落ちる

トンネル効果、というのもがある。

簡単に言うと物体が通常、通り抜けられない場所を通ってしまう現象のことだ。

この効果が人体で起こることは稀、どころか人類が誕生する確率より低いらしい。


ほうほう。それは凄い確率だなぁ


と思う反面、あるにはあるのだな。と妙に納得した。

あり得る、ということは私が以前に目の前で見た現象は、一応説明がつくということになる。


最初にトンネル効果を目にしたのは、私が高校生の時だ。

演劇部であった私と友人Aは、夏のコンクールに向けて先輩たちと一緒に、居残り練習をしていた。

日が落ちてきたから、そろそろ切り上げようという話になった時、遠くから通学している私とAは先に帰るように、と先輩たちは気を使って言ってくれた。

お言葉に甘えて、片付けをしてくれている先輩たちにお礼を言うと、私とAは先に帰らせてもらうことにした。


転々とついている蛍光灯が、灰色に薄汚れた壁を白々しく照らす。

窓の外は、太陽の名残を残す群小色に染まっていた。

校舎内の暗さは独特な迫力があったが、それでもまだ怯える程ではない。

私とAは廊下を渡り、古い校舎の三階から階段を下っていった。

二人で話しながら、二階の踊り場に足をつけた拍子に、軽くAの肩と私の肩がぶつかった。

当時から筋トレが趣味だった私の肉体が、マッシブ過ぎたせいか、思いの外よろけるA。

Aは踊り場の壁際まで、おっとっと、という具合でたたらを踏むと、支えを求めて壁に手を伸ばし。


そして、腕が壁に飲み込まれていった。

こう、肩の辺りまで。


え、という風に二人で顔を見合わせる。 


どう反応して良いか分からず、沈黙が落ちる。

私が見守るなか、Aが恐る恐る腕を壁から引き抜いていった。

何事もなかったように腕は抜け、壁はただ静かに佇んでいる。

なんの変哲もない鉄筋コンクリートの校舎には、穴の一つもない。

そのあと、二人して何も言えずに終始無言で下校した。



次に似たようなことがあったのは、私が広島に引っ越してからのことだった。

広島で友人Bと歩いていた時だ。

広島市内では、夏に大規模な祭りが開催される。本通商店街という大きなアーケードとその周辺の歓楽街全てに夜店が立ち並び、祭り一色に染まるのだ。

私とBは屋台でしこた飲み食いした後、腹ごなしのために少し散歩しようと、人が少ない裏通りを歩いていた。

二人で取り留めなく話す中で、不意にBの身体が傾いた。


「わあっ!」


と、声を上げるBが私の肩を掴む。

私は思わず足を止めた。


「どうしん?」


問い掛けると同時に、斜めに傾いているBの足元を見る。

Bの足は、足首までアスファルトに突っ込んでいた。


「なんか、突き抜けた」


Bは呟きながら、恐る恐る足を引き抜く。

アスファルトには、なんの穴も空いていなかった。

あったのは、劣化してできたひび割れだけだ。

二人揃って首を捻った。



あともう一回落ちた瞬間を見たことがあるが、似たような具合だったので割愛する。

存外、人間は落ちるものなんだな。と今でも私は思っている。

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