第3話 皇帝の進撃、愚者の一撃

『皇帝』……タロットカード大アルカナ4番目のカード。

 強い責任感と自信を持ち、的確な判断力を通して行動を起こす様子を示します。父親を示す場合もあります。


 無責任で傲慢な性質を示し、行動する姿勢に見栄や未熟な能力が伴います。横暴な男性を示す場合も多々あります。


 

 

           +             +


 

 

「ほっ」


 閉ざされた校門をよじ登って校内に侵入する。昼間は特に意識することないが、夜中になると独特の雰囲気が漂っている。人の声も、物音すら一切しない暗闇の学校に人がいるとは思えないが、右の手の痛みがわずかに増した気がする。


「ていうか……俺って異能力者、なんだよな」


 1人でポツリと呟く。

 

「じゃあ……俺の能力って何なんだ」


 先ほど出会った世界という女の子には自分が異能力者だと言われたが、本当にそうなのか?異能力者とは……都市伝説とか妄想のような存在のはずだ。17年ほど前までは異能力者などと言う言葉は創作の世界だけの言葉だった。

 

 しかし、17年前あるうわさが流れた。日本国内で最も多くの犠牲者を出したテロ事件「光枝研究施設爆破事件」を起こした主犯の男が異能力者だったという噂。


「でも、噂だしなぁ」


 そう、あくまでも噂レベルであり確証や証拠はない。しかし、実際に異能力者と名乗る少女に出会い、こうして人の居ない街を歩いたためそれが完全に嘘だとは言い切れない。


「う~ん……はぁ……」


 校門からいつものように校舎の昇降口に向かいながら、手を前に着きだして力んだりして見る。何か起きるわけでもなく、何かが出てくることも無い。肩を落としながら下駄箱の前にたどり着く。


「まぁ、良いか。誰も居ないし」


 いつもなら靴を履き替えてから校内に入るはずだが、今夜は誰も居ないし、闇が広がる真夜中だ。靴は履き替えずに履いているスニーカーのまま校内に侵入していく。普段は味わえない背徳感のようなものが溢れてくる。


「それで……どこに居るんだ?」


 ここには一応人探しに来たんだが、ここまで誰ともすれ違いすらしていない。外から見た感じ、どの教室にも明かりは付いていなかったし校舎の中から物音すらしない。


「とりあえず……」


 まず、自分が昼間にいた自分の教室へ向かうために、校舎の正面の入口のすぐ目の前にある階段から3階に向かう。いつも通りの道のりで慣れた景色を見ながら暗い廊下を歩いていく。


 暗い廊下を月光だけが照らしている。俺のクラス2年3組は廊下のちょうど真ん中にある。校内用の靴ではなくスニーカーのため足音がほとんどしない。


「だれか……居ますか~」


 ふざけた感じで自分のクラスの扉を開けながら、声を発する。当然のように人なんて……


 居た。


「……お前か」


「えっ?」


 謎の人物が暗い教室で椅子の背もたれに寄りかかりながら天井を見つめていた。夜なのでそいつの顔までは見えないが、男にしては凛としていて芯の通った声だ。


「……お前が俺の相手か」


「いや、違……」


 違うという言葉が喉で詰まる。おそらくこの男が世界の言っていた『皇帝』なのだろうと直感で理解した。いや、直感ではない。右手の痛みが自分自身に警報を鳴らしている。


「『動くな』」


「え?」


 彼の声は夜で雑音が無い空間であっても透き通りすぎていた。まるで鼓膜に直接語り掛けられているかのような声だった。


「この痛み、間違いなさそうだな」


「痛み……」


「お前は……「0」?タロットに0などあったか?」


 向かいの男は俺の右手を見て、改めて異能力者だという事を認識したらしい。何やら不思議がっているが、今そんなことを気にしている場合ではない。

 

「ちょっと、待って。俺は別に戦いに来たわけじゃない。とにかく同じ状況の人と話がしたくて……」


「なっ!?」


 俺がそういいながら両手を上げた瞬間、教室の真ん中にいる男は顔こそあまり鮮明に見えないが、声だけで焦っているのが分かった。


「何故だ……」


「何故って……何が?」


「俺は動くなとしたはずだぞ」


「いや……うん。そうだね」


 動くなと言われたが、何か拘束をされたりしたわけでもないため、動けるのは当然だと思うが。


「チッ……まさか……」


 向かいの男は舌打ちをしながら席から立ち上がってズボンのポケットに手を入れた。そして、ポケットの中から何やら変な者を取り出した。暗い上に小さいため良く見えない。男は手に持ったを真上に放り投げた。


「『飛べ』」


 真上に投げられた物体はその声が響いた瞬間、正面つまり俺の方に勢いよく飛んで来た。不意を突かれて避ける間も無かったので顔の前に手をかざして防ぐ。しかし、


「痛っ……」


 ガードした腕に痛みが走る。とっさに手を見て確認する。そこには何やら破片のようなものが掌や腕に刺さっていた。


「これは……ガラス……?」


「これは、防げないか……ならば防御系の異能ではないな」


「こいつ……」


 目の前の男は本気で俺の事を殺そうとしている。本能でそれが分かった。理解した瞬間、何故か体が少し震える。恐怖。本来、日常生活で味わうことのない死の感覚。


「受け答えが出来ていた。耳が聞こえないという訳でもないな……」


「くっ……」


「なっ……『待て』」


 相手はこちらの異能とやらを本気で考察している。相手の意識の隙間を狙って教室の外へ走り出す。相手は意表を突かれたかのように声を荒げた。


「くっそ……俺は殺す気なんて無いのに……」


 とりあえずあの男から離れるために廊下を全速力で走る。しかし、すぐ後ろから声が響く。

 

「『崩れろ』!」


 それが聞こえた瞬間、俺の数センチ前の廊下の天井が、壁が、床がボロボロに崩壊した。崩壊した瓦礫の隙間から外の景色が見える。

 

「はぁ?」


「『我が腕は鋼鉄』」


「嘘だろ」


 振り向くと教室に居た男が勢いをつけて俺を殴ろうと腕を振りかぶりながら、何やら不穏なことを呟いていた。


 警告、当たったらヤバい。

 

「……っ!」


「フンッ、ハッ!」


「あっぶ……」


 ボクシングの要領で放たれたワンツーを何とか回避して、攻撃後のわずかな間を利用して相手と壁の隙間に滑り込む。


「普通の人間よりも高いその身体能力、異能力者で間違いないな」


「いや、だから、俺は戦いに来たわけじゃない」


「お前に戦意が無くてもこちらには戦わなければならない理由がある」


「それは、俺にもあるよ」


「なら、戦え」


 まるで話が通じない。いや、通じてはいるが取り合ってもらえない。今度はノーモーションで鋭いミドルキックを放つと同時に言葉を発した。


「『我が足は硬鞭』」


「くっ……、グッ」


 とっさに腕をクロスしてガードしたが、それでも腕と内臓に重い衝撃が走る。その衝撃のせいで肺から空気が押し出されて、うめきとも苦悶ともとれる声が口から漏れた。


 腕に鈍い痛みがある。一撃で腕にあざが出来、人間一人を1mほど吹っ飛ばす威力、とても人間の蹴りとは思えない。


「これでも耐えるか」


「イッテェ!」


 蹴りから時間が経てば経つほど痛みが増している気がする。痛みのせいで腕をついて立つことが出来ない。俺は相手に背を向けながら蹲っている。


「……結局、最後まで何の異能力か分からないかったな……」


「……」


 今は、ただ蹲りながら体をくねらせることしか出来ない。相手の足音と声が近づいてくるのが分かる。


「さて、なるべく楽に終わらせてやりたいが……」


 相手が言い切る前に跳び起きて、着ていた制服を脱ぎ去って相手の顔に被せるようにして視界を奪う。相手は一切怯まずに口だけを動かす。


「『裂けろ』」


 空中にあった俺の黒い学ランは誰も触れていないのにバラバラ裂けていく。しかし、それでいい。これはあくまで時間稼ぎ。


「!?」


「オラァ!」


 思いっきり振りかぶり握りしめた拳を躊躇なく目の前の男の顔面目掛けて飛んでいく。男はこれも動かずに口だけを動かす。


「『我が肌は金剛』」


「知るかぁぁぁあ!!」


 俺の拳は相手の顔面に触れた瞬間、バキッという音を立てながら……




 相手の顔面にめり込んでいく。


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