第4話 成人

 十五の成人の日。名前の無い日の夜が明けると共に、私は勇者の加護を賜った。

 日が上る頃には、私はそれを既に


 戦女神ヴィーリヤの天啓は神殿の巫女にも下り、朝食を摂る間もなくすぐに迎えが来た。


 私にはラヴィーリヤの姓が与えられ、小さな領地の領主となり、国王陛下に跪く必要も無くなった。そして報が入る。隣国が魔王領に堕ちたと。



 五年に及んだ私たちの訓練はいまだ十分とは言えなかったが、歴戦の戦士や傭兵を加え、戦士団は結成された。彼らは私、オーゼ、ルシア、それからジルコワルという五つ上の優秀な聖戦士、その四人の加護持ちの下に就いた。


 オーゼはぐっと背が伸び、また私を引き離してしまった。聡明そうな印象は相変わらず。私に向ける優しさも相変わらずだった。


 ルシアは髪を結い上げたスタイルが完全に定着してしまった。背も伸び、あの小さなルシアの面影はない。そしてちょっとだけおてんばになっていた。


 ジルコワルは金髪のクセっ毛の浅黒い肌の男で、いくらか細身だが加護によるものなのか強靭な肉体を持つ。そして既に初期の魔王軍の襲撃からいくつかの領地を守っていた。



 私の下には金緑オーシェと呼ばれる近接戦闘に長けた精鋭たちが付いた。戦士団のリーダーは私ではあるが、実質的に彼らを率いるのはウィカルデという黒髪の長身の女性副団長だった。最前線を任される分、それだけ命の危険にさらされる可能性は高い。ウィカルデたちは誉を得て戦侍女イェリヤルとして生まれ変わるのだと信じて疑わなかった。


 ルシアには赤銅バーレと呼ばれ、その名の意味にふさわしい『輝き』を象徴とした魔術師の精鋭たちが集った。戦士団の副団長は今ではルシアと双子のように扱われるようになったルハカ。二人を始めとして魔術師の多くは未だに未成年であったが、国の存亡のために立ち上がった。


 ジルコワルの元へは青鋼ゴドカという、歴戦の戦士も含めた精鋭が付いた。実践では我々勇者一行の盾となる戦士団で、最も危険な任務を負う。ロージフと名乗った大柄な色白の副団長となる男は、ただでさえ薄い色の瞳が不気味な上に、髪の色を石灰で抜き、白いゴワゴワした短い髪を逆立てていた。


 そして……オーゼは白銀ソワールと呼ばれる一団を集めた。オーゼは敢えて優秀な訓練兵を私とルシアに回してくれた。そして自らの戦士団へは体格の優れない戦士、協調性の無い者、戦力としては劣る魔術師を進んで組み入れた。オーゼは彼らを試し、ガネフと言うタチの悪そうな元傭兵を副団長に就かせた。


 ――もしかするとオーゼの判断はこの時点で間違っていたのかもしれない。

 ――全てが狂い始めたのはこのころからだったように思う。



  ◇◇◇◇◇



 我々勇者一行は、戦士団として行動するよりも、加護持ちの四人で行動することの方がどちらかと言うと多かった。辺境の地を守る際にも、戦士団に前線を任せ、我々は魔王の生んだ怪物を屠ることに集中した方が被害が少なく済んだのだ。


 これは喩え魔王軍といえど、一兵卒はただの人間だった影響が大きい。本来的に人間同士の戦争では兵士はわざわざ相手の命を奪うまではしない。魔王軍の一兵卒は確かに何かに駆り立てられるように熱狂的ではあったものの、一度勢いを削がれれば普通の人間の軍隊と変わりがなかったのだ。


 死者は武器で止めを差されるよりも、前線で昏倒してそのまま踏みつけられて圧死する者の方が多かった。そのため赤銅バーレの魔術師たちには前に出過ぎないようにと厳しく言い含められていた。


 私はというと、魔力の使い方を師と言うべきオーゼに教わり、体力の回復に加えて加護によって新たに得た神聖なる祈りを使えるようになっていた。ただ戦闘の面では私は剣さばきと言うものが未だ未熟だったため、強力な戦女神の勇者の加護の力を十分に使いこなせないでいた。


 そこで私が頼ったのがジルコワルだ。


 ジルコワルは優秀な戦士であり、加護の力を使いこなす聖戦士であった。

 彼は勇者の加護を得た私に崇拝にも似た羨望の眼差しを向けてきていた。


 当時の私にはオーゼのという自覚が少なからずあったのかもしれない。男と二人になるのは極力避けていたし、金緑オーシェの副隊長にウィカルデを推したのも彼女が女であったことが理由として決して小さくはない。


 ただ、それでもジルコワルには信頼を寄せていた。辺境を守った英雄でもあり、女神の加護を受けた聖戦士でもあり、そして私の事を敬ってくれる。そんなジルコワルから戦い方を教わったのだ。



  ◇◇◇◇◇



 我々勇者一行は二度、魔王軍を退かせ、おそらく二つの領地の兵士たちを敗走させたことで打って出ることとなった。友好国とは不可侵の条約を結び、お互いに前線を維持することにそれぞれの軍の全力を投じた。


 最初の攻城はなかなかに厄介だった。


 砦の多くは人間が護っている。精鋭とはいえ、数は決して多くない我々の戦士団は単純に数の上では有効な戦力では無かった。赤銅バーレの火力も過剰過ぎたのだ。砦の表に晒された兵士は皆、消し炭となったが、砦の中に立て籠った兵士たちは魔王軍特有の熱狂に加え、追い詰められた恐怖からか死に物狂いで反撃するようになった。


 これはある意味、魔王の産み落とした死をも恐れない化け物たちよりも扱いが難しかった。結局、ひと月もかかって砦を攻め落とすことになり、こちらにも多くの死者が出た。


 この攻城戦の頃からオーゼは難しい顔をするようになった。

 そしてまたオーゼはときどき、私に苦言を呈していた。

 ジルコワルの事だ。


 彼はジルコワルを信用しすぎるなと言う。

 私は嫉妬しているのかと聞いたことがあるが、その時の彼は驚きを隠せないでいた。


 オーゼは徐々に単独行動が多くなった。

 秘密裏に部下を動かし、白銀ソワールは大抵の場合半数以上が手元に居なかった。



  ◇◇◇◇◇



 ひと月後、次の目標を決めあぐねていた我々の元に意外な一報が舞い降りた。


 ちょうど、攻め落とした領地を今後どうするか王都からの指示を待っていた所だ。その領地は、領民たちはもちろん、兵士たちまでもが少し前までの熱狂を完全に失い、平和な人格を取り戻していた。領主は既に死んでいたが、彼らは比較的従順であった。


 そしてそんな我々に届いた一報――なんと単独行動をしていたオーゼが隣の領地を寝返らせたというのだ。


 その報を受けた私たちは喜んだ。何より、オーゼがちゃんと私たちの事を考えて行動してくれていたことに私自身が喜んだのだ。彼は隣の領地の領主と和解し、魔王から離反するという約束を取り付けてきたのだ。そしてオーゼと一緒に現れた隣の領地の兵士たちは皆、あの魔王軍特有の熱狂とは無縁の平和な者たちだった。


 問題は魔王の産み落とした怪物の処理だけだったが、これは我々四人を領地に導き入れ、不意を打つことで容易に排除できた。最初は罠を警戒したりもしたが、最悪の場合、私の加護の力で帰還も可能であったため決行された。



  ◇◇◇◇◇



 その後もオーゼはいくつかの領地を寝返らせた。

 オーゼの部下たちは、その情報収集のために敵の領地へ送られていたらしい。

 戦力としては二流以下の白銀ソワールはオーゼなりの活かし方をされていたのだ。


 魔王領の領地の中には懐柔できない領主もいた。が、徐々にオーゼは、それが可能かどうかまで判断できるようになっていった。どういう判断か私には理解できなかったが、凡そ、魔王領に堕ちる前の領主の動向や評判で判断しているようだった。


 そして懐柔できない領地は包囲したまま放置するか、あるいは強力な戦力である魔王の化け物だけを倒しておくか、またあるいは懐柔した領地からも兵を送ってもらい、全力で攻め落とした。



 魔王領はかつての広大な地母神の国だった。

 その三分の一にあたる領地を削ぎ落したのは、私が成人してから四年が経った頃だった。

 我々は彼らの王都の目前まで迫っていたのだった。







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 『堕ちた聖女は甦る』から当然のようにラヴィーリアの名が出てきましたが、特に意味は無いです。世界も全く別なので、作者への戒めみたいなものです。名前の無い日は、ひと月28日、13ヵ月、うるう日は名前の無い日の延長で調整される、作者の作る世界に共通した太陰暦です。あと、勇者一行と言いつつ実際は全くテンプレじゃない勇者一行なのはご愛敬。


 次回、『決戦』です。



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