エピローグ 月はまだそこにある fin

「まあニア様自体に期待してはいませんが、あなたと一緒にいたら面白い記憶が向こうからやってくるのは今回の件でわかりましたからね。楽しみにしてますよ、ニア様」


 今度はけたたましい音をたてて車輪が止まる。あまりに急な動きだったのでムジナがたまらず0Gボックスから転げ落ちそうになった。


「うわっ、急に止まらないでくださいよ!」

「はあー!? ちょっと待て、あんた一緒についてくる気なの!?」

「はい、そのつもりですが。むしろそれ以外に選択肢はないかと思うので」

「いやいや」

「いやいや、はこっちの台詞ですよ。ニア様、あなたは完全に依存していたお世話のサポートAIは喪ってこの先どうやって生活する気なんですか? あなた、AIがないとタクシーや電車はおろかお金だって満足に使えないでしょう? というか、今、自分がお金をいくら持っているのかすら把握していないのでは?」

「うっ、それは…………っ」

「あらかじめ言っておきますが、あのキュクロプスでさえちゃんと収入はありますからね。あアレの気まぐれで描く絵でどんな人間よりも前衛的でなかなか人気があるのですよ」

「マジか」


 割と本気でショックだった。天衣無縫を物質化したみたいなイーがちゃんと労働をしてお金を世間からもらっていたとは。

 それに対して自分はと考えると一気に死にたくなってくる。大学院まで学んだ知識もそのほとんどが旧式で役に立たないだろうし、アップデートしなおそうにもどこから始めたらいいか見当もつかない。どうせなら自分もムジナのように幼女の姿にしてくれればよかったのに―――。


「そういうわけでニア様は保護対象なのです。仕方がないので私が代わりに保護者となってあげましょう」

「いやいや、あんたは施設が破壊されて文無しでしょうが」


 そういうと幼女はきらり☆と邪悪な笑顔を浮かべたのでニアはとても嫌な予感がした。


「まさか。私を誰だと思っているのです? 施設が破壊されたことは我々しか知らないことですし、ファンドもまさか一晩で潰されるなんて想像できないでしょう。おかげさまで保養施設としては評判が良かったですから、売るには絶好のタイミングでしたよ」

「あんた、それ詐欺じゃん!?」


 呆れるニアの前でムジナを指を横に振って「それに、」と加える。


「それに、キュクロプスが天狗たちを殴打していたときにちょっとアクセスをかけたのです。おかけさまで面白い記憶や情報がザクザク手に入りましたので、あなたにはちょっとした宝探しに協力してほしいのですよ」


 長い坂道が終わり、目の前には「またのお越しをお待ちしております」と書かれたアーチが掲げられている。ここを通れば「顔無しの郷」での日々が本当の意味で終わるのだろう。そして、アーチの先には何処までも続いているように見えるアスファルトの剥がれ落ちた道と収まるべきものを喪った駐車スペースが漠々と広がっていた。


「もちろん、あなたの愛しい生き返らせた男フランケンシユタインの情報も、ね」


 こうして希望絶望の灯は再び灯り、人生の旅もまた再開される。


「そこのシャッターを開けてください。私の車がありますので」

「おっ」


 ガレージの中にクラシックカーが一台眠っていた。幌のついたオープンカー仕様のフォルクスワーゲン。薄闇に溶けるようなシャドーブルー。山本似愛の乗っていたピカチュウカラーではないが、人間以上人間未満の未来のモノノケが乗るにこれ以上相応しい色はない。


「いいセンスしているじゃん」


 イグニッションボタンを押すと電気モーターが海鳴りのような音を立てて駆動を始める。旧車なのはガワだけで中身は世間一般で普及しているEVそのものだ。もちろんガソリン車の風味など求めるべくもないのが、生憎ニアはそんなものは覚えていない。


「それで何処に行くのよ?」


 ムジナは旧つくば市のとある研究所の名前を言った。どうやらそこがニアが再び目覚めた場所らしい。しかし、茨城とは…………。貨物列車なら眠っている間に着いてしまうが、自分で運転するとなると着いている頃にはこの車にもすっかり慣れている頃だろう。


「また長い旅になりそうね」

「つくばはネギとブルーベリーが有名らしいですよ」

「また極端な組み合わせねえー」


 ガタガタと車体が揺れて話していると舌を噛みそうだ。これではEVの静穏性もまるで役に立たない。そして、ろくに舗装されていないのでスピードは全く出させない。

 …………やれやれ、本当に長い旅になりそうだ。


「ああ、そうだ」


 ムジナが煌々と光る月を眩しそうに見上げながら言った。


「最近、豆腐も有名とか」

「豆腐?」

「ええ、地元産のブルーベリーがたくさん入った豆腐だそうで」


 つい吹き出してしまった。急なカーブが連続するのでフロントガラスから一瞬たりとも目を離せないが、月はぎらぎらと光っていることは見なくてもわかる。


「そんなものを食べたら、誰かさんが怒って殴り込みに来そう」


 眼鏡も0ボックスはリアシートに置きっぱなしのまま。 

 空に雨雲は無く、月見をするには絶好の夜。

 未来世界のモノノケガールはこういう夜にこそお気に入りの車を走らせる。

 少し昔のテクノポップを口ずさみながら。


              ―――END

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未来世界のモノノケガール 希依 @hopedependism

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