第9話 イレギュラー出現

 数日後の朝、部屋へ差し込む朝日で目を覚ます。


「おはようルーファス」

《おはようございます、本日も快晴のようです。そして、来客です》

「……そうなんだ。——予定にはなかったと思うけど?」

《桃瀬様がいらしてます》

「なんだろう」

《わかりません。忘れ物ではないようですが、リビングに入ってもらっています》


 リビングには自分の家かのようにテレビをつけてくつろぐ桃瀬さんの姿が……。


「どうしたんですか?」

「遊びに来ちゃいました!」


 てへっと舌を出して笑う桃瀬さん。


「と言うのは冗談で用事があってきました」

「用事……ですか」

「はい、コラボしませんか? 正確には私の配信に出てくれませんか?」

「俺、まだ名前も明かしてないんだが……いいのか?」

「……?多々良さんですよね。表札を見ましたよ」


 あっ、なるほどぉ

 そっか、表札。


「それに私を助けて地上まで送り届けてくれましたし、悪い人ではないと判断したんです。それで……どうでしょう?」

「コラボか——」

《もう顔も出てるし一回も二回も変わらないのでは?》

「確かに……顔を出さないのなら」

「いいのですか!?」

「ああ」

「やったぁ! いやーこれで合成だなんだ言う視聴者を黙らせれますよー」

「ちなみに何をするんですか?」

「ダンジョン下層を探索しようと思ってます」

「了解」


『速報をお伝えします。ただいま渋谷ダンジョンにてイレギュラーが発生しました。階層は下層10層、数名の探索者が交戦中の模様。現在、救出及び討伐の作戦が組まれています』


 と、つけっぱなしだったテレビ番組が突然変更になり、速報が流れた。


『そして、地上へ出てくる危険性もあるため周囲の方は避難してください。繰り返します—————』


「すぐ近くじゃないですか……」

「ああ」

《行こうとしてますか?》

「ん? 行くわけないじゃないか。イレギュラーに対してどんな武器が通用するのか、ワクワクなんてしてないぞ」

「めっちゃ行こうとしてるじゃないですか」


 桃瀬さんからも突っ込まれた。


「救出が目的だって。そのついでに新武器の性能をテストするんだ」

「絶対そっちが本命でしょ!」

「そんなことないって」


 その時ニュースが続報を出す。


『たった今入った情報によりますと現在イレギュラーと交戦中の探索者は配信をしている最中に戦闘に入ったようです』


 それと同時にルーファスからも情報が。


《岩崎様に渡したプレスレットから救助シグナルが届きました》


 俺の親友——岩崎 浩介こうすけに渡したアイテムの非常用信号が送られてきたと言うのだ。

 そして、浩介はダンジョン配信をしていた。

 つまり……


「浩介があそこにいるということか」

《ええ、岩崎様のチャンネルも配信中であり、そこには戦闘する様子が流れていました》

「そうか……いくぞ。あいつの座標はわかるか?」

《はい》

「桃瀬さんすまない。後の話はまた今度でいいか? 急いで渋谷ダンジョンに行かなければならなくなった」

「それは大丈夫ですが……渋谷ダンジョンに行くのですよね? そちらは地下のゲートでは?」

「こっちからのほうが近い。深淵は全てのダンジョンと繋がっている。それに上はおそらく入れなくなっているだろう」

《現在、渋谷ダンジョン地上入り口は探索庁によって警察、探索者が護衛に当たり封鎖されています》

「なるほど……でもそれなら深層探索者だっていえば入れてもらえるんじゃ……」

「討伐できるだろうが、救出は間に合わないかもしれない」

「そんな……」

「だからすぐに行くんだ」


 そう伝え俺は深淵へ向かう。



 ◆◆◆



「渋谷ダンジョン深層のゲートはどこだ?」

《南西五キロ先です》

「了解」


 ブースターの出力を最大にして音速でゲートまで向かう。


 

 ——15秒後。


「ここだな」


 目の前には青紫に輝くゲートがあった。


《はい》

「極力戦闘は避けていく。急ぐぞ!」


 俺はゲートの中へと進む。



 ◆◆◆



 —————下層第10層。


 イレギュラーと呼ばれるモンスターが出現していた。

 それは、大型トラックよりも大きな巨体、青に近い紫色の体毛、犬のような頭を三つもち、それぞれの口からは鋭い牙が見え、涎が垂れる。

 その姿形はまさにギリシア神話、冥府の入り口を守護する番犬ケルベロスに酷似していた。

 金色の瞳が前に立つ探索者四人を見据えた。

 獲物として。


「なんなんだッ! こいつは!」


 初めに口を開いたのは片手に縦を持ち鎧の上からでも筋骨隆々の男——神田かんだつよし


「多分、イレギュラーってやつだ……」


 隣で同じく前を注視しながらも返事を返すのはロングソードを持つ男。


「くそッ、こいつは不味すぎる。引くぞ! お前ら先に下がれ!」


 そう言い仲間の背中を守りつつ、剛は後ろへ下がる。


「逃げ切れるの……」


 杖を持った茶髪の女——由良ゆら涼香りょうかが怯えた様子で言う。

 突如出現した魔物は未だ静止し、視線を探索者たちへ向けるだけだった。


「今ならいけるかもしれん。なぜかは知らんがあいつは動かねぇ!」


 鎧を着た男はそう口にし、涼香の手を引き下がらせる。


「なぁ、浩介。救援は呼べねぇのか?」


 両手に同じ長さの刀を持つ、双刀使いで赤髪ショートの女——来栖くるす灯火とうかが問う。


「配信はできてるから今してもらってる。警告と一緒に」


 それにロングソードを持ち、魔物を警戒している男——岩崎いわさき浩介こうすけが答え、前を見据える。


「そうか……」

「まぁ、俺たちが倒してしまってもいいんだろ?」



「そうだな」

「フラグだぞそれ」


 冷静に双刀使いの女が突っ込む。


 そして彼らが前を向き、魔物へ視線を戻す。

 そこには動かないが視線は探索者から離さない魔物の姿が。

 

「もしかしたら……友好的な奴だったりするか?」


 ふとそんなことを思ったのか盾を持った男が呟く。

 その言葉を「そんなわけない」と浩介が一蹴する。


 彼らは魔物から離れ、もうすぐで視界から外れるだろうという時、三つの頭のうち真ん中の頭がニヤっと口角を上げる。

 その様子を盾を構え、最後尾を警戒していた男が気づく。


「おい! あいつ今笑ったぞ? もしかして遊んでるんじゃ……」


 そう言い終わらないうちに魔物が起き上がり、歩を進め始める。

 三つの首が同時に口を開き————


「グゴォォォォオォォッッ!!」


 三つ合わさり、大地を揺るがすような咆哮が階層中に響き渡る。


「うるさッ!」

「キャッ!」


 あまりの耳をつんざくうるささに足を止めて耳を塞ぐ探索者たち。

 その行動は失敗だった。

 一瞬で接近した魔物に最後尾を務める盾を持った男が吹き飛ばされる。

 純粋な突進だ。

 しかし、瞬発的なスピードで威力は倍増している。


「……グッ!! ガハッ!」


 勢いよく壁に叩きつけられ、衝撃により吐血してしまう。


つよし!!」


 剛へ駆け寄る。

 盾を持ちタンクをしてるだけあり、流石の防御力というべきか、一撃で葬られなかったことを悔やむべきか——何にせよ彼は壁に勢いよく叩きつけられながらも外傷は無く、衝撃だけだった。


「ぐ……油断しちまった……よ」

「大丈夫かッ」

「涼香、回復魔法をッ!」


 灯火が急かすように言う。


「はいッ!」


 涼香が杖を振り、


「彼の者を癒したまえ『ヒール』!!」


 剛の身体が緑の魔力で包まれ、回復していく。


「よし! 次は油断しねぇ!」


 身体を包んでいた魔力が消えるとすっかりダメージが無かったことになり、復活する。 


「ああ、奴も逃す気はなさそうだな」

「そうだね。迎え撃つしかない」

「やるしかないですね」


 四人は覚悟を決め、イレギュラーの魔物へ反撃を開始する。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る