ストーカー

でんでんむし

ストーカー


 僕はヒカルの事を愛している。


 ヒカルは女子大生で童顔だが、かわいい顔立ちで心優しい女の子だ。

 誰に対しても愛嬌のある彼女はみんなから好かれており、それに比べて、僕は周りからはいつも気持ち悪いと言われている。


 それでもヒカルだけはそんな僕に、いつも声をかけてくれるんだ。

 周りから否定され続けた僕だが、ヒカルさえいれば、もう何もいらない。

 だから僕はいつも帰り道に、こっそりと彼女の後をつけて、後ろから見守っている。

 今は冬なので夜になるのが早い。彼女が、変な奴に襲われないか心配だ。


 今度、内緒で彼女の部屋に忍び込んで驚かせてやろうと思う。僕の愛が伝わり、彼女はきっと喜んでくれるだろう。



 ああ……好きだよ。ヒカル。誰よりも愛している。君も僕の事を愛してくれているのだろう?



「おはよう! 今日も寒いね!」


 いつものようにヒカルは優しい笑顔で僕に声をかけてくれる。本当にヒカルは僕の天使だ。


「ねえ、もうあいつに話しかけるの、やめなよ」


 こっそりとヒカルに耳打ちする女の名前は、自称ヒカルの親友であるナオミだ。

 僕はこの女は嫌いだ。今の言葉を聞いても分かるように性格が悪い。


 それなのに、なぜかこの女は、ヒカルに負けないくらい人気がある。整っているスタイルと顔立ちもその一因だが、一番の理由は正義感が強いからだそうだ。

 僕には全く理解できない。


「ねえ、ヒカル。最近この辺りに変な奴がうろついてるって知ってる?」

「え?」


 不安そうなヒカルの表情に僕も驚いた。


「ずっと一人の女の子をつけ狙っているんだって。『ストーカー』ってやつだよ」


 ストーカーだって? そんな奴がいるなんて……許せない。

 今度、僕が見つけてやっつけてやる。


「ヒカルは本当に優しいよね。そこは尊敬してるんだ。でも、ヒカルは誰に対しても優しすぎると思う」


 ナオミが心配そうにヒカルを見ている。


「あたし、なんだか嫌な予感がするんだ。ヒカルのその優しさが仇となって、取り返しのつかないことになるんじゃないかって」


「ナオミ……」


 確かに、ヒカルは優しすぎる。だからこそ、僕が守ってやらなければいけないんだ。


「ストーカーって本当に怖いよね。あいつら自分が変だって気付いてないんだって。自分の事を、純粋だとか誠実だとか思い込んでるんだよ。なんで自分でおかしいって気が付かないんだろうね」


 この女は嫌いだが、その点だけは同意できた。

 本当にストーカーをする奴なんて屑だ。その歪んだ思いが本人を傷つけていることになぜ気づかないのか不思議でならない。


「何かあったら絶対言ってね! あたし、ヒカルみたいに純粋な子が傷つくのが我慢ならないんだ。ヒカルはあたしが守るから。親友としての約束だよ?」


 ふざけるな。ヒカルを守るのは僕だ。お前なんかじゃない。


「いつもありがと! ナオミ」


 僕というものがありながら、なぜ嬉しそうにするんだ。

 これはもっと頼ってもらうために早急にヒカルとの距離を縮めなければいけない。今は挨拶だけの仲だからダメなんだ。


 僕は今日ヒカルに思いをぶつけることを決心した。

 人前でイチャイチャすると、僕もヒカルも恥ずかしいので人気のない場所でヒカルに僕の全てを受け入れてもらうことにしよう。ヒカルは僕の事を愛してくれているので問題ない。


 ついに僕を受け入れてもらう時が来る。そうと思うと、胸が高鳴ってきた。

 あっという間にヒカルがいつも帰る時間になった。

 ナオミと別れると、ヒカルは人気のない道へ進んでいった。この道を通らないとヒカルは家に帰れない。


 いよいよ夢が叶う日が来た。この日をどんなに待ったことか。僕はヒカルへの愛でどうにかなってしまいそうだった。

 はあっと両手に息を吹きかけるヒカル。寒いのだろう。すぐに僕が温めてあげるからね。

 好きだよ。ヒカル。


 暗い道に入りヒカルは怖くなってきたのか辺りを見回しながら足早に進んでいく。

 そんな姿も可憐だ。愛してるよ。ヒカル。



 ヒカル。好きだ。好きだ……好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ好きだ。



 僕はもう限界だった。気が付けばヒカルに向かって全力で走っていた。


「え?」


 ヒカルが声を上げると同時に、僕はヒカルに飛びついて押し倒した。


「きゃあああああ!」


 悲鳴を上げて倒れるヒカル。


 少し強引だったかな? でも大丈夫だよね? だって、君は僕を愛しているのだから。


 初めて近くで彼女の顔を見た。近くで見てもやっぱりかわいい。

 ヒカルはぎゅっと目を瞑っている。どうして震えているのだろう?

 うまく言葉がしゃべれない僕は、あまりにもヒカルが愛らしかったので、彼女の頬をベロリと舐めた。


「ひっ?」


 ヒカルが恐怖の声を上げる。どうしてそんな声を出すんだ。

 僕はそれが気に入らなくて何度も何度もヒカルの頬を舐めた。


「嫌……やめて……助けて……誰か」


 その掠れた悲鳴を聞いた瞬間、僕は我に返った。

 拒絶された。そう思った時、僕は例えようもない絶望感に襲われ、彼女から離れた。


「…………えっ?」


 恐る恐る目を開いたヒカルは僕の姿を見て驚いた。


「キミ……だったんだ」


 ヒカルは気まずそうに目を逸らしている。


「追いかけてきたんだね。私の事が好きなのかな?」


 そうだ! 僕は君が好きだ!


「実は、私もキミが気になっていたんだ。キミはいつも寂しそうな顔をしていたから。それに私も一人で寂しかったんだ」


 そう言ってヒカルはいつもの優しい笑顔に戻り


「私の家に、おいで……。これからはずっと一緒だよ!」


 僕はその言葉を聞いた瞬間、喜びで胸がいっぱいになった。

 僕はあまりの嬉しさに叫んでいた。


「バウッ!」


 僕は全力で、自分のしっぽを振って、体中で喜びを表現した。

 もう一度ヒカルに飛びつき頬を舐めた。ヒカルは僕を受け止め、自らの胸に包みこんでくれた。


「名前はポチでいいかな?」

「ク、クゥーン」


 あまりにありきたりの名前で少し寂しくなった。

 でも本当は名前なんて何でもいい。

 全てに否定され続けた僕を、ヒカルは新しい飼い主として受け入れてくれた。僕はそれだけで幸せなのだ。

 これから僕は命を懸けてヒカルを守っていこうと決めた。それだけが僕の喜びである。


「明日ナオミにも紹介するね。ナオミってなぜか動物に嫌われる体質みたいなんだけど仲良くしてあげてね?」


「バ、バウッ」


 う……努力します。


「でもナオミって酷いんだよ? いつも私がワンちゃんに話しかけると、人前では痛い子に見えるからやめろって……。そんな訳ないよね~。ポチ」


 今思うとナオミが正しい気がする。彼女の面倒見の良さから人気の理由がようやく分かった。


「はあ~。でも恥ずかしい。ポチがじゃれてただけなのに、ストーカーにでも襲われたと思っちゃった。どれだけ被害妄想の強い女なんだろ。私」


 そう言ってヒカルは赤くなった。僕はそれを聞いて失敬な、と思ったが、今冷静に振り返ると僕の行動はストーカーにしか見えないと思い、彼女と一緒に赤くなった。

 それから数日後……


「あっ、最近うろついていた変な人、捕まったんだって。よかったね~。ポチ」

「バウッ! バウッ!」


 ヒカルの家で一緒にテレビを見ていた僕達は安堵の声を上げていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ストーカー でんでんむし @dendenmusi3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画