薬を求めた幼き目

爆裂五郎

英雄

 峡谷の奥深く、全てを治し、永遠の命が得られる不死の薬が生ると言われた場所に、精霊はいた。

少年は不治の病に侵された弟を救うため、精霊のいる場所を目指していた。

数多くの困難があったが、遂に彼はその場所へと辿り着いた。

だが彼は、既に少年とは言えない姿をしていた。

それは、一点の光もない夜の出来事だった。


「ふん、再びここまでやってくる人間がいようとはな。あれはいつだったか、まだ月が崩壊する前の頃だったろう。あの頃より道のりは険しいだろうに、大したものだな」


精霊は彼に語った。だが彼の耳に、精霊の言葉は届いていないらしい。

ここまで来る途中、彼は耳が一生聞こえなくなる怪我を負っている。片目も潰れているようだ。


「お前には心で語っているのだがな。返事くらいしてみろ。俺の機嫌を損ねると、前の男と同じ目に遭うだろう」


精霊はそう語ると、傍らにある人間の白骨を怪しげな光で照らして見せた。だが彼は動じなかった。


「ほう、流石に肝が据わっているな。だがそんな態度で、薬を譲ってもらえると思ったか?」

「薬など要らん」


彼の言葉に、精霊はあっけに取られていた。それは誰が聞いても不自然なものだっただろう。


「薬が必要ないだと?ならばお前は何故ここまで来たのだ。ここへ到達出来た者など、そこの骨以外ではお前だけだ。俺でも計り知れん程の苦労があったろう。でたらめを言って俺の気でも引きたいのか?」


精霊はごく当然の疑問を彼に投げ掛けた。彼は再び口を開く。


「弟はもう死んだよ。三十年前にな」


突飛で不鮮明な彼の言葉に、精霊は特に驚く様子も見せずに黙って耳を傾ける。


「おれはここまで来るために、何人も犠牲にしてきた。弟を救おうとするおれの力になりたいと言ってきた連中を。奴らも本当は、最後に薬を横取りするつもりだったのかもしれないけどな。でもそうだとしても、無駄にしたくなかった。今までのおれの生涯を」


精霊は相槌も打たぬまま、彼の前に佇む。


「おれは弟のことを何度も恨んだ。まだ生きていた時も、死んだ後も。なんでクソ生意気なガキのために、ここまでするハメになってるんだって。元々おれは酔っていただけだからだ。苦しむ弟を救おうとする自分に。覚悟なんてものは最初から今日まで、ずっとなかったんだ」


彼は懺悔のように語る。彼は既に息も絶え絶えで、精霊以外には恐らく彼の言葉は聞こえなかっただろう。

彼の肉体は、とうに限界を迎えていた。


「餞別に一つだけ教えてやろう。何でも治せる不死の薬など、ない。この世のどこにもな」


精霊のその言葉に、彼はこう返す。


「じゃあ、お前が創ってくれ。気が向いたらでいいから」


それが彼の辞世の言葉となった。


「無茶を言いよるな、こいつ。だが、流石に聞かないわけにもいかないか。ここへ来た二人ともが、同じ言葉を遺したんだしな」


愚者達の想いが、精霊に僅かな変化をもたらしていた。

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