エピローグ(利己と遺伝子)

「お疲れさん」

「おつかれさま~」


 夜の公園のベンチ、座っていた女が体の位置を半分ずらし、言葉をかけてきた男の座るスペースを空ける。

 特に約束もしていない二人は、自然体のまま並んで座る。


「今回は楽だったな」

「そう? あたしはいつだってあんまり困ったことないよ」

「ま、そうなんだけどさ、今回は特に楽だったというか、あいつらがどんなに別れを望んだって、結局はくっついちまうってことが良く分かった」


 男は偶然のように持ち合わせていた二本の缶コーヒーを一つ、女に差し出しながら微笑む。


「お、気が利くね。さすが博愛主義者」

「博愛主義って……俺は別に人類の為にやってる訳じゃないって知ってるだろうが。本能だよ、本能」

「その本能のおかげで人はもうすぐ100憶人だってさ。ねえ、これってあたしたちがこれ以上面倒見る必要ってあるの?」


 女はプルタブを開け、唇を潤しながら続ける。


「さすがにこれだけ増えればさ、あの子たちの意思なんて関係なく、それぞれが立派に自我を持っているって断言できるわよね」

「それでも本当の自我はあいつらだけだ」

「オリジナルだからね。自覚はないみたいだけどさ」


 男は少し真面目な顔で、女は少し微笑んだ。

 それを見た男は、ポツリと呟く。


「……いつまで続くんだろうな」

「もうお守りは疲れたの?」

「疲れてはいない。俺たちだって乗り継いでいるだけなんだから」

「続いている魂は疲弊しない?」

「続いていることを知ってるだけだ。全ての記録を受け継いでるわけじゃない」

「あたしはさ、ちょっと疲れた」


 ベンチにもたれて星の見えない夜空を眺める女を、男が見つめ、問う。


「子守にか?」

「そう。偶然や必然や運命を演出しなくては保たれない生態系彼らになんの意味があるのかな……」

「それも仮説だけどな。オリジナルの魂を毎度毎度ペアリングしなくちゃいけないなんて、いったい誰が決めたんだか」

「あの子たちの願いでしょ?」

「それにしたって、あいつらをくっつける強制力ってやつが、こんな手動的で地味なやり方だって知ったら、驚くぞあいつら」

「ほんとだよね。何もかも、自分たちで築き上げてみた感じがウケる」

「だな、俺たちがどんな苦労をして出会いを演出してるとか、知ったら驚くだろうな」

「そのくせに、出会った途端に恋に落ちるんだから拍子抜けもいいとこだけどね」


 男と女は楽しそうに笑い、すぐに静寂が訪れる。


「……なあリコ」

「なあに、ジン」

「俺たちはもっとわがままでいいのかもしれない」

「今さら感がすごいなぁ。あたしはずっと待ってたのに」

「あいつら二人との別れを、願ってもいいのか?」

「あたしとの繋がりを願ってほしいんだけど」


 何度も何度も繰り返す生の中で、二人は使命を果たすことだけ考えてきた。

 原初であるオリジナルの彼らが繋がることで、人という種は存在を維持できると信じてきた。

 彼らが次代に種を残せなくなった時が、人の世が終わる時だとばかりに。


 だから、そのシステムを維持する存在が、彼らの願いによって派生した。

 二人は彼らの子であり、保護者であり、観測者であった。

 彼らの人生と出会いに意味を持たせて、悠久の時を繋いできたのだ。


 だが、今回のことで確信した。

 彼らの強制力は、きっと二人がいなくても維持されるだろう。

 全ての記憶をリセットしても尚、彼らは恋に落ちたのだから。


「でもな、どうしていいか分からないんだよ」


 男は自嘲気味に呟く。あいつらを焚きつけることはできても、自分自身がその立場になると、まるで経験値が無いことに気づいていた。

 彼らは数多の記憶の中で飽和した愛情の意味を失っていたが、見守る立場である二人は、愛を語れないまま長い時間を過ごし、その意味を知らずにいた。


「簡単なことだよ」


 俯く男を、女はふわりと抱きしめる。


「いろいろが、触れているところから生まれるんだよ。すべて五感に委ねればいいの」

「よく知ってるんだな」

「数万年のキャリアを持つ耳年増だからね」


 お互いの腕が、お互いの背を抱く力が強くなる。


「ここからどうすればいいんだ?」

「心の思うままに。きっと、あなたの中の利己的な遺伝子が教えてくれる」






―― 了 ――

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願いが二人を分かつまで K-enterprise @wanmoo

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