探偵M

北 康一

第1話浮気調査

登場人物紹介


主人公 白雪 冬樹 

     

所長  槇原 優

 

依頼人 望月 学 

 

妻  美里    




























      浮気調査は密接に


自分が初めて独りで探偵として受けた依頼が浮気調査だった。

浮気調査と聞くと、身辺の聞き込み、盗聴器、浮気相手との接触時をカメラに収る…。


なんて事を想像するが、所長のやり方はまるで違った。

「いいか、浮気調査と聞くと、尾行なんて事考えるヤツがいるが、逆に難しい」。


まずは、自然に調査対象と接触すること」。

道を尋ねる、お金を貸してくれ、とか理由は何でもいいから近づくことだ」。

「次に、偶然を装って再会する事」。

そこで改めて自己紹介をし、ターゲットに近づく。

後は適当に話を合わせて終わりだ。

冬樹「そんなやり方でいいんですか?」。

そんな質問に所長は「それだけでいい」と

一言言い放った。


今回のターゲットは、望月美里34歳、

夫 学(まなぶ)33歳とは五年前に結婚。

子供はなく、夫婦共働きの生活を送っている。

学は真面目で、普通のサラリーマン、高身長でもなく、高学歴でも高収入でもない。


出会いは居酒屋。学のほうは酒のほうは全然飲めないが、

美里のほうは、酔いつぶれて記憶をなくしてしまうなんて事もしばしば。

学が美里を介抱してあげた事がきっかけで、付き合いが始まった。

歳も近く、気遣いもでき、優しい学にいつしか惹かれていった。

一年の交際を経て結婚。

新居を借り、ごく普通の生活を送っていた。


学「最近、美里の行動が気になるんです」。


冬樹「と言うと?」


学「会社帰りにお酒を飲んで来ることは珍しくないのですが、連絡もよこさず、朝がえりなんて事が多くなって来たんです」。


冬樹「奥さんは浮気をしていて、朝までホテル、って感じですかね?」。


学「はい、そうとしか思えなくて…」。声を詰まらせる。


冬樹「真実を知るのが怖いと?」。


学「えぇ…」。


学「どうか間違いであってほしいんです」。


冬樹「わかりました、引き受けましょう」「でも、本当の事がわかったらどうするつもりですか?」。


学「自分はやり直したいと思っています」。


冬樹「では、調査を開始したいと思います」。

「連絡は随時?、それとも、決定的な証拠を掴んでからのほうがいいですか?」。

学「はっきりした事がわかってからで…」。


冬樹「では、証拠を手に入れたら報告します」。


学「よろしくお願いします」。

肩を落とし、事務所を後にする学を見て、『間違いであってくれ』。と祈る冬樹だった。


オフィス街のお昼休み、ランチに出ていた美里を見つけ、冬樹はさりげなく近づく。

混み合っているので、不自然さは感じない。

冬樹「あのー、これ落としません

でした?」。

とハンカチを美里に見せる。


美里「いえ、私の物ではありません」。


冬樹「そうですか、だったら店の主人に渡しておきますね」。


美里「えぇ」。

そう言って美里は店を出た。

これで顔は覚えてもらえたかな?

冬樹は内心そう思っていた。


翌日、違う店で昼食を摂る美里の姿を確認すると、冬樹は近づいていった。

冬樹「昨日は勘違いですみません」。


美里は少し考えたような表情を見せ、


美里「あぁ、昨日ハンカチを拾ってくれた人、名前を聞きませんでしたね?」


冬樹「はい、白雪冬樹、白雪姫の白雪に冬の樹って書くんです」。


冬樹「母が冬が好きで…」。


冬樹「そうだ、名刺があるのでこれを…」。そう言って美里に差し出す。

もちろん嘘の名刺で働いてはいない。だが会社は実在している。


美里「綺麗な名前ですね」。


冬樹「はい。自分も気に入っています」。


名刺を見ながら美里が言う「割と近くの会社に務めてらっしゃるんですね?」。


冬樹「そうです。基本ランチは外に出ず、会社の中でコンビニ弁当を買って食べています」。


美里「そうだったんですね。」「今日もランチに?」


冬樹「後輩から、『今日もコンビニ弁当ですか?』って言われたのを気にして…」。


美里「フフフ…」。


冬樹は少し照れくさそうな表情を浮かべたのを見て、美里は、「今度一緒にランチはいかがです?」。と言った。


冬樹は、美里の左手の指輪を見つめながら、「まずいんじゃないですか?」。と答えた。

昼休みのオフィス街、混雑しているとはいえ、誰かに見られる可能性もなくはない。


美里「じゃあ、今度の金曜日に食事しませんか?」。


冬樹「それはもっとマズイいんじゃあ…」。


冬樹「だったらこうしましょう」。冬樹は提案する。


冬樹「後輩を何人か誘って合コンという形で食事すると言うのはいかがです?」。


美里「…合コン…ちょっと死語ですね」。「でも、そのほうがいいかも?」。

「私のほうも何人か声をかけてみますね」。


冬樹「わかりました。後輩に声をかけてみます。」「場所は駅前の居酒屋、

『天下鳥ます』でどうですか?」。

後輩はただのアルバイト。酒も飲めて、お金も貰えるなんて楽な仕事、俺がやりたいくらいだ。


約束の日

冬樹とアルバイト3人は先に待っていた。

美里から携帯に連絡がはいる。

美里「今どこですか?」。

冬樹「もう、店の前にいます」。と言ってるそばから美里たちの姿が見えた。

「ちょうど4対4、いい感じですね」美里はそう言うと、一緒に店の中に入って行った。


冬樹「席は予約してあるんで大丈夫ですよ」。


冬樹は美里が会社から出て来るのを確認し、事前に人数を把握、店に連絡して予約していたのだった。


冬樹「えーごほん」。「本日はお集まりいただきありがとうございます」。


後輩「先輩っ!堅苦しい挨拶はぬきにして、飲みましょう」。


冬樹「そうだな、では、新しい出会いに

『カンパーイ!』

皆がお酒が進む中、冬樹はお酒にほとんど口にしなかった。

本当に飲めないのだ。


そんな冬樹を見て、美里が声をかけてくる。美里「ほとんど飲んでませんね?」。


冬樹「誘っておいてなんなんですが、実はほとんど飲めないんです」。


正直に話すと「夫もお酒はあまり得意じゃないいんです」。と話してきた。

冬樹「つまらないですか?」。


美里の薬指には、結婚指輪ははめられたままだ。

浮気をしているようにはとても思えない…」。


美里「優しいんですけどね?」。

酒のまわった美里の口から出た本音のようだ。


美里「最初の内はお酒が飲めないことは気にならなかった」。

(うつむき顔で話す美里)


でも、一緒に過ごしている時間が増えるに連れ、同じように楽しめなくなっていったと。


冬樹「価値観のズレですかね?」。

「でも、お酒を飲んでも解決するようには思えませんが…」。

美里「わかってはいるんです。でも、飲まないと彼と一緒に生きて行けないような気がして」。

「バカですよね、アタシ」。

冬樹「そんな事はないと思いますよ」。

「旦那さんもきっと、あなたの帰りを待っていると思いますよ」。

(彼女の瞳から一筋の涙が流たれ…)



冬樹「家まで送りますよ」。


美里「いえ、大丈夫です。ひとりで帰れますから」。


冬樹「そうですか。では気をつけて帰ってくださいね」。


電車に揺られながら、窓の外の景色を見ている美里。

美里『帰ったら謝ろう』。

心でつぶやきながら彼の顔を思い出していた。


美里「ただいま」。


学「おかえり、今日は早かったね。なんか楽しいことでもあった?」。


美里「うん、とっても楽しいことがあったの」。


学「なになに、教えてよ」。


美里「今度、一緒にお酒のんでくれる?」。美里は照れくさそうに言う。

学「いいよ、明日飲もうか?」


美里「うん」。


二人は寄り添い夜はふけていった。



                 調査報告書

美里が浮気をしていたという事実はなく、

単に、夫がお酒を飲むのに付き合ってくれない事を不満に思い、毎晩のようにひとりで

お酒を飲んでいるだけであった。


きっとこれからは、ふたり仲良く暮らしていけるだろう。

元妻のことを思い出しながら、冬樹は報告書をまとめ、依頼内容を夫に報告…」。

するまでもなかった。

後日、夫の学から感謝の電話があり、無事調査は終わった。

これが、初めてひとりで探偵として活動した最初の事件?であった。 






                                   完


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