第5話 決戦

「あれは何!? キモチワルい!」


 ルシアが叫んだその先には、輝く槍を持ってビタビタと這いずり回る、立てば身の丈はおそらく十尺はあろうかという巨大な人型の化け物がいた。化け物は体の表面に神殿で見られるような聖なる文字の羅列を包帯のように纏っていた。頭や腕から垂れ下がるその文字の羅列は人型本体の黒さとは反して光を放っていた。


「あれは戦侍女イェリヤルだそうだ。魔占術ディヴィネーションが示している……」


「何ですって!? それは間違いないの!?」


 目の前で這いずり回っているは、昏倒した敵兵を踏みつけながら襲い掛かってくる。


「ああ、間違いない」

「ウィカルデにはとても見せられない……」


 ウィカルデたち金緑オーシェは神殿の外の敵兵を任せてきた。ウィカルデの憧れる戦侍女イェリヤルがこんな醜い化け物だとはとても知らせられない。


「相手が何だろうと構わん、まずは排除しろ!」


 前線を維持する青鋼ゴドカを指揮するジルコワルが叫ぶ。


「兄さん、いけます!」


 オーゼの指示で自封スペルロックの結界を設置したルシアが叫ぶ。


「任せる! いつでもいい」


 オーゼが言い終わるが早いか、ルシアは連なる雷チェインライトニングを放った。ルシアの連なる雷は自封スペルロック無しで放てる魔法ではない。神殿内を縦横無尽に駆け巡ったいかづちは、戦侍女から戦侍女へと連なり、行き場をなくすと再び最初の戦侍女へと舞い戻る。一瞬で駆け巡ったその光は、全ての戦侍女を焼き尽くしていた。



「……こりゃ味方に当たらなくてよかったわ」


 全てが終わってそうボヤいたのは青鋼ゴドカのロージフ。


「そのために自封してるのよ、わかんないの?」


 ルシアはこの四年で少々扱い辛くなっていた。この強大な力を持て余していることも理由のひとつではあったが、長期間、オーゼが単独行動を取ることが多くなったのが主な理由だった。そしてそのオーゼはと言うと……。


「大丈夫なの? 魔力が尽きた?」


 彼は肩で息をしていた。本来ならば魔力を体力に回すことで、我々は長時間、疲れ知らずで行動できる。特に加護持ちならば常人の及ばぬほどの連戦が可能だった。それが最近……いや、オーゼはこの四年を通して徐々に弱くなっていた。他の三人は経験を積んで強くなっているというのに。


 そして彼はほとんど魔法を使わなかった。白銀ソワールの魔術師たちに敵兵の動向支配コントロールを任せ、自身は指揮に徹していた。魔王の生み出した化け物には状態異常の魔法が効き辛いのもその理由ではあったが、それを考慮したって彼が魔法を使う頻度は極端に減っていた。


「これが戦侍女イェリヤルとは……」――とルハカ。

「戦侍女は天界で神さまに仕えているのではないの?」――ルシアが問いかける。


 それに答えたのはオーゼだった。


「ああ。戦侍女はおそらく神に引き摺られて地上に堕ちたのだ」


「どういうこと!?」


 オーゼは何かを知っているような口ぶり。彼と彼の白銀ソワールが集めた情報はある程度共有されているが全てではない。


「勇者でなくては魔王は葬れない。当たり前だ。オレの推測ではおそらく、この先で待ち受けるのは堕ちた地母神ルメルカそのものなのだ」


「地母神が魔王になったとでも言うのか!?」――ジルコワルが驚きを隠せずにいた。


「そうだ。でなければこの国全てが瞬く間に魔王領に堕ちるなんてことは考えられない」


「どういうことだ……いや何が起こればそんなことになると言うのだ……」


「それはわからない。だが、国を作った神が魔王になったと言うなら、その国の民が支配の下に置かれると言うのは納得がいく。兵士や民までもが尋常では無かった」


「でもオーゼ、あなたは領主たちを説得したのよね」


「ああ…………」


 オーゼに逡巡が見え隠れする。私には珍しく見えた。


「――少なくとも領主たちが魔王から離反したことでその領地の兵士や民は正気に戻った」


「領主は神の代行者として領民を預かるとかいう誓いを立てるが、まんざら迷信というわけでも無かったのだな」


 私はジルコワルの言葉に頷いた。ただ、そんな仕草もオーゼは気に入らなかったのだろうか、眉を顰めて私を見る。そんな嫉妬をしている状況ではないと言うのに。



  ◇◇◇◇◇



 私たちは神殿の奥へと進んだ。さすがはこの強大な国を治める地母神の神殿だけの事はある。広い回廊は馬車が何台も並べられるような幅、高い天井には巨大ないくつものドームが形作られていた。回廊の先には通路の幅いっぱいに広がる黒い壁のようなものが見えた。最初は武器を掲げた兵士の一団が居るのかと思っていた。だがそれはそんな生易しいものではなかった。


 千の剣の怪物スコラハスと伝説に残るそれは、百を超える数の、人骨のような見てくれの巨大な腕が、横一列に寄り集まったような怪物で背中には千本の剣が生えていると言う。百の腕は次々と背中の剣を手に取って、それを大上段から振り下ろす。振り下ろされた剣は怪物が飲み込み、再び背中から生えてくる。その無限なる繰り返し。それが回廊の幅いっぱいにじわじわと前進してきていた。


 すかさず火球ファイアボールを放つルシア。火球は怪物の体の四分の一を飲み込み、焼き尽くした――かのように見えた。いや、正確には腕の十や二十は焼いたのかもしれない。しかしすぐに新たな骨の腕が生えそろい、背中の剣に手を回す。


 ルシアは怯まず炎の壁ファイアウォールを立ち上げた。炎の壁は飲み込まれさえしなければそれほど脅威ではないが、自ら入る場合は火球の直撃よりも大きな被害を覚悟しなければならない。しかし千の剣の怪物スコラハスは炎の壁をものともせず突き進んできた。


「何よ……何なのよあれは……」


 怯えるルシア。ルハカを始め、赤銅バーレの魔術師たちもルシアに倣って炎や雷の魔法を次々と放つが、その圧倒的な力の差を見せつけるだけだった。ギュルギュルと不気味な音を立てつつその怪物は、ゆっくりとだが確実に距離を詰め、回廊に居る全ての物を誰一人残すことなく叩き割ろうと歩を進めてきていた。


「全団前へ! ここが死に時だぞ! 止めろ!」


 ロージフが声を上げると青鋼ゴドカは大盾を構え、壁となった。


「障壁を並べろ! 行けロトワ!」


 オーゼの号令に白銀ソワールの魔術師たちが青鋼ゴドカの大盾の前に不可視の障壁を並べる。だが、オーゼは障壁の魔法を未だ使わずにいた。


 オーゼは不意に一団を離れこちらにやってくる。そして――。


「中央一本、ブチ抜けエリン!」


 オーゼが声を掛け、私の背に触れる。


 ――瞬間、オーゼの魔力が流れ込んできた。付与魔術エンチャントメントだ。


 オーゼは今まで隠し持っていたのか、強大な魔力を私に託し、力ある一撃ストライキングをこの体に付与した。


 青鋼ゴドカの中央、僅かに開けられた隙間。そこに差し入れられるだろう千の剣の怪物スコラハスの腕はせいぜい二本か三本。その前で私は力を溜める。


聖剣よスコヴヌング!」


 輝きを増す私の手の中の聖剣。

 込められた魔力は光の柱のように聖剣を変えて行く。

 そして接触。

 千の剣の怪物スコラハスの剣が魔術師たちの作り出した障壁を砕く。

 視界の端で、青鋼ゴドカの戦士が幾人も打ち倒される。

 それでも千の剣の怪物スコラハスの勢いは削がれた。

 次々と際限なく振り下ろされる剣。

 耐える青鋼ゴドカ


 隙間を駆け抜けて振り降ろした聖剣は千の剣の怪物スコラハスの中央に炸裂した。

 千の剣の怪物スコラハスは真っ二つに折れ、その折れた部分から弾け散るように腕が、剣が、奇怪な音を立てながら、ばらばらに飛び散っていく。


 不意の事だったため、何名かがその飛び散った剣や腕の一撃を受けて倒れた。巨大な怪物は両端三分の一程を残して物の見事に飛び散った。飛散による損害は想定以上に大きかった。ルシアやルハカと傍に居た魔術師たちはオーゼが障壁で守ったが、それ以外の者の多くは負傷していた。


 だが進むしかない。こうしている間にも、魔王は次々と化け物を産み落としているかもしれないのだから。再び千の剣の怪物スコラハスのような怪物が産み落とされたら対処のしようがない。


「動ける者は来い。魔王は目の前だ」


 慎重を旨とするオーゼも今回は口を挟まなかった。彼も状況は理解している。

 そしてオーゼとルシア、ルハカと魔術師たち、ジルコワルと幾人かの戦士たちが私に続いた。







--

 派手なんだか何なんだかわからない戦闘ですね!

 個人的にどんでん返しがあまりに長く続く戦闘って冗長で好きではありませんので、決まるときにはスパッと決まります。消耗戦とかも面倒なので文章だけで飛ばすことが多いです。


 戦侍女イェリヤルは昔、設定を作った光の守部(Power-Luci-Guard)の再利用です。千の剣の怪物スコラハスは書きながら適当に考えたやつです。ストランドビーストみたいなやつですきっと。


 次回、『魔王』です。


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