14 保健室に行くことになった。
「琴音。元気か?」
「え?」
「元気なのか?」
「えぇ、まぁ、はい。大丈夫ですけど……」
歯切れの悪い返事。琴音は、陽斗から目線を外した。
「お前が、大丈夫だって言う時は、必ず大丈夫じゃない」
嫌なところをつかれたからなのか、琴音は黙り込んでしまった。
陽斗は琴音に近寄って、彼女の額に自分の手を当てた。
「やっぱり……。熱があるじゃないか」
彼女の額は、温かいというよりも、熱い。
琴音がいつもならば、取らない行動をしたのもこれが原因なのかもしれない。
「ほら、保健室に行くぞ」
陽斗は、琴音の手を取った。彼女の手は柔らかく、握った当人ですらびっくりしてしまったが、今はそんなものに気を取られている場合ではない。
できるだけ、平然と。いつも通りを装う。
琴音の手を握って教室から出ようとしたが、琴音は動かない。
「──いやだ。私は、頑張れる」
咄嗟に振り向くと、そこには怯えたような表情を浮かべる少女がいた。陽斗は、琴音のそのような顔を見たことがなかった。
「どうした……?」
何かしてしまったのだろうか。一瞬だけ、身構えた。だが、そんなわけがないと、その思いを振り払う。
「──どうしたも、こうしたもない。頑張らないとダメなんだよ」
いつの間にか、彼女の敬語は消えていて。
「どうして、そんなに頑張るんだ」
今日が特別な日であるわけでもないのに。
「どうして? ──私は、『女神様』だからだよ」
敬語を失った琴音は、どこか他人行儀だったあの感じが消えていた。だからこそ、琴音の感情がダイレクトに伝わってくる。
その少女は覚悟のついた表情を浮かべる。
その姿は、陽斗から見て痛々しく。
その雰囲気に陽斗は既視感を覚えた。
(なにか、どこかで見たことがある)
「別に、完璧でなくたっていいだろ。そもそも、一回ぐらい休んだって、お前の評価は変わらないと思うぞ」
「陽斗には関係ない」
冷たく、切り捨てるような言葉。それに、陽斗は心を痛めた。
「関係なくない」
「どうして?」
「幼馴染が、辛そうにしているのは、嫌だろ。早く良くなって欲しい」
「──また、そうやって──」
「まごうことなき、本心だよ」
真剣な眼差しを陽斗は、琴音に向けた。だが、彼女は目を背けるだけで、頷こうとはしない。
「はぁ……。強情な奴め」
琴音はまるで、わがままを言う子どものように見えてしまって、陽斗は呆れる。
中学では陽斗は琴音に、世話を焼いていた。高校になってからは琴音の立場が大きく変わったことで、そのような機会もなくなってしまった。
だが、今この瞬間だけは中学校の頃に戻ったようで、なんだか懐かしい。自然と頬が緩む。
「じゃあ、無理やり連れて行けばいいんだろ?」
「え?」
驚いたような表情を浮かべる琴音の手を取って、
余計なお世話であることはわかっている。だとしても、このままにするといつまでも無茶をする琴音を陽斗は放っておくことができなかった。
琴音の手を無理やりに取って、陽斗は優しく引っ張る。
「な、なんで? 私、嫌だって言ったよね?」
「なんで? ──琴音の顔が休みたいって言ってるから」
教室から出ると、なぜかたまたま偶然、蒼空と桜愛がいた。
「こいつのこと、保健室に連れて行くわ」
「うい〜。了解」
蒼空は、琴音の手を陽斗が握っているのを見るや否や、「にたぁ」と笑みを浮かべたが、それに突っ込むとまた話が長くなるので、やめにした。
「じ、自分で行きますからっ!」
いつの間にか敬語に戻った琴音は陽斗の手を振り解こうと暴れる。だが、それは子どもの駄々のようなものであり、力的にも軽く握られた陽斗の腕を振り解くことはできない。そもそも、無理やりに振り解く気は、どうやら琴音にはないらしい。
「人に、見られてますから……」
「今さらだろ? 付き合うフリとか言って注目を集めていたんだから」
廊下ですれ違う人にじっと見られていることは知っている。それでも、付き合っているのかと追い詰められている時の方が視線は痛かった。
「うぅ……」
後ろを振り向くと、琴音が今にも泣き出してしまいそうに、目を潤ませていた。
(風邪、そんなにも苦しかったんだな……)
「すみませーん」
保健室のドアを開けてみると、そこには誰もいない。養護教諭の先生も、保健委員の生徒もだ。
「ベッドだけ借りるか」
部屋の端の方に並べられたベッドに近寄り、琴音がそこに寝るように促す。最後の抵抗として、寝ることを「嫌だ」と言われるのかと思ったが、そんなことはなく。琴音はすんなりと陽斗のいうことを聞いた。
抵抗するほどの気力もないのか、そもそも抵抗することすらも諦めたのか、どちらにせよ陽斗にとっては好都合であった。
「俺、先生呼んでくるよ」
こっくりの頷く琴音。声を出しての返事がないあたり、声を出すことすらもできないのかもしれない。
その場から離れ、ベッド周りのカーテンを閉じる時。わずかに琴音が寂しそうな表情を浮かべた気がしたが、おそらくは気のせいだろうと陽斗は結論づけた。
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