第11話 心に届いた物語



「編集部に送られてきた原稿を、姉さんは家に持って帰って読んでたんだけど。僕も興味が出て読んでみたんだ。今時手書きの原稿なんて珍しかったからね。神谷さんのペンネームと小説を知っていたのは、それが理由だよ」


 なるほど、納得したよ。

 さっき教室で遠藤さんは手帳に書いてあった主人公アキラの名前や設定、台詞を読み上げていた。

 そして渥美くんが【例え叶わない夢だとしても】を読んでいたのなら……。

 

「さっき手帳の中身を聞いて、私が作者だって気づいたんだね」

「うん……まあ確信を持ったのはさっきだったよ。けど実は、神谷さんがナリヤミカさんじゃないかっては、前々から考えていたんだ。だって神谷さんの名前を逆から読んだら、ナリヤミカになるからね」


 えっ! バ、バレてる!


 その通りです。ナリヤミカは私のフルネーム、神谷莉奈を逆から読んだ名前なんです。

 だけどこうも簡単にバレちゃうなんて、もうちょっと捻った方が良かったかなあ。

 応募する際、小説を書き上げたのは良いけど、ペンネームなんて全然考えていなくて、締め切りも迫っていたから。もうこれで良いやって思って付けた名前なんだよね。


「ち、ちなみに。気づいてたっていつから?」

「う~ん、入学してすぐ。実は【例え叶わない夢だとしても】を読んだ時から、舞台になっている町が僕らの住んでるこの町と似てるなーって気はしてたんだよ。だからもしかしたら、書いたのはこの町の人なんじゃって思ってたんだけど。中学に入って神谷さんと会って、もしかしたらって思ったんだ」


 そんな前から、感づいていたんだ。


「気づいたのはやっぱり、名前のせい?」

「それもあるし、神谷さんいつも、本ばかり読んでたでしょ。小説が好きなら、ひょっとしたらって思って。ずっと聞きたくて、たまらなかったよ」


 照れくさそうに笑う渥美くん。

 どうやらずいぶん前から、もどかしい思いをさせてしまっていたみたい。

 だけど今度は、スッと真顔になる。


「だからさっき、あんな風に笑い物にされてるのを見て腹が立った。【例え叶わない夢だとしても】は、僕にとっても推し小説なのに。あんな風にバカにするなんて、許せなかったんだ」

「それで怒ってくれたの? で、でも推し小説だなんて。あんなの、素人が書いた三文小説だから。一次選考も、通らなかったし……」


 言いながら自分の胸がグサッと、見えないナイフで刺された気がした。

 

 さすがに受賞できるって思うほど自惚れてはいなかったけど、それでも2次選考くらいには残ってたらいいなーって思っていたのに。結果は一次落ちなんだもの。

 選考結果を知った時はショックで、丸一日へこんでたっけ。


「渥美くんのお姉さんがその『下読み』さんってことは。お姉さんも読んで、面白くなかったって事だよね?」

「それは違うよ。姉さんも、面白かったって言ってた。ただ、その……足りないものが多いから、面白くても合格はあげられないっても言ってたけど……」

「はうっ!」

「で、でも待って。僕にとってはそれでも、今まで読んだどの小説よりも、心に刺さったんだよ! あれは、間違いなく面白かったから」


 ショックを受ける私の手を、ギュッと握ってきて、グイッと顔を近づけてくる。

 あわわっ。ち、近いよー!


「なんて言えば良いんだろう。神谷さんの書く文章は分かりやすいというか、気持ちが文章に現れてると言うか。何でもない日常のシーンすらも、不思議と読んでて楽しかったんだ。たぶん、凄く相性が良かったんだと思う」

「相性?」

「うん。神谷さんは小説を読んでて、文章にハマる時ってない? ストーリーやキャラクターももちろん大事だけど、この作者さんの文章が凄く好きだって思うこと」

「あ、それはある。家族でご飯を食べてるだけのシーンや、道を歩いているだけのシーンなのに、それを凄く楽しそうに書ける作者さんっているよね」


 私にも、凄く良く合う文章ってあるもの。

 他のとどう違うかって言われても説明に困るんだけど、不思議としっくりくるんだよね。


「でしょ。皆それぞれに書き方や癖があるけど、理屈抜きにこれだーって思える文章。僕にとっては神谷さんの書く文章が、それだったんだよ」

「で、でも私の文章なんて、そんな大したものじゃないんじゃ。お姉さんだって、合格はあげられないって言ったんでしょ」

「確かに姉さんの評価はそうだったけど、理屈じゃないんだって。他の人がどう思うかは問題じゃない。例えば恋愛小説で、決して目立つわけでもない子に一目惚れするって展開があるでしょ。それと同じで、僕にとっても神谷さんの書く文章は、一目惚れだったんだよ」


『一目惚れ』という言葉に、思わず赤面する。

 ぶ、文章。文章の話だよね。

 けどどっちにしろ。ううん、もしかしたら容姿を褒められるより、嬉しいかも。

 私の書く文章を、そんな風に思ってくれるだなんて。


「それにストーリーも。読んでて凄く共感したんだ。主人公のカケルが、途中事故で足を怪我して、バスケを続けられないんじゃないかってなったよね。僕も丁度その時、怪我をしてギブスを付けていたから」

「えっ?」


 渥美くんは照れたように笑っていたけど、その目の奥には不安とか辛さとか、色んなものが含まれてるような気がして。

 自分の書いた主人公カケルと、重なって見えた。


「不注意で階段から落ちて、カケルみたいに足をやっちゃってたんだ。もちろんバスケもしばらくはお休み。しかもその時は、ようやく試合に出させてもらえるようになったばかりだったから、悔しかったよ」

「そうだったんだ。それで、大丈夫だったの? 今は普通にプレーできてるみたいだけど」

「平気。もうすっかり良くなったから。だけど当時は、もしかしたらずっとこのままなんじゃとか、治っても元通りプレーできるのかなとか、不安だったんだ」


 渥美くんは笑って話してるけど、きっとその時は凄く苦しかったんだと思う。

 私も小説を書いてた時は、怪我をしたカケルの気持ちになって考えていたから、渥美くんがどれだけ不安だったかは、分かる気がする。


「【例え叶わない夢だとしても】を読んだのは、そんな時だった。怪我をしてバスケもできないから、少しでも気を紛らわそうと姉さんが持ってきた公募用の小説を暇潰しのつもりで読み始めたんだけど、カケルの境遇が僕と似てて驚いたよ。怪我した以外にも、背が低い所とかも共感できたし」

「あ、あの。それは本当にただの偶然で……」

「うん、分かってる。遠藤さんが言っていたように、僕をモデルにしたわけじゃないんでしょ。だけどそれでも、自分の物語を読んでるような気がして。カケルの物語を読んでたら、僕も落ち込んでばかりじゃダメだって思えたんだ。だからバスケに復帰できたのはあのお話の……神谷さんのおかげだよ」

「そ、そんな。私はただ、小説を書いただけで……」


 感謝なんてされても、どう受け止めれば良いかわからない。だけど聞いてて胸の奥から暖かいものが込み上げてくる。


「作中でカケルが言っていたよね。『頑張っても必ず夢が叶うとは限らないし、辛いこともあるけど。好きで始めた事なら追いかけてた方がきっと楽しい』って。それを読んで、そうだよねって思ったんだ。だから神谷さんも、心無い言葉に負けないで。神谷さんの書くお話で元気をもらえる人は、必ずいるから」


 渥美くんの言葉が、胸を打つ。

 彼が言ったカケルの台詞は、練習してもなかなか上手くなれずに、怪我までして落ち込んだ時、自分を奮い立たせるために言に言わせた言葉。

 そしてこれはきっと、バスケに限った事じゃないよね。どんな夢でも目標でも、頑張ったって叶うとは限らなくて、落ち込む時はある。

 さっき手帳の中身を暴露され、笑い者にされた私も、まさにそれだったけど。


 それでも好きで始めた事なら、追いかけてた方が楽しいよね。

 自分の作ったキャラクターに言わせた台詞なのに、どうしてその気持ちを忘れていたのかな。



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