第9話 盗られた手帳
4時間目の体育の授業が終わって、お昼休み。
うちの学校では体育の時、女子は教室で着替える事になっているんだけど。
授業を終えて教室に戻って、体育服から制服に着替えた後、私は顔面蒼白になっていた。
ない……ない……ない。どこにもない!
探しているのは、制服の胸ポケットに入れていたはずの、小説のアイディアの書かれたネタ帳。
いつも肌身離さず持ち歩いているけど、さすがに体育の授業の時は持っていくわけにもいかず、制服と一緒に教室においていたの。
だけど制服に着替えると、さっきまでは確かにポケットの中にあったはずのそれがなくなっている事に気がついた。
そんな、どうしてないの? ひょっとして、どこかに落ちてるの?
だけど床を見ても無いし、机の中も探したけどやっぱり無くて、呆然とする。
どうしよう。あれには、たくさんのアイディアや小説の設定が書いてあったのに。
そしてもしもあれの中身を誰かに見られたらと思うと、ゾッとする。
別に悪いことを書いてるわけじゃないけど、見られるのは精神的にくるものがあるの。
早く、早く見つけないと……。
「皆着替え終わったー? 男子入れるけど良いー?」
一人の女子が確認を取ってくる。
着替え中は当然、男子は立ち入り禁止だから、全員着替え終わるまで男子には教室の外で待ってもらっているの。
私は着替えはとっくに終わっているから別に構わないんだけど、それよりネタ帳だよ。
探していると、許可を得た男子達がなだれ込むように教室の中へと入ってくる。
「今日は暑かったなー」
「早いとこ飯だ飯。給食なんだっけ?」
入ってきた男子達はそれぞれ席へと移動していくけど、人が増えたせいで余計探しにくくなっちゃった。
それでも、屈みながら床に落ちてないか見て回ってたけど、ふと背後に気配を感じて身を起こした。
すると。
「神谷さん、探してるのはこれ?」
「遠藤さん?」
そこにいたのは、クラスの女子の中心的存在。ひそかに、1年2組の女王様って言われている女子、遠藤さんだった。
常にクラスの中心にいる彼女とは話したことすらなかったのに、声をかけられたことにビックリした。
だけど、もっと驚きたのは彼女が手にしている小さな手帳。それは紛れもない、私のネタ帳だった。
「そ、それ私の。遠藤さんが見つけてくれたの?」
「ええ。落ちてたのを偶然見つけてね」
「そうだったんだ、ありがとう!」
見つかって本当に良かった。拾ってくれた遠藤さんには、本当に感謝だよ。
だけど受け取ろうしたその時、手帳を差し出していた遠藤さんの手がひょいっと引っ込んで、私の手が空を切る。
そして遠藤さんが私を見ながら、ニタリと笑う。
「ねえ、ひょっとしてこれって、前に佐々木くんが言ってた、ネタ帳ってやつ?」
「えっ!?」
バ、バレてる!? まさか、中身は見られてないよね?
不安と恥ずかしさで、カッと顔が熱くなる。
「どうなの?」
「そ、そうなの。小説のネタとかが書いてあるやつで……返してください」
「ええっ、やっぱりそうなんだ。皆ー、これが噂の、神谷さんのネタ帳よー!」
ちょ、遠藤さん何を!?
熱くなっていた体が、今度は氷水を掛けられたみたいに冷たくなる。
そんな私をよそに遠藤さんの周りには、「えー、なになにー?」、「私にも見せてー」と、次々人が集まっていって、かつての記憶が甦る。
書きかけの小説を読まれて、晒し者にされた時の記憶が。
「か、返して!」
「えー、ちょっとくらい良いじゃん。なになにー、【主人公カケル、小学6年生の男の子。バスケ部に入ってるけど背が低くて、なかなか活躍できずにいる】だってー」
遠藤さんは読み上げながら、ニタリと見下すような目をこっちに向けて、それを見て確信する。
遠藤さんは、ただ興味本意で読んでいるんじゃない。きっと私をバカにして恥をかかせるため、わざとこんな事をしているんだ。
明らかな悪意を感じるもの。
残念なことに、そうされる心当たりがないわけじゃなかった。
最近渥美くんや歩と話をする事がよくあるけど、一緒にいると時々、嫉妬や怒りの視線を感じていたもの。
それでも二人と一緒にいる時間が心地よかったものだから気づかないフリをしていたけど、その間遠藤さんの鬱憤が溜まっていたのだとしたら。
もしかして手帳も落としたんじゃなくて、抜き取られてたのかも。
だけど今さら気づいても、どうしようもない。
「【カケルは事故に遭って足に怪我をして、このままだと余計レギュラーを取れそうになく、バスケを辞めようかって悩む。だけど友達の励ましと、バスケを好きな自分に気づいて立ち直る】。いはは、感動的ー」
手を伸ばして取り返そうとするも、かわされて中身がどんどん読み上げられていく。
悔しくて悲しくて、泣きたくなったけど。さらに誰かが追い討ちをかけるように言う。
「ちょっと待って。ひょっとしてこのカケルって主人公のモデル、渥美くんなんじゃないの? 背が高いわけじゃないけどバスケやってるなんて、まんまじゃん」
「え、それじゃあひょっとして、渥美くんのこと色々調べてモデルにしてるってこと? それってストーカーなんじゃ。神谷さんヤバくない?」
──違う!
話が予想外の方向に転がって余計に焦る。
渥美くんをモデルにしたなんて、根も葉もない言いがかり。
最初にこのカケルを主人公にした話を考えて書いたのは、小学生の頃。まだ渥美くんと会う前なんだもの。
バスケをやってる渥美くんを見て、参考にりそうって思ったことならあるけど、それだけ。
ましてやストーカーなんて、酷い言いがかりだよ。
なのに嘲笑う声や、ヒソヒソ蔑むような言葉があちこちから聞こえてくる。
酷い。
いつか誰かに面白いって言ってもらえるお話を書きたくて、下手は下手なりに頑張ってきたのに。それを汚されたような気がして、胸が苦しくなる。
どうしてこんなことをするの? どうしてこんなことができるの?
「返して……」
「ええー、でも他にも変なこと書いてないかチェックしないと。えーと、これは台詞かな? 【頑張っても必ず夢が叶うとは限らないし、辛いこともあるけど。好きで始めた事なら追いかけてた方がきっと楽しい】……」
「返してよ!」
声を張り上げたのなんていつぶりだろう。だけど手を伸ばしても空を切るばかり。
遠藤さんが手帳を高く持ち上げてるせいで、小柄な私じゃ届かない。
悔しくて惨めで、泣きそうになったその時──
パシッ!
「えっ?」
遠藤さんが握っていた手帳が、ひったくられた。
まるでバスケで、相手選手からボールを奪うように鮮やかに。
そして手帳を奪ったその人は……渥美くん!?
ついさっき名前が出ていた相手なだけに、今の話を聞かれていたらどうしようって心臓が縮みあがったけど。それよりも驚いたのが、彼の表情。
いつもの穏やかな笑顔とは一転。しっかりと手帳を握りしめながら、怒ったような目をしていた。
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