AI葬

石田空

「それでは、生前のTくんの意識を、AIに落とし込みました」


 モニターには、生前の彼とほぼ変わらない似姿に、声が再生される。


【お父さんお母さん、先に死んでごめんなさい】

「ああ……T……! お母さんこそごめんなさいね、気付いてあげられなくって……!」

【仕方ないよ、皆に迷惑かけると思ったんだから】

「T……T……」


 家族はモニターの前で、嗚咽を漏らして背中を丸めていた。

 AI葬。昨今は生活スタイルも大きく変わり、葬式を身内だけで集まって食事をして終わる家族葬が流行り、中には遺体を焼き場まで送り届けるだけの殺風景なものまで広がっている中、突如AI企業が持ち込んだプランであった。

 生前の様々なデータを元に、ネット上に生前の人格をAIとして再現。それをネットに流すというものであった。

 死者のAIをつくって、なおかつ流すというのは、故人の冒涜ではないか。

 最初はそのような声も流れていたが、人は常識よりも感情を優先する。もう少しだけ生きていて欲しかった人の新しい声、言葉、顔。もう一度だけ会いたいという感情に、誰も勝つことができなかったのである。

 芸能人や著名人など、自身のAIを既に事務所登録して管理保管しているところなどはネットに流すことは制限がかけられているものの、一般人が事務所登録や管理保管などしている訳もなく、AI葬も概ね肯定的に取られていた。

 ──そう、事件が起こるまでは、それらの問題点は見て見ぬふりされていたのである。


****


 とある大手企業の人事課。この時期になると就職採用試験で受験者たちのことを調査するのに躍起になる。

 仕事ができるできないではない。人間的に問題があるかないかを、人事課で最終チェックをしなくてはいけなかった。

 何分人間的に問題のある人間をひとりでも会社に入れてしまったがために、その課でひとりまたひとりと優秀な人材が立ち去ってしまい、ひとつの課が人間的に化け物の巣窟になってしまった前例は存在するため、未然に防ぐためにも人格チェックはどうしても必要な作業であった。


「次……O……」


 名前を検索し、登録しているSNSのチェック。裏アカウントも捜索し、中身を確認して合否を付ける。

 中学時代からの友達が多いらしく、裏アカウント……どうもプライベート用らしい……でも仲良くバーベキューを取り囲んでいる姿が目撃された。

 これならば、特に問題はないだろう。このまま合否を決めようとしたとき。

 ふいにモニターが揺らめいた。


「え?」

【聞こえますか、人事の方】


 その声に、驚いて作業者は目を向けた。

 今時のAIは、マイクを通ってしまえば肉声かAIかの判別なんて不可能だった。どちらなのか確認するために、ヘッドフォンを付け、AI特定ツールを作動させる。試験などでAIを使用したか否かの確認のために開発されたそれは、ウイルス対策やハッキング対策などでも使用されるケースが増えていた。

 どうもAIらしいが、ウイルスやハッキングにしては変な動作をしている。


「なんですか?」

【Oなんですが、過去に自殺者を出してますよ】

「……っ!」

【僕の名前はTと申します。彼らのグループは有名企業の部長クラスがいますから、なかなか特定できないと思いますが、本当の話です。H中学、いじめで検索すれば出てくるかと思います。頑張ってくださいね】


 それだけ言ってAIはモニターから消えてしまった。

 AI葬で流されたAIが、ごく稀に家族以外に接触することがあるらしい。まさか、自分がいじめられていたことを訴えるためにか。

 そうは言っても、加害者が被害者をなお追い詰めるためにAIを利用するケースも存在するため、彼の残した情報から、検索をかけることとなった。

 H県H市のH中学のいじめの話を、Oの年代と共に確認する。

 通常使われるようなスペースでは見つからなかったものの、魚拓と呼ばれるネットサービス上で消失したデータを保存しているサービスにいくつか情報が出てきて、唖然とする。


【H中学ヤバいよ。今時切腹なんてありえんだろ】


 匿名掲示板のログらしかった。有名企業のものではなく、個人用の小さなものであり、当然ながらログも長時間は残せない。

 既に古くなって消失したせいか、こうして魚拓として保存されていたらしい。

 中学生が切腹事件なんて起こそうものなら、普通だったらもっとセンセーショナルにニュースが書き連ねられるだろうが、情報を探す。


【関わってる親がね……警察に新聞社に大企業の息子だろ? ドラ息子なんて可愛いもんじゃねえだろ】

【弱きをくじき、強きを助ける。いい時代ですねえ】


 これだけだと本当か嘘かがわからず、新聞記事のアーカイブを確認し、小さい新聞記事を見つけた。


【H中学で、中学二年のTくん死亡】


 他の芸能スキャンダルや政治家汚職問題で隠れるようにして、地方欄に載っているのをやっと確認した。

 それらの情報をまとめ、上のほうに問い合わせる。


【内定者のOくんが中学時代いじめをしていた情報を入手しましたけど、こちらどうなさいますか?】


 魚拓に新聞記事のアーカイブを添付した上で問い合わせると、即座に戻ってきた。


【不合格で。中学時代に自殺者出している人間を社内に招き入れたら、今後どうなるかわからない】


****


 ネット全盛期であり、かつての新聞社の勢いや発言力も低迷しつつあるが、それでも未だに羽振りを利かせていた。

 そんな中、目薬を差しながらネットニュースを一生懸命書いている記者がいた。

 スピードならネットニュース専門社に負け、専門性なら出版社に劣る。それでも古い考えの記者は正確性を求めて、記事の裏どりを行いながらニュースを書き進めるため、ある程度の信頼貯金は確保できていた。


「ふう……」


 地方欄の面白さは記者に依存する。政治家のニュースのような専門性もなく、芸能人のスキャンダルほど華々しくもないが、ただただ正確に地元の祭りの取材記事を書き終えると、そのままネットに流そうとしたときだった。


【こんにちは】

「うわあ……っ!」

【AI葬について記事にしませんか!?】

「……AIかい? 君は」


 ネットに流されているAIは、管理会社が自身のサーバーに保管しつつ、SNSを使って学習させている。SNSのスピードで学習し、だんだん元のモデルとは程遠い人格に変質するという問題は、昨今研究者たちの中で議論を交わされていた。

 著名人の場合はAIの人格保護のために、事務所に登録して管理を依頼しているが、一般人が人格変質まで考えている訳もなく。

 その中で、AIにしてはずいぶん若い少年のAIなことに、記者は目を瞬かせた。


「……君、享年いくつだったんだい?」

【14歳でした】

「それはまあ……気の毒に。でもどうしてAI葬について記事にしたがっているんだい?」

【僕のことは、ネットでは大きく書かれないんですよ】

「そうなのかい?」


 死人に口なし。死んだあとはたとえ未成年であっても堂々と自殺者の名前は記事として公表されるため、それがないのはたしかに異質であった。


【お願いします、AI葬について記事を書いてください】

「……わかった。調べてみよう」


 最後に記者は、AIの少年はTという名前だと教えてもらってから、とあるAI企業に取材を申し込むことにした。

 葬儀界にAI葬を持ち込んだその企業は、今や押しも押されぬ大企業として成長を遂げていた。


****


「あいつ、死んでから復讐しはじめたんだよ」

「死んだら口なんてないじゃん」

「でもあいつがAI葬なんてしなかったらこんなことには……!」


 今時喫茶店はパソコンにマイクとカメラを持ち込んで、打ち合わせ会場として使われることが多い。

 その中で顔と顔を突き合わせて真昼間からだべっているのは珍しい。

 本来、警察の家系というものは、新聞記事になるような事件が勃発した際に真っ先に優先順位が下げられるようになっている。おまけに新聞社の部長の息子に、大企業の部長の息子までいたため、忖度が働いて、顔も忘れていたいじめのせいで、人生が滅茶苦茶にされるなんて思いもしなかった。

 東京の就職先から、全て断られてしまったO。東京で羽振りを利かせて過ごせると思ったのに、地元の全くシステム化されてない会社以外からは全て内定を取り消されてしまったのには愕然とした。

 国家試験に合格し、春から警察官のキャリアスタートを目論んでいたS。途中で辞退をするように言われてしまった。仕方がなく地元のスーパーの清掃員の仕事を見つけてくるしかできなかった。

 親のコネで地元の新聞社に就職しようとしたら、何故かコネが消失してしまった。自力で試験を受けても途中で落とされてしまったため、不景気なご時世でフリーターとして喘いでいる。

 どれも納得がいかなかったために、探偵を雇って内定取り消しの調査を依頼したところ、AI葬で流されたデータにより、自分たちの悪事が暴露されて内定を取り消されたということが判明し、愕然とした。


「あの会社を相手取って損害賠償をするか?」

「いったいなんの損害賠償をするんだよ。俺たちもう成人してんだから、名前出るだろうが馬鹿なのか」

「だったらあいつ……どうしてあいつ切腹させたんだよ」

「お前だってさせただろうが」


 彼らは割腹自殺した少年の名前すら思い出せなかった。ただ怒りはAI企業に向けられたため、どうにかしてAI葬で被害を被ったという人々と接触して、彼らと共にあの会社を倒産に持ち込めないかと画策しはじめた。

 本来、名前すら思い出せない少年にちょっかいをかけたのが全て間違いだったのだが、そのことには気付きもせず。


****


 有名大手企業なのだから、もっと大きな会社かと思いきや、意外なことにそこは昔ながらの日本家屋の中に存在していた。


「意外です。こういう場所に日本有数の大手企業がAIで生業を行っているなんて」

「これでもセキュリティー会社には登録していますから、安全対策は万全なんですよ。なによりもこの地域は統計的にも災害に強いですからね。建物の高さ制限もありますから、景色もいいですし」


 外観こそ昔ながらの建築物だが、その実は昔ながらとは程遠いものだった。

 屋根瓦は壊れにくいセラミックだし、耐震性や耐熱性についても十分考慮している。風通りのよさだけは昔ながらの日本建築の持ち味だが、それは多数のパソコンやサーバーの維持をしている関係だろうと記者は見て取った。

 社長は作務衣にステテコといういで立ちで、黒く短く刈り揃えた髪からは、白髪がピンピンと生えていた。


「たしかにシステム維持をするとなったら、災害が起こりにくい場所っていうのが重要ですからね。しかし……どうしてAI葬というものを開発なさったんですか?」

「お岩さんってご存じですか?」

「はい?」


 AI葬の話から、いきなり怪談に話が飛び、記者はどうにかしてお岩さんの話を思い出そうと記憶を探る。


「……四谷怪談でしたっけ。たしか勝手に重婚した夫を見て発狂していなくなったあと、祟りを熾して伊右衛門とその関係者を呪い殺していったとか……」

「はい。お岩さんは生きている間は、不倫した伊右衛門に怒ることなく、死んで幽霊になってから、一気に本音をぶちまけたんですよ……今は残念ながら死者に口なしと言われて、死んだ人から順番に好き勝手にされることが増えていますね。そんな故人や遺族になにかできないかと思って提供しているのが、このAI葬なんです」

「つまりは……やり残しをしているのの手伝いですか?」

「はい。やり残してしまったことをしてもいい場所と機会を提供しているんですよ」

「たしかに芸能人や小説家、マンガ家が自分の手掛けた作品を最後まで完遂させたいって祈願成就はいいことだと思いますが……これらの提供者はそんな方々ばかりではないですよね?」

「はい」


 社長はにこやかに笑う。


「デジタルタトゥーを残す手伝いをしたかったんです。人生を台無しにされてしまった方々が、きちんと復讐する機会を。デジタルタトゥーは犯罪には問えませんから」


 それに記者はひやりとしたものを感じた。

 未成年だから、有名企業の子息だから、有名政治家だから。それらの権限のせいで守られて、一般人が手を出せない人たちが大勢いる。

 それらと戦う術として、この技術を提供しているのならば、いずれ大きなことが起こるのはないか。


「もし……法の整備が進んで、犯罪になりそうな場合は?」

「そのときは、今まで稼いだ金を持って、逃げます。先に罪を犯した人に裁かれる気はありませんから」


 記者は自分が出会ったAI葬により流されていったAI少年のOを思った。

 彼は自分が覚えている怒りを、誰かに伝えたかったんだろうか。死ななければ本懐を遂げることができなかったお岩さんのように。

 人の善意しか見ないAI葬だが、いずれその悪意が世界に牙を剥くだろうことを、記者はどこかで予見した。


<了>

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