100日目

 晴れの特異日なんに、曇っていやがる。


「ぼくの晴れ舞台なのにもったいないですね✨」


 サキガケ(仮)が緊張感のないことを口走った。どうせ本番は日が落ちてからなもんで、もったいないも何もない。


「宮っち! 大変てぇへんだべ!」


 俺は儀式が始まってからコイツを連れていく役割だからってんで、鉄格子の前にパイプ椅子を持ってきて、こう、腕を組んで待っていた。肌身離さず持っていろ、と昨日言われたスケッチブックは、肌身離さずというわけにもいかねえ大きさだから、そん中で俺を描いてくれた――っぽいイラストを切り取って儀礼服のポケットに入れてある。スケッチブック本体は家に置いたまま。


「あっ! 森下さん! お久しぶりです✨」


 引き戸を開けて飛び込んできたのは、トラバサミに引っかかっていたサキガケ(仮)の第一発見者の森下。こっちに連れてきてからは一度も顔見せには来なかったんだが、よぉく覚えてんなコイツ。


「どしたん? 血相変えて」

がきなすった!」


 俺は腕時計を見る。

 ――まだ日没には時間があるってのに、もう!?


「行くぞサキガケ」

「ぽよ?」

「俺らの守り神は、どうやらあわてんぼうらしい」


 鍵を開けて、サキガケ(仮)の腰に縄を巻く。生贄が儀式の途中で逃げねえようにってんで巻いとくんだが、逃げようって魂胆なら鍵を開けた瞬間にささっと逃げるべ。


 この100日間で築いた信頼関係なら、コイツは逃げ出すとは思えん。


「ほほーん。オジロ様、ですね✨」


 森下が先導し、俺が縄の端を掴んで、その後ろをよろよろと歩くサキガケ(仮)。ろくに運動せずお絵描きしていたんだからよろよろ歩きになるよな。


 遠目にもう守り神のお姿は見えている。


「尾っぽが白いからオジロ様、なるほどです✨」


 けむくじゃらのバケモノ――と表現すると、俺にバチがあたる。コイツのついでにデザートとして食われちまうから、余計なことは言わないほうが吉。


 だが、俺に役割が回ってくる前の回でがきんちょがうっかり口を滑らせて、そのでかい爪に摘み上げられた。そのまま丸呑みされたんで、儀式の場には子どもを連れてこない、という約束になっている。父が責任を取らされる形で辞任して、俺に役割が回ってきたって流れだ。


「ぬぉぉおおん」


 オジロ様が鳴いた。俺の父も、祖父も、先祖代々、生贄を持ってくる役割だったから、俺の顔を見たら嬉しいんだろう。


「やあやあオジロ様! あなた様はこの村の守り神と聞いておりまする✨」


 サキガケ(仮)が満面の笑みで手を振っている。これから食われるってのにこんなに明るい生贄は初めてなのか、オジロ様が「ぬぅん?」と怪しんだ。


「バトルしましょう✨」


 サキガケ(仮)がすっと左手を挙げた。腰に縄を巻く際に手首も巻き込んだってのに、解いている。縄は地面に投げ出されて、その役目を終えていた。緩すぎたか?


「宮! あれ!」


 すっかり腰を抜かした森下が俺の膝にしがみついて、人差し指を空に向けている。だから俺も上を見た。


「おわぁ!?」


 雲と雲の切れ間から。オジロ様が巨体に似合わない動きでさっと避けたからいいものの、直撃しそうな角度で突っ込んできた


 俺は見覚えがあった。

 昨日見た。


「紹介しましょう✨ 軍神マルスの剣、とぼくは呼んでいます✨」


 地面に直角に突き刺さった大剣を抜いて、サキガケ(仮)――いや、もうここまでくるとサキガケとも言いたくなくなってくる。普通の人間に空から剣を降らせる力はないべ。


「おめえ……」

「気になるみたいなので教えておくと、真の名前はと言います✨ でも、魁でいいです✨」


 剣を、野球選手がバットを素振りするかのように振り回す。魁の容姿や、死ぬ前の職業――俳優業もしているアイドル、ってのを思い出すと、なんだか映画のワンシーンのようにも見えた。


「ぼくは宇宙の果てからこの星に来ました✨ この星を侵略するために、土着の神を片っ端から倒してまわっています✨」


 肩慣らしは終わったらしい。バッターボックスに入って、オジロ様をピッチャーに見立てると、ホームランを予告する。


「この村では三ヶ月以上もタダで泊まらせていただき、美味しい食事までいただいてしまいました✨ 感謝しています✨ おじさんとも仲良くなれましたし、イラストも上手になってハッピーです✨」


「ぬぁあああああああああああああああお!」


 ぐだぐだ話しているのが癪だったのか、オジロ様が先に動き出した。オジロ様は通常時、後ろ足で立ち上がっているが、四足歩行となる。大きく口を開けて、アッティラを。剣ごと。


「「あ」」


 ……なんだ。

 土着の神を片っ端から、ってんだからすんごいやばい奴なのかと思っ


「ぬぅ?」


 オジロ様の表情に、苦悶が浮かび上がった。その巨体をのけぞらせて後ろに倒れると、背中を地面につけてゴロゴロとしている。長い爪を自らの腹に突き立てて、中から何かをかきだそうとするような――


「ぬああああああああ、あああ!?」


 その口から、鼻から、耳から、赤い液体が溢れ出て、。見上げるほどの大きさだったオジロ様がみるみるうちに小さくなり、人の形となり、


「じゃじゃーん✨」


 魁の顔となった。


「ヒィッいい!?」

「森下さん、そんなに怖がらないでくださいよ✨ 魁ですよ✨」

「来るな! こっち来るな!」


 なんなんだ。

 何者なんだコイツは。


「だから、魁だって言ってるじゃないですか✨ もうやだなあおじさんったら✨」

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ヤコブの梯子が見つからない 秋乃晃 @EM_Akino

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