第2話 止まない雨と妄想


 今回灯璽とうじさまたち一行が訪れたのは、アゼル・アル=ハイザムという騎士が住んでいる城。

 カザム共和国という国の土地を貰っているという。そこは魔王の統治していた地から馬で十日程走った先にあった。

 

 乾燥地帯で腰丈くらいの草木しか生えていない。だから遊牧と騎馬の調練にちょうどいい土地だと小耳に流れてきた。

 そのカザムという者自身も魔物狩りや他国との抗戦。これまでの功績で周りの土地もまた彼が貰ったものだと商人たちの道案内をする人間が嬉々として語っていたのを灯璽さまと隣で聞く。昼頃関所に着いてそこから案内人と合流した。


 関所を出てから隣の崖の下で流れる川の流れが激しくなっていた。水がここから向こうの天気が悪いのを伝える。

 森も雨露がありわたくしは心地よく感じていた。

 

 空からひらりはらりと水が降りた。

 水は灯璽さまの髪を撫でる。

 

 案内人が「まだ降るのか」と呟く。

 わたくしはわたくしで雨に濡れる灯璽さまも良いものかもと思いもっと降ってと思っていた。

 再び空想しているとその案内人は注意喚起し始めた。

 

「足元お気をつけてください。……魔王がいた時の干魃に比べたら良いことなんでしょうがここ最近雨が続いてまして」

「大変ですな」と商人が返していた。

「俺は好きだが。雨」

 

 灯璽さまがそう返すとムッとする案内人。

 それにムッとするわたくし。

 そうしていると昨夜灯璽さまと打ち合わせしていたその商人はそれをきっかけの如く話しかけてきた。

 話したくてうずうずしていたのはわたくしもわかっていたけれど、少しばかり妬いてしまう。しかし灯璽さまに人気があるのもまた嬉しいと思っていた。

 

「そういえば灯爾殿はアゼルと旧知の中だと小耳に聞きましたが……?」

「ああ。この国の騎士として奴と一位を争っていた」

「アゼルが騎士ということは……まさか灯璽殿は敗れたということですか」

「いや、裏方に誘われてな」

「暗殺部隊とかですか?」

「ああ……頭を下げるのが首相だけになったから俺は助かったな」


「流石灯璽さま! 一位になるほどお強いなんて」とわたくしは茶々を入れる。そして灯璽さまが頭を下げていたという見も知らぬ『首相』という存在を妬む。

 ふっと少しだけ笑い昨夜の水面から見た憂う顔を見せた。

 

 過去はまだわからないけど辛かったのだろうことがその一瞬捉えた表情でわたくしに伝わってしまう。

 その心の雨はまだ止まないのでしょう。

 わたくしはそばにいることしかできない。


 他の者に手伝って欲しいけれど……見たのはわたくしだけ。

 他の人はまた話題を変えたから。

 せめて安らげるように。いつか手助け出来たらと願って話に耳を傾ける。


「騎士長と剣を交えた事があるのですか?! それは凄い……! なんたってあの方は勇者に選ばれた者なのですから」


 一瞬だけ葉にぱちぱちと雨粒が喋る音だけが和ませるために響き渡った。

 商人たちの空気が変わったのだ。

 ピリつくその場で喋る案内人。

 

 それも致し方ないとわたくしは思う。

 作られた英雄譚――ただ弱い魔物たち、特に害のない魔族さえ弑していたのだから。害があると偽り楽に功績を上げて行く。それからわたくしでもわかる。

 灯璽さまが魔王の城を貰った時、家族を殺され残された子たち。彼らのため孤児院を建て学ばせた。彼らの一部で人に擬態できる子達がこうして商人として生業ができるまで成長していた。

 

 傍らで見ていた当時。

 珍しく子供に囲まれる灯璽さま。

 微笑ましく見守っていた。

 そして灯璽さまに養われる彼らがとても羨ましくわたくしも養って頂きたいと切に願っていたあの頃。しかし考え直してみるとわたくしと灯璽さまの養子――子供と思えなくもない。

 これは夫婦では……?! と好きな妄想に耽り出していた。きっとわたくしはにやにやのねちょねちょで気味が悪かった事でしょう。

 

 そうして現実と空想の中を何度も浮き沈みするわたくし。今日は憂う事が多いからわたくしも灯璽さまの顔を見つつ妄想に逃げてしまう。


 灯璽さまの「そ、うか」という珍しくたじたじする声にようやく浮き上がった。商人たち魔物を牽制しながらだからだろうか。寝起き以外でふわつく灯璽さまにニヤつくわたくし。

 

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