ローテンション・ハイカルチャー

浅賀ソルト

ローテンション・ハイカルチャー

祖父が死んで美術品のコレクションが残った。色々な選択肢はあったが色々検討した結果としてオークションに出して売ることにした。理由は色々あるが、結局のところ、俺はそれほどこの趣味に思い入れがないということが大きい。好きという気持ちがなければこういうのを維持するのは割に合わない。

そのうちの一つが盗品だと分かった。オークションに出して鑑定した結果として判明したらしい。元の美術館というか、国のそういう組織が「うちの国から盗まれたものです」と連絡してきた。

反応に困っていたのだが、ちゃんと関係者がアドバイスをしてくれた。この場合の関係者というのは、元の所有者の遺族、国の機関、そしてオークションの担当者、あと無関係らしいのだけど——この場合の無関係は口を挟む権利がないという意味である——日本の外交とか文化とかその辺の関係者も出てきた。通訳まで介して連絡があると自分が無縁だった高貴な世界に触れたような気がした。

1億円とか1億ドルとかそういう世界だ。まあ、そんな金額の美術品というのはそうそうないのでさすがにそれはこっちの幻想だとすぐに知ったけど。

で、話を整理すると、もちろん祖父がルパンして美術館から盗んだわけではないし、盗品だと知って買ったわけでもないことはすぐに証明された。上書きして改竄されていたからだ。ちょっと出来のいい西洋絵画を作者も適当にでっちあげて経歴が作られた上で、気に入った祖父がまあまあの値段で買ったということだった。つまり捕まるおそれも返還する義務もないということである。

じゃあ買い取ってくれるのかという話になる。

まず、盗品と分かってしまったらオークションとしては出品できない。今回だけでなく、いわゆる表のオークションでは全部アウトだ。裏のオークションについては具体的には教えてもらえなかったが、失われた絵画がついに発見されたというニュースが出てしまった以上はこっそり売るのは難しいということだ。表にもすぐバレる。

話というのは、無償で返して欲しいということだった。

「普通に価値としては100万200万はあるわけでしょ? それをタダでってこと? 祖父だってタダで買ったわけではないんですよ」

それぞれの担当者はこれについて罵倒したり道理を説いたりはしなかった。いまになってみると、こういうケースは完全に想定内だし、経験もあったのだろう。

「もちろん、自分でコレクションしても構いません。倉庫にしまっておいてもよいです。これは相続したあなたのものなんですから」

「ご先祖さまの保存方法も問題ありません。このままの状態であればしばらくは大丈夫だと思います。とはいえ、10年以内には建物のリフォームと空調設備の更新が必要です」

「保存に失敗すると、本当に価値は0になってしまいます。もちろん、我が国ではどのように劣化したとしても引き取らせていただきますが」

「実際の価値が明らかになったので相続税と固定資産税がその価値に対してかかります」

「謝礼のようなものも御用意できません。これが利益になってしまう悪影響というのもありますので」

「もちろん、我が国の美術館には招待させていただきます」

うーん。そうはいっても謝礼くらいはあってもいいのでは。

話は分かった。絵を持ってても金にすることができない上に、維持費がどんどんかかるだけということだ。話をまとめると、「手放した方がいいっすよ」ってことになる。

理屈は分かるのだが、そうはいってもタダでくれって言われるとどこか納得がいかない。

祖父の他のコレクションは問題なくオークションにかけられるだろう。現金になったところで私や親族一同で山分けとなる。

まあ、それならみんなでポーランド旅行というのも悪くないか。

というわけで家族会議、親族会議になった。

祖母はすでに他界、両親も早逝している。伯母が1人いて、孫——つまり私のいとこ——が4人いるというのが会議参加者だ。いまどき風にリモート、LINEのグループ通話で話し合いになった。

伯母は、「ポーランドってどこ?」となにやら雲行きが怪しい。世界遺産もたくさんあるよと言ったんだけどくいつきがよくない。

いとこたちも微妙。タダで海外旅行できるんだからいいと思うんだけど、この辺は人によるのかねえ。タダだよ、タダ。俺ならタダなら佐賀にでも行くね。

「行きたい奴だけ行けばいいとして、サトちゃん(俺の名前)の話だと、別に持ってても得することがなさそうだよ」

俺も言った。「理屈だとそういうことらしい。売れるわけじゃないから、絵画が趣味なら好きなだけ保管しておいてくれって感じだった」

みんな無言。

タダで世界遺産や海外の美術館に行けることに興味が無いいとこが、突然相続した絵画に興味あるわけない。

「お礼状くらいは貰えるだろうから、それでよくないか?」

というわけで話し合いはまったりと終わった。

なんだかなあ。

色々な手続きのあとに無償譲渡ということになった。数ヶ月後に、いとこたちと話す機会もあった。

「あのじいちゃんの遺産の話、変だったなー」

「なんかこう、オークションの人とかが真面目に説明しているんだけど、温度差がエグかったなー」

「ほんとになー」

感想をまとめるとそういうことになる。価値が分からないと最初から最後までついていけないというか、騙されたわけではないということは分かっているんだけど、どこまでも実感がない上流の話として、心をスルーしていく。

くいつきのよかった友人を誘ってポーランドに行ったけど、その友人のおかげで楽しめた。いい国だった。

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