第15話 決闘 沖田総司 ②

 新選組とは、現代日本でいう警察組織。 


 機動隊……いやカウンターテロと言ったところか。


 だからこそ、新選組では他流の研究――――それこそ、剣術に限らず戦闘に関わる技の研究が行われていた。


 どんな剣の達人だって『一撃を受ける=死』の方程式は崩せない。


 知らない相手、知らない技を前にすれば、明らかに格下にも不覚を取りかねないからだ。


 新選組の強さの秘訣とは、


 他流派を調べて、


 研究して、


 対策する。


 それは、強い組織力があっての事。 しかし――――


(ダンジョン大名である有村家の剣は、門外不出。この状況――――将軍さまを確実に殺せる方法を手にした者に対しても、こちらに情報提供を拒んだ)


 だから沖田総司は考える。ただ、それだけが戦闘考察――――


(相手は、景虎が振るう技の数々は未知の技。それすなわち、未知の死――――ならばどうする)


 彼の持つ対他流派の膨大な知識。 それと天性の才能によって、初見殺しを封じる。


(初手は三段突き。反撃を許さずに、攻め続ければ勝てる。――――いや、それだけではダメか?)


 沖田総司は跳んだ。 対する景虎は、最初と同じように後ろに下がった。


 またしても防御と回避によって、その技をやり過ごして――――


 三段突きから生存する。 だが、真っすぐ後ろに下がってはならない。


 だから横に飛ぶ。 それが今度は噛み合った。


 両者が同じ方向に飛ぶ。沖田総司に逆袈裟斬り。


 三段突きの勢い。 その突進力を殺さず、最後に着地させた足に地面からの反発力を乗せて――――その剣は上に跳ね上げられる。


 それを受けた景虎は、浮遊感――――自身の両足が地面に離れていくような感覚を味わった。


「――――っ! まさか、これほどの威力でござったか!」


 人間の剣技とは思えない威力。 しかし、平素から景虎が相手をしているのは人間よりも魔物の数が遥かに多い。


 人間離れした膂力の持ち主と相手するのが日常。 その一撃を抑え切る。


 だが、真に沖田が狙っていたのは、そのタイミング。技を防いだ事で生まれる、刹那の緩み。


「お忘れですか? 天然理心流は剣のみに非ず。近間なら組技もあります!」


 その言葉の通り、刀を持った景虎の腕に自身の腕を絡みつける。


 立ち関節技だ。沖田は、景虎の利き腕を抑え込む。


 ギチギチと骨や腱が音を鳴らす。 剣では反撃は不能。


 下手に力を緩めれば、その瞬間に景虎の腕は天に向かって伸ばされ、関節を破壊されるだろう。


 変則的な脇固め


「むっ! その細腕にどれほどの鍛錬を――――ぐっ!」


 景虎は沖田の腕を振りほどけない。  加えて、彼が最後まで喋れなかったのは、沖田の打撃――――拳の一撃を受けたからだ。


 いや、それは一撃では終わらない。 互いに剣が満足に振るえない状況。


 だから、何度でも景虎の顔面に打撃を叩き込む。 


(勝機! このまま、殴り倒せば――――勝てる)


 だが――――「生憎、拙者も柔術は得意でござるよ?」


 沖田の視点が回転する。


(投げられた? いつ、どうやって?)


 剣の達人だけには留まらず、戦いの達人であるはずの沖田総司を持ってすら、自分がいつ投げられたわからない鮮やかな投げ。


 受け身も取れず、地面に叩きつけられた直後に――――倒れている沖田を狙って、打撃が放たれた。


 景虎から振るわれた拳。 沖田総司の腹部に叩き込まれる。


「ぐっ!」と重い空気が沖田の口から漏れる。


 それほどまでに打撃は強烈。 その拳は腹部にめり込んでいた。


(常人ならば悶絶する。見事に鍛え抜かれた体でござる。しかし――――)


 しかし、次に剣を振るえば景虎の勝ち。 倒れたままでは、襲い来る剣技を防ぐのは難しい。


 足にでも、深い傷を負えば、それだけで戦いを続けることはできなくなるだろう。


 だから、景虎は倒れている沖田の足を狙って刀を振る。しかし――――


 キン――――


 甲高い金属。 素早く態勢を整えた沖田総司は片膝立ちの状態で、その一撃を見事に防いで見せたのだ。


 思わず景虎からも「見事」と称賛の声が漏れた。


 しかし、沖田からの返事はなし。 呼吸が荒い……どうやら、景虎から受けた腹部への一撃が効いているようだ。


 もしも、これが打撃系の格闘技ならば、ダウン……あるいは試合続行不可能とされるダメージ。


 内臓系にダメージが浸透しているのかも――――いや、沖田が立った。


「効きますね……今の打撃は琉球の拳法ですか?」


「あぁ、『でぃ』 あるいは『唐手からて』と言われる武術だ」


 唐(現在の中国)から沖縄に伝わった拳法。 現代日本では100年ほど前に本州に伝わった事で『唐手』から『空手』に名前が変わっている。


「大型の魔物に対する有村家の技。剣だけではなく、柔術も、打撃も高水準……これは、興味本位の質問ですが……」


「なんだ?」


「大型の魔物を相手にしても、投げ飛ばして殴ったりするのですか?」


「どうだろうな? ドラゴンと戦った経験があるが、記憶が飛んでいてな。戦いの痕跡を思い出せば、おそらく――――」


「呆れた。 ドラゴンを相手に、柔術と拳法を使った剣客など、あなたくらいでしょうね」


「どうだろうな? 俺の……いや、拙者の兄上なら、幾度となく行っているドラゴン退治で披露をしてるかもしれぬ……で、ござるよ」


「?(口調がブレた? 家内で何かあるのか?)」


 沖田が「さらに探りを入れるべきか?」と考えている間に前に出た。


 この戦いが初めてから、初めて景虎が先手を取った形になる。


 景虎は刀を振る。 


 ただ、それだけだ。 技と言える攻撃ではなかった。


 しかし、彼の刀――――斬魔刀と言われるだけあり、魔物を斬り倒す事を想定されている超大型の刀。 


 沖田は大きく避けた。 刀で受ければ、それだけで体を痛めかねない景虎の攻撃。


 まさに猛攻と呼ぶのに相応しい。対する沖田は――――


(まるで、熊か何かが剣を振っているようなもの……しかし!)


 攻撃の隙間を狙って、反撃に跳ぶ。


 沖田の身体は軽やかに躍動する。それから雷のような剣の突きを見舞った。


 つまりはカウンターの――――


「三段突き」


 だが、それは不発に終わった。


「――――ッ!」と間合いに入っていたはずの沖田が踏み止まり、逆に後ろに跳んだ。


(あ、危ない。今の三段突きは誘われていた)


 不発に終わった理由。 それは景虎と沖田の刀――――リーチの差。


 景虎の攻撃を躱して、カウンターで三段突きを放つと通常の位置よりも遠くから放つ事になる。


(この距離で放っても、2撃……下手をすれば1撃しか届かなかったかもしれない) 


 そうなれば―――― 沖田は背筋にゾクリと寒気を感じた。


 景虎の構えが変わった。 剣を上に向けた上段の構え―――― しかし、新選組である沖田には、それは天敵の流派である薬丸自顕流 蜻蛉の構えによく似て見えた。

 

 だが、それと同時に思い出した。


 新選組の剣は、天然理心流の剣は、攻撃的な剣術。 相打ちを覚悟をして、自ら飛び込み競り勝つのが基本だ。


「ならば!」と自然に沖田の足が前に出る。


 対する景虎は――――薬丸自顕流などではない。


 巨大な魔物と戦うため、強烈な斬撃が必要不可欠。 だから、自然と剣術の思想が似通っていた。


 走りながら、動き回りながら、飛び跳ねながら――――強烈な斬撃を放つ。


 それが有村の剣だった。


 だから「参る!」と自然と景虎の足もまた、前に出た。


 ジリ…… ジリ……


      ジリ…… ジリ……


 そして、互いに攻撃の間合いに――――いや、先に攻撃の間合いに入ったのは、景虎だった。


 もしも景虎が、本当に薬丸自顕流ならば「きぇいぃぃぃぃぃ!」と猿叫と言われる独自に叫びと共に剣を振り落とすだろう。


 しかし、景虎は薬丸自顕流ではない。


「――――」と無言で剣を振り落とした。

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