最終話 パーティから三日後 2


 ◆


客間でリュシエンヌを待っていると、廊下から笑い声が聞こえた。

その楽しそうな声はどんどん近づき、ノックとともに部屋に入ってきた。


「ルドウィク様。リュシエンヌお嬢様がお見えです」

「ありがとうヨハン。こんにちは、ルド」


三日ぶりのリュシエンヌは、とても顔色が良く見えた。

淡い黄色にグリーンのストライプが入ったドレスは、彼女の肌をより美しく見せている。その両手には、あの深緑色の天鵞絨の箱がしっかりと抱えられていた。


「あっ! ……いや、なんでもない。リュシ、さあ座って」


俺の反応に気づいたリュシエンヌは、くすっと笑いながらこちらに近づいた。

ヨハンに笑顔を向けながら椅子に座り、自分の横にある椅子の上に、大事そうに天鵞絨の箱を置いた。

テーブルには、お茶の準備が整えられている。

笑顔のヨハンが、カップに温かい紅茶を注いでくれた。


「ヨハンありがとう。少し話があるから、声をかけるまで大丈夫だ」

「承知致しました。では、リュシエンヌお嬢様、ごゆっくりなさってくださいませ」


深々と頭を下げるヨハンに、リュシエンヌは笑顔でこたえた。

扉が小さな音を立てて閉まると、リュシエンヌから笑顔が消え、額にきゅっと力が入る。

持っていた小さなポーチから一通の封筒を取り出し、無言でこちらに差し出した。


「これが……」


手渡された淡いベージュのシンプルな封筒。

裏返すと、セレーネのイニシャルの封蝋がついていた。


「ええ、セレーネから……。私の元に届いたけど、内容は二人宛てになっているわ」


リュシエンヌの瞳が僅かに曇り、悲しそうな表情を見せる。

封筒の中には便箋が二枚。

ゆっくり開くと、見慣れた几帳面さを感じる文字が目に飛び込んできた。


 親愛なるリュシエンヌ・パーヴァリ と

 親友であるルドウィク・エルネスト へ


 この前のパーティでは、私の身勝手な行動と言動で

 二人を傷つけてしまったこと、本当にごめんなさい

 謝って許してもらえるとは思ってない。

 でも、とても後悔してる


 あのパーティの日、リュシが泣いている姿を見て

 三人で過ごしてきた小さい頃のことを思い出したの

 毎日がキラキラと輝いて、楽しくて幸せで

 二人がいたから今の私がいるんだって気づいた


 そうしたら、もう二人の顔を見ることができなくなってしまった

 自分の浅はかな考えが恥ずかしくてたまらなくなった

 人生をやりなおす事ができるなら、もう一度生まれ変わって

 リュシとルドウィクの婚約を心から喜びたい

 でも、そんなこと出来ないのはわかってる

 自分のことばかり考えて、大好きな二人を悲しませた

 周りの人も巻き込んでしまった

 どんな言葉でも謝り切れない、本当にごめんなさい


 だからというわけではないけど、来月からナール国に行くことにしたの

 プリエール王立図書館と提携している図書館で、司書の勉強をつづけるつもり

 これは前から考えていたのだけど、早めに行くことにしたわ

 それに、この国に居たら、クリストフに迷惑をかけることになってしまう

 最後まで自分勝手でごめんなさい


 大好きなリュシ、そしてルドウィク

 信じてもらえないかもしれないけど、二人の幸せを心から祈ってる


 いつかまた、笑顔で会える日を願って……


 セレーネ・マルセル


手紙を読み終え、息を吐いた。

『人生をやりなおす事ができるなら』か……。

リュシエンヌが一度経験した人生を思うと、皮肉なものだ。

セレーネもそうだが、俺にだって違う人生があった。

人の気持ちなんて、ほんの些細なきっかけで崩れてしまう……。


手紙にはクリストフのことも書かれていた。

近々婚約を申し込むつもりだと言っていたクリストフ。

パーティの帰りに何があったのかはわからない……。

こちらから訊ねるより、彼から打ち明けてくれるのを待つほうがいいだろう。


手紙を封筒に戻し、リュシエンヌに手渡す。

リュシエンヌは目を伏せたまま手紙を受け取ると、大切そうにポーチに仕舞った。

小さく息を吐き、苦しそうな表情で俺を見上げる。


「ねえルド……これからどうしたらいいのかしら」

「セレーネの性格は、俺より君のほうがわかっているだろ……」

「待つしか、ないのかな……」


絞り出すような声でそう呟くと、リュシエンヌの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。


「こんな結果が待ってるなんて思わなかった、セレーネが……」


さっき手紙を仕舞ったポーチからハンカチを取り出し、抑えるように涙をぬぐう。


「前回、私が死んでしまう前……ずっと高熱を出していた時も、毎日セレーネはお見舞いに来てくれてたのよ……」


小さなハンカチでは受け止めきれない程、涙が溢れている。

椅子に座ったまま全身を震わせて、必死で感情を抑えようとしているリュシエンヌを力いっぱい抱きしめた。


「私は……セレーネを嫌いになれない、大好きなの……」

「わかってるよ」


柔らかい栗色の髪をそうっと撫でると、リュシエンヌは堰を切ったように腕の中で声をあげた。


「俺もセレーネのことを嫌いにはなれないよ。でも、今はそれより、これから君と一緒にいられる未来があることが嬉しい」

「……うん」

「リュシ……俺は、君を守ることができたかい?」


俺の問いかけに、腕の中で顔をあげたリュシエンヌの瞳から、また涙がこぼれた。

涙で濡れたまつ毛を何度か瞬かせ、まっすぐに俺の目を捉える。


「ええもちろんよ……愛してるわ、ルド」


そう言ってリュシエンヌは、もう一度俺の胸に顔を押し付けてきた。

溢れだす気持ちが押さえられず、腕の間からのぞく丸い額にキスをする。

さらに強く抱きしめ、桜色の唇に顔を近づけようとしたその時

『ぐるるるー』という気の抜けるような音が、聞こえてきた。


慌ててリュシエンヌが俺の体を押しのける。

涙はすっかり止まり、頬が真っ赤になっていた。


「もしかして、お腹がすいたのかい?」

「ん!! だって……!」


さらに顔を赤くするリュシエンヌの手を取りキスをした。


「今日のエルンスト家は、美味しそうな匂いにあふれてるからね。君に早く食べてもらいたくて、きっとヨハンがうずうずしているはずだ」


まだ恥ずかしそうにしているリュシエンヌに、ポケットから新しいハンカチを渡す。

頬を拭う彼女を見ていると、椅子の上に置かれたままの天鵞絨の箱が目に入った。


「さてリュシ。ヨハンを呼ぼうと思うんだけど、その前にその箱……」

「意地悪したから、後回しにするわ」

「えーそれはないだろ」

「いいの! 早くお茶にしましょ」


リュシエンヌは、天鵞絨の箱を手に取り、素早く自分の椅子の下に隠してしまった。

俺の顔をみて、子供のように笑っている。

いつもと同じ表情に安心して扉を開き、ヨハンに声をかけた。


遠くから、いつもと変わらないヨハンの声が聞こえてくる。

振り返ると、笑顔のリュシエンヌが俺を見ていた。


あたりまえの日常なのに、こんなにも幸せだ。

今日から二人にとって、新しい未来が始まる。




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無事最終回を迎えました♡

最後までお読みいただき本当にありがとうございました


現在、パーティ後のクリストフや、ヨハンさんの番外編を考えています。

また公開した際に読んでいただけると嬉しいです。


そして、もし少しでも面白かったよーと思っていただけたなら

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カクヨムコンにも応募しています。

次回作への励みとなりますので、よろしくお願いいたします。

ではでは、また近いうちに♡


群青こちか

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大好きな君と日付の書かれた婚約破棄書 ~信じてほしい、君以外なんてありえない~ 群青こちか @gunjo_cat

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