第22話 6月12日 案内状1


◆ 


裏口から1分程度で、図書館正面へ着いた。

館内は、昼食時にしては利用者が多く感じるがとても静かだ。


教会の集会係が、修学室へ向かう廊下を行ったり来たりしている姿が目に入った。

両手に何かを抱え、耳の上で切り揃えられた髪を揺らし、ちらちらと受付を見ている。きっと、案内状の手助けを頼みたくて、声をかけるタイミングを見計らっているのだろう。


集会係の様子をうかがいながら廊下を進んでいると、やはり、いつもと雰囲気が違うことに気づいた。見た事のある顔が何人もいる、しかも男ばかりだ……。

時計の針は13時を過ぎたばかり、なぜこんな時間に?


受付を見ると、さっきの案内係がセレーネに話しかけていた。

セレーネは、深刻な顔で話を聞いている途中でにっこりと笑顔を見せ、集会係の頭を撫でた。きっと、案内状が大量だという話を聞いたのだろう。

そのままセレーネは受付を出ると、集会係と一緒にルルの元へ歩いていく。ルルも話を聞きながら目を丸くしたあと、くすっと笑い、うんうんと頷いた。

そして三人が一斉に、歴史書架の方を見た。


急に、背中に水を浴びたように寒気が走った。

三人の視線の先には、大量の本を積み上げた、アレシアが座っていた。


再度時計を確認するが、間違いなく13時を過ぎている……。

なぜアレシアがここに? そうだ! リュシエンヌは?

ぐるりと館内を見渡す。個別のテーブルに彼女の姿はない。


ルルと集会係が受付に戻っていくのが見えた。セレーネは、一人で窓際に向かって真っすぐに歩いていく。

窓際には、作り付けの長いテーブルがある。館内に背を向ける形で作られているので、外の光も入り、集中することが出来るため読書する人たちには人気の席だ。

そこに、一人で読書をするリュシエンヌの後ろ姿があった。淡い栗色の髪が、外の光に透けて輝いている。


きっと、アレシアがいることに驚いてあの席にいるのだろう。思ってもいない状況に焦っているはずだ。俺が来たことにも気づいていないかもしれない。

急いで窓際に向かうと、既にセレーネが声をかけているところだった。


「やあ二人とも」

「あらルドウィク」

「ルド……」


いつもと同じ、華やかな笑顔のセレーネと、少し浮かない表情のリュシエンヌが同時に振り返った。


「ちょうど良かったわルドウィク。いまリュシにもお願いしてたんだけど、時間ある?」

「全然大丈夫だよ、どうかした?」

「良かった! じゃあふたりとも一緒に来てちょうだい」


弾むように喜ぶセレーネに手を引かれ、躊躇する間もなく受付まで連れて来られた。顔は見えないが、ここはアレシアとの距離が近い。嫌な緊張感が体を包む。

受付では、ルルと教会の集会係の少年が、なにやら作業をしていた。


「やあルル」

「ごきげんようルドウィク」


ルルに挨拶をしながら、歴史書架が見えないようにリュシエンヌの横に移動する。

作業をしていた集会係は、俺の声に気づいて慌てて席を立った。


「エルンスト様こんにちは。集会係のダネルです」

「やあダネル。何か作業をしているんだろ? 私に構わず続けてくれ」

「はい! ありがとうございます」


ダネルは切りそろえた髪を耳にかけ、ぺこりと頭を下げると、また何かを数え始めた。ルルは微笑みながらそれを見つめている。

セレーネが受付に入り、重ねられている用紙の一枚を手に取った。


「あのね、毎月のお茶会のことなんだけど、これ見てくれる?」


手に持っていた用紙をこちらに見せる。それは今月のお茶会への参加者のリストだ。そこには多数の名前が記されていた。


「これがどうかしたのかい?」

「この名簿リストが六枚あるのよ、今回のお茶会希望者が増えてなんと180人超えよ、昨日締め切りだったの」

「ひゃ、ひゃくはちじゅう?」

「まあ……」


横からリュシエンヌの声が聞こえた。

たしか前回は150人くらいと言っていた、それでも十分多いのにさらに増えている……。


「とりあえず、今回の会場であるバートン家に100人超えちゃうって手紙書くとこ。たぶんウィルなら問題ない!って言ってくれると思うんだけど……」


前回張り切っていたというウィルが、何人増えたところで断るわけがない。きっと200人を超えても了承するだろう。


「もしかして、案内状が間に合わない?」

「そうなの! いつもは30人くらいで、多くても100人超えなんて無いでしょ? ダネル一人で全然余裕だったみたいなんだけど、今回のこの多さ。これだと発送までに間に合わないって」


セレーネの横で、ダネルが何度も頷いている。案内状は一枚一枚手書きだ、それにミスをすると書き直しになる。こんな大量の案内状、到底一人では無理だ。


「ぼく、こんなことになってると思わなくて……」


まさかこれほどアレシアに入れあげている人が多いとは、俺達でも思っていなかった。噂を聞いて、顔を見てみたいという者もなかにはいるだろう。

さっきセレーネがこちらに見せた名簿にも、パーティでさえあまり見かけないような名前もあった。いったいどこまで噂が流れているのか……。


ちらりと歴史書架を見る。アレシアは、真剣な顔で読書をしている。

彼女がまだここにいるのには驚いたが、悪いように考えなくてもいい。それだけ未来が変わっているという事だ。

あの椅子へのいたずらも、全くリュシエンヌには関係がなく、ただそれをきっかけにアレシアと仲良くなりたいと思って誰かがしたのかもしれない……。


目の前で、不安顔のダネルがこちらを見つめている。


「ダネル、大丈夫だよ。俺達で書けばあっという間に終わるさ」

「ありがとうございますエルンスト様!」


ぱあっと顔を明るくしたダネルを、セレーネとルルが優しい顔で見ている。

ルルは、名簿リストの用紙を確認しながら、うんと頷いた。


「リストは6枚あるから、カールを呼んでくるわねえ」

「ありがとうございます、エドワーズ様」


丁寧に頭を下げるダネルにルルは笑顔で応え、辺りをきょろきょろと見渡すと、棚の整理をしているカールの元へと駆けて行った。

セレーネはその間に長机の上を片付け、ダネルは案内状用の便箋と筆記具を用意しはじめた。


そんな二人の様子を、黙ったままでリュシエンヌが見つめている。

そうっと肩に手を置くと、俺の目を見て困ったような笑顔を見せた。

少し屈んで、耳元に小さな声で話しかけた。


「状況が少し変わっているようだが、これは良い兆しだと思っている。俺がいるから心配しないでいいよ」

「うん、ありがとう」


眉を下げて微笑む姿に、つい抱きしめたくなるがここは我慢だ。手を繋ぐくらいなら……と考えていると、ルルとカールが戻ってきた。


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