第2話 「愚者」と「皇帝」

『愚者』と『世界』が出会う1週間前



 日本 東京都 

 

「俺をここに呼び出したのはあんたか?」


「そうです」


 いつもなら名前も身分も知らない相手のために予定を開けることなどないが、この男は電話越しに妙なことを言ってきたらしいと電話を受けた受付から聞いた。


 [あなたの秘密の力についてお話があります]


 電話越しで60代くらいの老人の声でそういってきたと言われた。しかし、実際の待ち合わせ場所にいるのは20代ほどの若いスーツの男だった。髪をオールバックで整え、しわ1つないスーツを着こなしている長身の高い男。


「今日はお越しいただきありがとうございます。どうぞお座りください」


 社交辞令的な挨拶から入る若い男は上半身を折って頭を下げてくる。人間の動作にしては何やら機械的な印象を受ける。


「いや、立ったままでいい」


「左様ですか。では早速ですが、本題に入らせていただきます」


 窓際に立っている男は体をまっすぐにしてから、間をおいて話を始める。

 

「私、久世くぜ 界人かいとと申します。本日こちらにお越しいただいたのは、あるゲームについての説明のためです」


「ゲームだと?」


「はい」


 わざわざ俺を呼びだせる機会を与えられてすることが、ゲームの説明だと。相手の行動原理が分からない。とりあえず何も言わずに説明をさせるほうがいいだろう。


「ゲームの総称はありませんが、参加者は全員と呼ばれる方々です」


「……異能力者」


「えぇ……すめらぎ みかど様。あなたにもこのゲームに参加して頂きたいため、今回説明のためにお呼び出しせて頂きました」


「前置きは結構だ。さっさとゲームとやらの中身を『説明しろ』」


「申し訳ございません。では説明させていただきます」


「……?」


 違和感。


「ゲームの内容ですが、端的に申し上げますと殺し合いでございます」


「何?」


 ゲームの内容としてはさほど珍しくない。ただし、2次元限定の話だが。現実で行われるゲームの内容としては物騒もいいとこだ。


「22人の異能力者同士の殺し合いでございます。最後の1人には優勝賞品として『自分が望む世界』を贈呈致します」


「……」


 一般人が聞いたら、まず頭の具合を気に掛けるくらい素っ頓狂な話だが、何故か目の前の男が嘘を言っているような気がしない。顔に感情は出していないとは思うが、内心かなり動揺している。


「参加者には識別番号として番号を差し上げています。皇様は4番でございます」


「……4」

 

「以上で説明を終わらせていただきます」


「は?」


 思わず声が漏れてしまう。明らかに説明が少なすぎる。目の前の男はやり手の営業マンのような雰囲気を醸し出しているが、話し方というか説明の仕方に違和感を感じる。何かを隠しているような感じがする。


「何か質問はございますか?」


「そもそも俺に参加する義務がどこにある?」


「確かに義務はありませんね。ですが……」


 まるで断られるのが分かっていたかのようにわずかに口元を緩めている。視界の中に目の前の男を捕らえながら、周囲を警戒する。奴が微かに笑みを浮かべた瞬間に空気が変わった。


「参加は絶対です。あなたに拒否権はありません」


 目の前の男がゆっくりと後ろで組んでいた手をこちらに向ける。

 

「チッ……『動くな』!」


 とっさに命令する。普通の人間なら命令をされたとしても、実行するかは相手次第だ。しかし、俺の命令はだ。


 違和感。


「私には効きませんよ。皇様」


「!?」


 目の前の男はすでにこちらに手を向け終えていた。とっさに後ろに下がる。俺の能力を知っているという事はこいつも異能を持っている可能性がある。


 違和感。


「……まさか」


 違和感の正体が分かった。能力が作用していない。俺は確かに『動くな』と命令したはずなのに目の前の男は動き終えている。手を自身の前にかざした男の次の行動を予測しながら、相手を睨みつける。


「そう警戒なさらずに……作業はすでに終えています」


「何?」


「番号はすでに刻まれました。これにて参加と見なさせていただきます」


「『待て』まだ、話は……」


 命令と共に質問を投げかけようとした瞬間、目の前の男は消えた。比喩でも暗喩でもないそのまま消えたのだ。瞬きの間に奴の姿は形も残っていなかった。


 瞬間移動、いや……透明化か?……しかし、この部屋に入って来るときにはずだ。そうなると、元から分身のようなものだったのか。


「くそっ……作業だと?」


 体のどこにも違和感はない。先ほどの男の言葉を思い出して考えながら、ズボンの後ろポケットに入っているスマホを取り出す。


「清水か?急いで調べてほしいことがある……」


 彼はまだ気づいていない。自らの体に「4」の数字が刻まれていることも、その数字が同じ異能力者同士でしか認識できないことも。

 

「ご活躍楽しみにしております。皇帝こうてい様」


 

 

             +             +




「マジで誰も居ない」


 外はまるで時間が止まったような感じだった。誰も居ないし車すら通っていない。それなのに街灯はついているし、民家には明かりがついている。まるで時間が停止した世界から、人だけを消滅させたような世界。


「これが……印」


 自身の右手の甲にある「0」の数字を撫でる。さきほど自宅でとある少女に聞いた話では、


 

 「その数字は参加者にだけ与えられる識別番号だよ。これは0からXXIまである。もし体のどこかにローマ数字が刻まれている人が居たら、それは君と同じゲームの参加者だよ」


 

 と言っていた。


 家を出てからあることに気付いた。何故か右の「0」がヒリついている。かれこれ体感で30分くらい歩き回っているが、今は自身が通っている高校の方向に歩いている。


「ヒリつきが強くなってる」


 車も人もまるで空っぽになった街にある大通りの真ん中を歩いている。本来なら深夜でもこんな所、通らないだろう。何故、高校に近づくほど手の甲がヒリつくのか、これも先ほど世界と名乗る少女から聞いた。


 

「この数字はね、参加者同士が近づくと痛みだすんだよ。距離が離れているだけだとヒリヒリするくらいだけど、対面するくらい近づくとちょっと痛むよ」


 

 だんだんヒリつきが痛みに変わり始めている。俺と同じ参加者がいるという事だ。おそらく俺と同じように状況も何一つ理解できていないのだろう。


 自宅がある住宅街を抜けて、大通りに出た。そこから高校に向かうため、道なりに歩いていく。道の真ん中を歩きつつ、交差点を左に曲がる。車が一台通れるほどの小道を歩いていくにつれて右の掌の痛みが増していく。そろそろ建物の隙間から校舎の屋上が見えてくる。


「人なんて居んのか?」


 自身が歩いている道の左右を確認する。右にあるアパートの何室かには電気が付いている。左にある工場には全く電気は付いていないし、機械も駆動している様子はない。全くと言っていいほど人の声が聞こえない。不気味すぎる。

 

「本当に異能力者以外居ないんだな……」


 高校の校門の前に着いた。門は閉じ切っているうえ、誰の気配もしない。しかし、ここに誰かいる証明は自分の右手の甲の痛みがしている。


「家族は殺させない」


 少女は最後にもう一度、恐ろしいことを言った。



 

「あっ!……そうそう、言い忘れるところだった。……もし、誰も殺したくないとか言うなら、家族でも友達でも殺すから」




             +             + 

 



 数時間前


「ここか。異能力者がいるという場所は……」


 数時間後に『愚者』が訪れる場所にはある異能力者が居た。怪しい男に意味の分からないことを言われてから、毎日さらに怪しい手紙が届くようになった。


「『皇帝』君へ

  今日は通り雨が降るよ

          『世界』より」


 その日は天気予報では100%晴れと報道されていた。しかし、その日の午後にぴったり1時間だけ雨が降った。



「『皇帝』君へ

  今日は大地が7回震えるよ

          『世界』より」



 その日は微弱ではあるが全く同じ場所、同じ間隔、同じ震度、同じマグニチュードで地震が起きた。政府の地震の観測記録を閲覧していたから気づくことが出来た。日本は自身大国だ。こういう地震は何回も起きている。でも、手紙を見た俺にとってこれは予言としか言いようがなかった。

 


「『皇帝』君へ……」


 同じような手紙がその後も毎日届いた。そして、昨日の手紙。


「『皇帝』君へ

  以下に書いてある住所に異能力者が居る。

 その異能力者と殺し合いをしてもらいたい。

 もし、拒否したいならしてもいいよ。

 でも、拒否したら妹ちゃんがどうなるか分かってるよね。

          『世界より』」

 



 人の身で起こすことなど出来ない事象を6度も見せつけられ、証明までされた。おそらく『世界』とやらは神のような力を持っているのだろう。神から見れば、妹の命を刈り取るなんて簡単だろう。だからこそ、皇帝は低く呟く。


「妹は殺させない」

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