第30話 6月27日 貴重書架2


「なにを急に? なぜ……リュシが?」


油断していた、うまく言葉が出てこない。


「ルドウィクさんのわたくしに対する態度も、よそよそしい気がします」

「よそよそしいもなにも……まず、そんなに仲良くないではないですか」


苛立ちのあまり、つい冷たい口調になってしまう。

それでもアレシアは視線を逸らさない。


「ずっとリュシエンヌさんとお話したいと思っているのですが、まったく会う機会がありません。一度は約束していたのに、彼女の都合で流れてしまって……」


約束だって? そんなことは聞いたことがない。

アレシアが勝手に勘違いをしているのではないか。


「先日、案内状をいただいたときも、お話しできなかったでしょう? お茶会にも二人は参加されなかったし……」


君と関わり合いを持たせたくないんだ……とは、さすがに言えない。

何故? と理由を聞かれると、本当のことを答えられないからだ。

だからこそ、彼女は必死になってしまうのだろうか……いや、それを置いても、アレシアはリュシエンヌに執着している気がする。

本当に話がしたいだけなのか? 他に理由がある気がして仕方がない。


「話す機会がないのは、ただの偶然だろう。18日は二人で出かける予定が前々からあったんだ。別に君を……避けているわけではない」


アレシアとの距離が近すぎて、後ろに一歩だけ下がった。

嘘をついているという後ろめたさもあり、なるべく離れていたい。

そんな俺のことを、まだアレシアはじっと見つめている。


「わたくしはいつも、午前中に図書館ここにいます。図書館の方たちに聞くと、リュシエンヌさんは午後からしか来られないとか……」

「彼女にだって予定はあるよ、最近は乗馬を始めて忙しいんだ」

「乗馬ですか! わたくしも好きですよ」


アレシアは少しだけ眉を下げ、微笑んだ。話が終わりそうにない……。

自分が避けられていると感じているアレシアは、なんとしてでも理由を聞きたいのかもしれない。


彼女は色々な人と、すぐに仲良くなれるタイプだ。

それなのに、リュシエンヌとだけ話をしてないことに違和感があるのだろう。


そして、いつもリュシエンヌの傍にいるのは俺。

リュシエンヌを守っているつもりが、気を遣っているように見えていたのか……。

でも今はどうしようもできない。これ以上彼女と話しても、堂々巡りになるだけだ。


「では……」

「お二人は……」


二人で同時に話し始めてしまった。

アレシアが「失礼いたしました」と、頭を下げる。

このまま終わりにしたかったが、それもまた不自然だ。

次のアレシアの話を聞いたら、今度こそ切り上げよう……。


「いえ、こちらこそ。どうぞ、お話をお続けください」


少し戸惑っている様子のアレシアに、話すよう促した。

アレシアは小さく頷くと、口を開いた。


「あの……わたくしのこと……本当の素性を、ルドウィクさんはご存じですよね?」


思っていたのとは違う質問が投げかけられた。

彼女はドゥロール国の王女、もちろんわかっている。


「ええ」とだけ答えると、アレシアは少し微笑んで話を続けた。


「実は、この国での滞在が終わったら婚約者が決まりそうなんです。でも、一、二度顔を合わせただけの方……いわゆる政略結婚です」


彼女は国王の一人娘。好きな相手と結婚ができないのは、仕方ないとはいえ悲しいことだ。これは素直に同情してしまう。


「それは、なんといっていいか……残念なことです」

「はい。なので、少しお話を聞きたくて……。あなた達も政略結婚と聞きました……とはいえ幼馴染なので、わたくしとは違うのですが……」

「は? ちょっと待ってくれ」


思わず足を踏み出し、彼女の肩に手を置きかけた。

驚いたアレシアが、今度は一歩後退る。


「ルドウィクさん……どうかなされましたか?」

「誰と誰が政略結婚だって?」

「……エルンスト家と、パーヴァリ家が……えっ違うんですの?」


アレシアは、こぼれ落ちんばかりに目を見開いて、驚きと困惑の混ざった表情で俺を見つめた。

真っ白な肌が一段と血の気が引いたようになり、今にも倒れそうだ。


これは演技には見えない。

彼女は俺達を政略結婚だと思っていたのか? 

何故そう思った? 不可解すぎて言葉が出てこない。


「お二人のこと……わたくし聞いてしまって……ごめんなさい。でも、あなたがとても我慢をしていらっしゃると……」

「俺……が我慢? さっきから君は一体……」


問い詰めようとして、言葉を飲み込んだ。

目の前のアレシアは戸惑いを隠せず、両手を強く握りしめている。

到底嘘をついている人間の表情には見えない。


おかしい……よく考えるんだ、彼女はこの国に来てまだ一か月もたっていない。

一人でこんな妄想をするような人物でもない。

誰かがアレシアに、嘘の話を吹き込んでいる……彼女を疑うより、そう考えるほうが正解だ。

現に今も『聞いた』と言っていた。まず、その噂の出所を確かめなければいけない。


「アレシアさん、声を荒げてしまって申し訳ない。少し時間をもらってもいいかな?」

「ええ……大丈夫です」


ほんの少しだけ、頬の緊張を解いた彼女に、椅子を引いて座るように促した。

彼女が座るのを確認してから、正面に座った。


「では、まずアレシアさんが知っている話を、聞かせてもらえますか?」




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