父様のことすっごく優秀だったって言ってたわ!」

「そうよ。騎士時代のお父様は、どんな王子様より格好良かったわ。今はその倍素敵だけれど」

「ええ、それにお祖父様は、沢山の領主達と、とても親交が深いはずです。危なくなっても、すぐに援軍が来ますよね?」

「ええ。その通りよロビン。鳩小屋からお手紙を出したら、すぐに皆駆けつけてくれるわ」

「でもお母様! 嫌です、恐いです! 妖精の歌がやまないんです。ねえ、鉄の歌の話なんて嘘ですよね? ね?」

「当たり前じゃない、ユレイア。妖精の歌は予言ではなく警告。絶対ではないのよ」


泣きじゃくりながらすがりつく私の頭を撫でて、お母様は隠し部屋の隅に置いてあった石の椅子の前へかがみ込んだ。

すぐに座席が外れて、中から古びた剣や燭台が現れる。


「二本あるから、トレアとロビンが持っていなさいね」


緊張した顔で受け取ったお姉様とお兄様の前で、お母様は両手で石の椅子を動かした。

壁沿いに横滑りした椅子の下からは、細い急な階段がぽっかりと口を開けている。

中から、湿った雪のにおいのする風が吹き上がって、お母様の銀のドレスを揺らす。

手早く燭台に火をつけて、お母様がささやいた。


「さあ。頑張っているお父様達を助けてあげましょう。救援を呼びに行くの。静かに、静かに。かくれんぼよ」


お母様はお姉様を先頭に、私達を先に行かせて細い階段を降りていった。

しっかりした石の階段はほんの数段で、後は自然に出来たらしい地下洞窟に繋がっていた。

枝分かれした通路の分かれ道が次々と現れたが、母様は地図が頭に入っているようで、迷わず足早に歩いていく。

壁に小さな幾何学模様が描いてあり、時々小声で模様の読み解き方を教えてくれた。


「私、この道、通ったことあるわ。七歳の誕生日の時に、お祖母様に教えてもらったの」

「僕も半年前に、お祖父様に教えてもらいました。秘密だって言って……」


小声で話すお姉様とお兄様の声を聞きながら、私は震えが止まらなかった。

あちこちに、人が通れるかも分からない細い穴がいくつも開いていて、その小さな空気穴に、人や、丸い毛玉、細長い小枝のような形をした妖精達がひそんでいる。

妖精達が一斉に歌っている声がうわんうわん鳴り響く。


夢の毒が来る 手足が夢をみてしまうよ

心はまことを知れるのに 唇すらも夢の中


お母様が、後ろで息を詰めたのがわかった。

この歌がはっきり聞こえるのは私達だけ。

その上私は、妖精の歌の読み解き方を知らない。


「口を袖で塞いで、走って!」


お母様の悲鳴じみた声に、私達ははじかれたように走り出した。

その直後、抜け道の空気穴から、白い煙がゆらゆらと流れ出てきた。

どこか、洞窟が地上に繋がっている場所で煙が立っているのだ。

私達が走ったお陰で、煙は吸わずに済んだけれど、あの妖精の歌を聞く限り、ただの火事だと思うには危険すぎた。


「トレア、右下の通路に! 模様はないけど分かれ道よ。滑り降りて!」


先頭を走っていたお姉様が、数歩進んで立ち止まる。

お姉様の足下には、確かにお姉様でぎりぎり通れそうな、アナグマの巣に似た穴があった。


「でも、これじゃお母様が……」

「あなた達なら通れるわ。お母様は少し先の通路から行きます。急ぎなさい」


天井を漂う煙を吸わないように、お母様は腰をかがめて囁いた。


「でも……」


顔を歪めて目に涙を浮かべるお姉様の脇から、ふいにお兄様が飛び出してきた。お母様の腰に抱きついて、鼻声で一言、囁く。


「お母様。また必ずお会いしましょう」

「ええ。ロビンハート。また会いましょう」


かすかに頷いて一度だけぎゅっとお母様の袖を握ると、お兄様は真っ先に通路へと滑り込んでいってしまった。


「ロビン! ちょっと!」


お姉様が心底慌てて穴の前に膝をつく。

少し強ばった、でもからかうようなお兄様の声が、反響しながら案外近くで返ってきた。


「おてんばお姉様。ほら、来てください。僕をひとりにしていいんですか!」


ぐっと唇を噛んだお姉様が、お母様を涙目で睨んで手を振った。

穴に足を突っ込んで床に座り、両手を広げる。


「お母様、あとでね! 絶対よ!」

「ええ。ヴィクトリア、愛しているわ。ユレイアを抱えていてね、守ってあげて」


お母様に急に抱えられたと思ったら、私はそのまま軽々と、お姉様の膝の上に乗せられてしまう。


「やだ、お母様。いやです……!」

「暴れちゃだめよユレイア。後でいっぱい文句言いましょ!」

「いや! お姉様、はなして! おかあさまぁ!」


もがく私の身体を抱えて、お姉様が滑り降りていく。

肩越しに両手を伸ばしたら、お母様の掌に一瞬触れた。優しい指先の柔らかい感触と、冷たく冷えた温度だけを感じて、離れていく。

燭台の光に照らされたお母様の顔は、泣いてた。

頬に流れる雫が光ったけれど、すぐ通路の床に遮られて見えなくなる。


鉄の臭いがする 鉄の毒が塗ってあるよ

穢しているよ 鉄の臭いすら穢しているよ


「ランドルフ……!」


妖精の声に混じって、お母様の悲鳴が聞こえた気がしたけれど、その時にはもう、私は斜め下の通路に着地していた。

洞窟の中は真っ暗で、風はあるけれど光ひとつなくて、息が詰まりそうだった。


「ロビン、どこなの!」

「ここですよ。あれ、手が多くないですか?」

「そっちはユレイアの手よ! いいわ、そのまま繋いでいて!」


そう言うと、お姉様は右手で壁に手をついて、左手で私の手を引いて歩き出した。

私は、お母様の泣き顔がまぶたの裏から離れなくて、私は姉兄に両手を引かれながら、身が千切れるような不安にしゃくりあげて泣いていた。

お兄様が「大丈夫ですよ」と囁いて優しく手に力を入れ、お姉様が「安心しなさい、私が守ってあげるわ」と請け負う。


「ロビン、鳩小屋の行き方、もう知ってる?」

「右の壁伝いに歩いて行って、三本目の分かれ道を入って、すぐに上です」

「もっと近い場所があるわ。私ここ詳しいの」

「お姉様なら絶対探検してると思いましたよ……」

「あら、ロビンってばよくわかってる!」


お姉様は、突然反対側の壁へ向かって歩き出すと、今度は手を入れ替えて左手で壁伝いに歩き始めた。

ほんの少し歩くだけで、左側に小さな曲がり角があるので曲がった。道はゆるい階段程度の登り坂になっていて、くねくねとしばらく左右にねじれていく。


最後の角を曲がった時、ふわりと虹色の光が滲んで、あたりがぼんやり浮かび上がった。

数歩歩いて突き当たったのは、天井の高い、小さな広場のような場所だ。


「あかるい……」


私は姉兄の手を握ったまま周囲を見回した。

そこは随分と地上に近いらしく、どこからか冷たい風が鋭く吹き込んでいた。

灰色の天井は、石がつららのように何本も垂れ下がる鍾乳石で、全てがぽうっと虹色に光っている。


「きれいでしょ。今度、ゆっくり見せてあげるわ。こっちよ」


お姉様は、ちょっと笑って私の手を握り直すと、虹色に輝く小さな広場をすたすたと横切った。

天井の虹色の鍾乳石の先端から、ぽとん……と水がしたたり落ち、すぐ下の小さな水たまりに落ちる。

澄んだ泉のような水たまりの中には、鍾乳石の虹色を閉じ込めたような雫型の石が、いくつもいくつも転がっていた。

泉の周りには、沢山の淡く輝く妖精が集まって、相変わらず不吉な歌を歌っている。


「領主屋敷ならまだしも、首都の子爵屋敷の地下に、こんな場所が……?」

「そりゃもちろん、領主屋敷にはもっといっぱいあるわよ」

「お姉様、ここにあるのって妖精の涙ですよね。ちゃんとお母様に言いましたか。大問題ですよ」

「え、言わないわよ。どうせ知ってると思ってたし」


お姉様! と咎めるお兄様の声に気持ちが明るくなって、私は少しだけ笑った。

そうすると、ほっとしたようにお姉様とお兄様が顔を見合わせて、またことさらじゃれるような小競り合いをする。

きっと、こんな狭い洞窟をくぐり抜けることなんて、ここに来たよそ者達は、誰も出来やしないだろう。

そう思うと、きっと大丈夫だ、という気持ちが湧いてきて、私はお姉様に手を引かれて、また細い洞窟へと入っていった。


手を繋いでいるお互いの背中すら見えないような闇の中。

細い道を何度も曲がると、やがて急に寒く、明るくなって、正面から冷たい風が吹き込んできた。

知らず知らずのうちに足早になった私の腕をお兄様が引っ張って押しとどめ、お姉様は、慎重に大きな岩の隙間から顔を出す。

私も、お姉様の顎の下からそうっと覗き込むようにして外を見て、目をしばたいた。


「ここ、鳩小屋の近くにある、岩だらけの丘ですか……?」


そうよとお姉様が頷いた。


見慣れていた場所にこんな所があるだなんて知らなかった。

洞窟は狭いし、大きな岩の影になって入り口は隠れているから、遠くからではこのあたりは、岩の群れにしか見えなかっただろう。

外に出ると残してきた家族が心配で、身体をひねって子爵屋敷の方を見た。けれど、小さな森が間に挟まれている上雪がひどくて、屋根の先しか見えない。


不安と一緒に、寒さが体中に染み渡った。

冬だから厚着していたとはいえ、暖かな部屋で銀のドレスを着て新年の訪れを祝っていたのだ。雪嵐の中はあまりにも寒い。

だが、文句を言っている暇などない。


「岩をつたって鳩小屋に行きましょ。お姉様から離れないでね」


私達は、なるべくくっつき合って寒さをしのぎながら、お姉様を先頭に一列になって岩の隙間を進んだ。

今まで全然気にしていなかったのに、通路があるのだと思って岩場を見ると、時々、私達が出てきたような穴が開いてるのを見つけてしまった。

その上、うまく曲がると、岩の隙間から出ることなく鳩小屋に一番近い岩まで出ることが出来た。


雪嵐の吹く広場を一気に駆け抜けて、私達は鳩小屋の中になだれこんだ。

急に現れた私達に、眠っていた鳩達が迷惑そうに大騒ぎする。

お姉様にランタンをつけてもらった私達は、急いで鳩小屋を走り回った。


「お姉様、緊急を表す赤い染料を、直接、鳩の足につけましょう!」

「ええ。面倒だわ、全部の鳩にやっちゃいましょう!」

「レイア、あの棚にある染料を、箱ごと持ってきてください」

「わかりました!」


私が戸棚から染料の箱を持ってきている間に、お姉様は近くに居た鳩を片っ端から捕まえた。お兄様は一番大きい水飲み箱の水を捨て、ずるずると引っ張ってくる。

私は、染料の油を残らず水飲み箱の中にぶちまけると、お姉様が捕まえた鳩を次々と染料の中に突っ込んだ。

その後、迷惑そうに鳴きわめく赤い染料まみれの鳩をお兄様がつかみ取り、専用の窓から次々と解き放っていく。


「さあ行ってください! 今すぐ助けを呼んでくるんです!」


お兄様の声に見送られ、飛び立った鳩は全部で十二羽。

残りは、まだ訓練の終わっていない若鳩だ。そう大した数ではなかったので、小屋はあっという間にからっぽになった。

羽の舞い落ちる鳩小屋の中で、両手両足を盛大に赤い染料で汚した私達は、達成感と共にうなずき合った。

お姉様が、鳩小屋の棚を横滑りさせて、石の階段を出しながら振り返る。


「さあ、ここでぐずぐずしている暇はないわ。お母様達が気になるし、屋敷に戻りましょ。ここ、ロビンが最初に行こうとした通路に繋がっているのよ」

「知ってます。でも、どこかに大人しく隠れて迎えを待った方がいいんじゃ……」


二人の話を聞きながら、ふと私は、部屋の隅に、鳩が一匹残っていることに気がついた。

まだ居たのか、と思って小走りになってうずくまった白い塊を拾いにいく。

だが、触れてみればそれは、翼が四枚ある、鳥の翼を持つ妖精だった。


鳩が飛ぶ 狼煙のように鳩が飛ぶ

火のないところにゃ煙は立たぬ

狼さんたら驚いて 鳩の煙を消しに来る


かぱりと口を開いて、小さな身体で歌う妖精に、私は全身の身体が冷えるような気がした


「お姉様、お兄様! 誰か来ます。こっちに誰か走ってきます!」


私の悲鳴に、お兄様が鳩を出していた窓から顔を出して外を確かめ、お姉様が即座に私の手を握って隠し通路に飛び込んだ。


「ロビン! 早く!」


けれどお兄様は、水箱や餌袋を扉の前に置いて、足止めを作るのに忙しい。

やがて近づいてきた足音はすごい数で、馬のいななきが重なり合うのが風に紛れて聞こえてきた。


「この足音を聞いてよ! そんなのすぐに壊されちゃうわ! いいからおいでロビン!」

「お兄様、いいですから! 早く来て、早く!」


お姉様の金切り声と私の涙声に、ようやくお兄様が私達に駈け寄ってきた。


「早く、早く!」


急かすお姉様はもう階段にすっかり潜り、私は床から半分くらい身体を突き出しながら、半泣きで手をのばす。

お兄様は、私の手の甲をきゅっと掴むと、何故だか床に膝をついて私の額の髪をそっとかき分けた。


「お兄様?」


ちゅ、とおでこに柔らかい唇がおしつけられる。

私の額におやすみの時みたいな柔らかいキスをくれたお兄様は、泣き笑いして私の頬を撫でた。


「もっと、優しくしたかったなぁ……」


震える声が、いやに耳をうつ。

汗まみれで赤い染料まみれ。洞窟ではあちこちすりむいて傷だらけだったけれど、それでもお兄様は、妖精みたいに優しい顔をしていた。

彼は泣きながら笑って、それから急に私の肩をぎゅっと隠し通路に押し込んだ。

お姉様の背中に体当たりしてしまい、今にも走り出そうとしていた私達は揃って尻餅をつく。

どうして、と混乱しながら顔を上げれば、頭上にあったほの明るい隙間が、どんどんと狭まっていくところだった。


「お兄様!」


上の戸棚を戻しているんだ、と思った時には、お姉様は既に飛び出していた。


「ロビン! 馬鹿なことをしないで!」

「お姉様はやっぱりすごい。この吹雪の中でも馬の数がわかったんですね」

「こら! 開けなさい、馬鹿! ばかロビン、開けなさいってば!」

「本当にすごい数だったんです。きっとこんな小屋、一気に壊されてしまいます」


お姉様は天井にすがりつき、突き出た棒のような部分を必死に押しはじめた。けれど、上から何かが置かれているのかちっとも動かない。

私もお姉様の後を追いかけ、泣きながら一緒に天井を叩いたけれど、埃と泥汚れが落ちてくるだけだった。


「お兄様、お兄様お願いです。どうか戻ってきてください。戸棚をどかしてください」

「さあ、早くして。一緒に屋敷まで逃げるのよ!」

「屋敷が制圧されていたら? そっちに連絡が行ったらどうするんです? 賊達に、わざわざ地下通路の場所を教えてあげる必要はありません」

「ロビンハート、お姉様の言うことが聞けないの!」

「僕は元々、生意気な弟だったじゃないですか」

「違うわ! 私の自慢の弟よ!」


とうとうお姉様は泣き出して、力一杯天井を叩いた。

ほとんど同時に、鳩小屋の扉が乱暴に蹴られる音がする。

野太い、知らない男達のがなり声が、ぞっとするほど近くに聞こえた気がした。

お兄様が「知ってます」と囁いて、ちょっと笑った気がした。


「さあ、大好きで格好良いヴィクトリアお姉様。どうか僕らの可愛いユレイアをお願いします」


暖かな声が天井から降ってきて、そして離れる。


「嫌です! お兄様、お兄様一緒に行きましょう!」


ずずっと鼻をすすったお姉様が、黙って私を抱きしめた。

バキバキバキッと、悪夢のような扉の割れる音がする。

私のくぐもった悲鳴が、お姉様のドレスのお腹に吸い込まれていく。

乱暴な靴音が次々と頭上になだれ込み、野太い怒声が聞こえた。


お姉様は、泣きじゃくって暴れる私の手を引いて、息を殺しながら階段を駆け下りていった。


「鳩を出したのは私だ。我が名はトーラス家、長男。ロビンハート・トーラス!」


お兄様の涼やかな声が遠くなっていくのが、吐き気がするほど恐かった。


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