第8話 基地へ

「この辺りで降りようか」


 そう伝え、俺は着地する。


「……もう二度と体験したくない」


 マスクを脱ぎ、時折、「うっぷ」と戻しそうになりながら、顔は青ざめた様子で言う桃瀬さん。

 慣れないときついよね。

(わかる……俺も飛び始めは大変だったよ)


「大丈夫そう?」

「大丈夫に見えますかっ? なんですか、縦に回転したり、雲の中突っ切ったり、魔物の側を通ったり、何度死ぬと思ったか」

「大丈夫そうだね」

「今にも吐きそうです! ……うっぷ」


 大声を出したせいかまた吐きそうになってしまう桃瀬さん。

 近くの岩場に腰掛けて休憩する。



 ◆◆◆



 ——5分後。


「そろそろ大丈夫そう」

「ならこっちにきて」

「わかりました。ところで、そっちは滝しかないですけど……」


 進む先には滝しかないと疑問を俺に投げかけてくる。


「来てみたらわかるよ」

「はぁ……」


 釈然としない様子を見せつつもこちらへ来てくれる。


「——おお! 滝の裏に入れるようになっているんですね!」

「そうなんだよ。これのおかげで基地が攻撃されることもないし、助かってるんだ。じゃ、この中に行くよ」

「はい!」


 俺の後に続いて滝の裏へ入る。そして扉の前へ。


「はえぇ〜、大きな扉ですね〜。で、押して開けるんですか? 試しの門みたいに」


 桃瀬さんは基地の入り口に設置された大きな扉に圧倒されるような声を上げた。


「そんな暗殺一家じゃないんだから……自動で開くよ。ルーファス!」


 俺が声をかけると扉が重厚感のある音を立てて左右に開く。


《お帰りなさいませ》


 扉が開き切ると同時にルーファスの声が聞こえる。


「マスクから聞こえた声と同じ声が!」


 周囲を見渡し、誰かいるのかと確認した桃瀬さん。

 しかし、見渡せど俺たち意外には誰も見つけれなかったようだ。


「あれ……?おかしいなぁ」


(……ちょっとからかってみよう)


「何かあったのか?」

「聞こえなかったのですか?先程の声が」

「声……?そんなものは聞いていないが」


 そう言うと桃瀬さんは何か心霊スポットで聞いてはいけないものを聞いてしまったような表情になる。


《からかいすぎです》


 ルーファスに怒られてしまった。

(さすがにやりすぎたか……)


「ほら!また聞こえましたよね!?」

「聞こえたね」

「誰なんですかッ!」


 凄い形相で聞いてくる。

 そこまでして気になるか……。コメントもちょっと引いてるぞ。

 ちらっとコメントを見た感じ驚いてるような少し引いたような反応がちらほら見受けられた。


「ルーファスだよ。俺の補助をしてくれてる」

「ルーファスさんって言うんですね!で、何処にいらっしゃるんです?」

「あー、どこにもいないし、どこにでもいるよ」

「なんですかシュレディンガーの猫みたいな」

「AIなんだ。なんでもサポートしてくれる万能AIさん。だからネットがあれば何処にでも居るよ」

「……ッ!AIだったのですか」


 少し驚いた様子を見せる桃瀬さん。


「意外と驚かないんだね」

「もう他で充分驚きましたから。あなたならAIも作ってそうだなぁと何故か納得しました」


 何その変人扱い。


《中に入らないのですか?》


 今日のルーファスはなんか一段と厳しい……。


「行きましょうか、桃瀬さん」

「はい!」


 そうして俺たちは基地の中へと足を進める。


「あ、桃瀬さん。そろそろ配信を切っておいてもらえますか?さすがに映せないものとかもあるので……。せめて映像だけでも」

「あ、了解です。……音は配信しておいて欲しいってコメントが多いので映像のみでも……?」

《構いません》


 ルーファスからの許可が降りた。


「ありがとうございます!」


 そうこうしてるうちにメインとなる基地へ到着した。


「さ、ようこそ。ここが俺の深淵活動基地だ」

「凄いですね……よく分からないけど機械が沢山……」


 いろんな機械へ目を移し、物珍しそうに見る桃瀬さん。


「あ、あれがルーファスの本体だよ」


 俺は基地内で1番大きい機械を指して伝える。


「そうなんですか! おじゃましてます〜」


 それにお辞儀をして挨拶する桃瀬さん。

 そこにルーファスがいるわけではないんだけどね。


《いらっしゃいませ》


 ルーファスも返事を返す。


「さて、帰るゲートなんだけど」

「はい」

「目の前にあるあれだよ」


 正面の壁を指差す。俺の家と繋がるゲートだ。

(うーん……どうするか……。このまま進むと家の中に行っちゃうしなぁ。家の中にあるダンジョンって少ないから調べられると住所わかっちゃうし)

《配信は中断するとして問題は桃瀬様です。目を瞑っていてもらいますか?》

「それでいけるのかな……って、心の声読まんといてくれませんかね、ルーファスさんや。というかどうして読めるんですかね?」

《試したらできました》

「何この天才ちゃんは」


「あの——ルーファスさんと話しているんですか?」


 あ、声出てた。


「ああ、ごめんね。ちょっと考えごとがあったから」

「いえいえ! 大丈夫です! で、あのゲートを潜ればいいんですか?」


「基地の中にゲートがあるんですね。危なくないのですか?」

「いやむしろ他より安全だよ。出てすぐモンスターに襲われる心配もないしね」

「あ、確かに」

「それじゃ申し訳ないんだけど、ここで音声も終了してもらっていいかな? このゲートの先は個人情報も多いからね。ゲート出てからしばらくしたら配信再開してもいいから」

「わかりました!」


(純粋だ……! 疑う余地のないほどキラキラした目をしている!)


「よし、行きましょう!」


 桃瀬さんはスマホを操作し、配信を終了したと思えばすぐにゲートへ入っていってしまった。


《配信は確かに終了しています》

「了解。追いかけるよ」

《はい》


 ルーファスの報告を聞いてから俺も続いてゲートへ入――――ろうとしてふと気づく。


 そういえば、初めて女子を家に招き入れたよな……?。俺、変な対応とかしてないよね?


 俺は急に不安になってしまった。


《何を慌てているのですか。いつも通りにすればいいのではないですか?》

「そうは言ってもさ〜」

《それにもう手遅れかと。それよりも、待たせてるので先に行かれては?》

「お、おい!ルーファス、手遅れだと!?――――押すな!アームで押すな!話は終わってないぞー!」


 はよ行けと言わんばかりにルーファスがアームで俺の背中を押し、ゲートへ押し込んでくる。



 ◆◆◆



「わっ、とっとと……セーフ」


 ゲートから出た拍子に入る時の勢いのまま来てしまったため、転けそうになる。が、耐えきった。

(あっぶな)



「ここどこですか?」


 ゲートを出たら真っ白い部屋に出る。疑問に思うのは当然だろう。ゲートというものは国が基本的に管理しており、どのゲートも出た先には管理するための建物内部に出るはずなのだから。

 俺ん家なんだよね。


「自宅だよ。家の地下にダンジョンのゲートができたんだ」

「えっ! 家の地下にできてるんですか!?」

「うん、珍しいよね。とりあえず上に上がろうか。ここで話すのもなんだし」

「家入っちゃっていいんですか?」

「ゲートが家の中にあるからね」

「家の中にできちゃったんですか!? ︎︎それって結構不便なんじゃ……」

「そうでもないよ、できた場所が地下ってのも合わさってね」

「にしてもこの場合、ゲートの扱いってどうなるんでしょう?」

「俺が管理者みたいな立ち位置にいるのと、このゲートが特殊なこともあって俺しか許可されてないね。入るのは」

「え、そんな場所だったんですか……そういえば、深淵から深層、下層とかには行きませんでしたよね?」

「まぁ、想像してる通りだと思うよ。深淵まで直通なんだここは」

「めっちゃ危険なゲートじゃないですか!?」

「だから俺しか入るのを許可されてないんだよ」

「あぁー、なるほど」


納得してくれたようだ。


「ところで家の中でもスーツ着ているんですか?」

「いや、配信中だったからだよ。ルーファス!」

《はい》


ルーファスへ声をかける。すると左右の壁の一部が開き、アームが出現、床からは足を固定し、アーマーを回収するための機械が現れる。


「すごっ! 全自動でスーツが脱げるんだ!」

「そうなんだよ。これのおかげですごく楽になったね」

「ルーファスさんのおかげですね」

「そうだな。ところで話は変わるが……桃瀬さん、どこのダンジョンから入ったんだ? 場所によっては結構離れてしまっていたりするけど」

「新宿ダンジョンです」

「なら近いね、すぐそこだよ」

「おおー!」

「送ろうか?」

「いえいえ、大丈夫です! ここまでしていただいたのですから」

「わかった。なら玄関に行こうか」


 そう言い、俺は玄関まで案内し、見送る。


「それでは、今日は本当にありがとうございました!」


 お辞儀をしてお礼を言ってくれる桃瀬さん。


「当然のことをしたまでだよ」

「それでもです! 本当にありがとうございました!」


 桃瀬さんは俺の方に手を振って帰路についていく。

 俺は彼女の姿が見えなくなるまで見送った。




 

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