第六話 まさかの学生生活

 「あんな美男美女、うちの学部にいたっけ?」

 「あの男の子、なんか影があるけどカッコイイ♡」

 「女の方、スタイルいいし頼んだらヤらせてくれねぇかな?」


 とまぁ、こんな具合に注目の的になっていた。

 

 「私は複雑だなぁ〜?(チラッ)」

 

 袖をちょんと摘んでエリーゼは何やら訴えたそうにしていたが、気付いたら負けな気がするので放っておくのは当たり前として……


 「確かに……こんなにも注目を集めるとは思わなかった」


 何しろ養子とはいえ、今の俺は戸籍上はプロシア連邦でも名うての名家、アーレンベルク家の御曹司になっているのだから。

 加えて今はロベール家令嬢の婚約者でもあるわけで……。


 「そういうことじゃなくてぁ……」

 「そうじゃなくて?」


 訊き返せば、見慣れたむくれ顔。


 「本っ当に鈍いなぁ……レオンが他の女の婚約者になったってこと!!」


 鈍いんじゃなくて分かりたくないんだよ、というのは心の内に留めて言いはしない。

 なぜならエリーゼは何一つ悪くないからだ。

 悪いのは全部俺、エリーゼとは同じ職場の同僚。

 もし、彼女と恋仲になってエリーゼが命の危機に晒されたとしたら、俺は平然と任務に就いていられるだろうか?

 多分、刑事罰を覚悟してでも彼女を助けに行くだろう。

 故に俺はずっと気付かないフリをし続けている。

 

 「俺も面倒事だから引き受けたくはなかったが、仕事である以上は命令には逆らえないことはお前も分かるだろ?」

 

 何しろこれは課長よりもさらに上、憲法擁護庁長官からのご指名なのだ。

 どうしてそうなったのかと言えば――――とまぁ、そんなことは思い返している暇は無いらしい。


 「お待ちしておりました。」


 予め会う場所として予定していたキャンパス内のカフェテラスには護衛対象であるオルテンシアが既にいて、にこやかに声を掛けてきた。


 「さんでお間違いありませんか?」


 ご令嬢というような表現がピッタリの女性がいきなり名前を呼びをしてきたので、思わずたじろぎそうになるが背後からエリーゼの殺気を感じたので素知らぬフリで会話を続ける。


 「そうですが……」

 「よかった……他の人だったらどうしようかと思いまして……」


 ホッと(豊かな)胸を撫で下ろしたオルテンシアは、俺を見つめた。


 「どうぞおかけになってください。あと……後ろの方もどうかそんな怖い顔はなさらずに……」


 オルテンシアの言葉にエリーゼの方を見ると、敵意むき出しで威嚇する猫のような顔をしていた。


 「ほら、お前もご挨拶しなさい」


 後妻を娘に紹介する父親の気分もかくや、俺はのエリーゼをたしなめた。

 

 「チッ……レオンハルトの妹、テレーゼ。恋敵と仲良くするようなお人好しじゃないから」


 相変わらずツンツンしたままだし、今さっき露骨に舌打ちしてたよな……。


 「その……二人は禁断の関係なの?」

 「「んなわけ」」


 珍しく俺とエリーゼが意見の一致をみた。

 だが決定的に違ったのは次の一言だ。


 「身体の相性はバッチリ、血も繋がってないし胸を張って付き合える関係です!!(ドヤァ)」


 おい……それ言っちゃったら妹を名乗った意味がないやんけ……。


 「あれ……妹なのでは?」


 案の定、オルテンシアは小首を傾げてそう言った。

 もうこれ隠し切るのは無理だろ……。


 「そ、その……え〜っと……」


 エリーゼは困った顔で必死にどう言い繕うかを模索中。

 そんな様子を見て満足したのかオルテンシアは人の悪い笑みを浮かべて、


 「だいたい事情は察しています。プロシア連邦の公的機関の職員ですよね?」


 プロシア連邦でもトップクラスの大学に通う彼女の頭脳には、これくらいの推察は余裕だったらしい。


 「……そこまで分かっているのなら、わざわざこちらから答えるまでもないでしょう」

 

 もはや学生のフリをする必要もなし、変に何かを装うことなく実務的な話が出来る。


 「俺も一つ気になりました。なぜ今まで縁談を断り続けてきた貴方が今回の話を受けたのかが」

 「顔写真を拝見したときに一目惚れした、それではダメですか?」

 「顔写真は送っていないはずですが?」

 

 そう返すとオルテンシアはカップに口をつけて一息ついた。

 

 「必要に迫られて、というのがその理由です」

 「失礼ですが、ロタールに戻るという選択肢もあると思いますが?」


 今やロタールとプロシアの間柄は険悪そのもの。

 俺が彼女の立場なら間違いなく帰国を選ぶだろう。


 「外務大臣の娘として、それは出来ません」


 外務大臣の娘として……か。

 確かオルテンシアの父ドルヴィジェは、クーデター前の政権においても外務大臣を担っていた。

 そして政権が変わった今もロタールの外務大臣を務めている。

 思考及び政策方針は穏健派のそれ。

 プロシア連邦とナシオン・ロタールとの間で高まる緊張した情勢を緩和するべく動いていたという話もある。


 「あの忌まわしいクーデターがあって、前政権の閣僚の多くは襲撃され死にました。それでも私の父は生き残った。だからこそ、死んでいった他閣僚のためにもラヴァル政権の好きにはさせない。それが私の父の考えなのです。だから私もまた、ロタールとプロシアの架け橋となるためにこの国に残り続けることを決めました」


 オルテンシアの表情は真面目そのもの。

 どれほどの覚悟を持って敵地ともいえるこの場所に残っているのかを窺い知るには十分だった。


 「そうですか……なら護衛のときはこうして欲しい、みたいな要望はありますか?」


 バレしまっているから、いっそ仕事がやりやすい。

 もはや隠すこともなくそう切り出すと、オルテンシアは真剣な眼差しでこちらを見つめて言った。


 「どうか貴方をもってしても私を庇いきれない時は、気にせず逃げてください」


 その言葉は予想外のもので、面食らったが彼女の立場を考えれば仕方ないとも思えた。


 「安心してください、俺もコイツもうちの部署ではトップクラスの実力なんで」


 自分で言うのもアレだが、俺は機関に入るときの適性検査では最高水準のSだったし、エリーゼも数少ないA判定だった。


 「ふふ、そうなんですね。ではその言葉に甘えさせて貰っちゃおうかな、なんてね?」


 オルテンシアの顔には笑顔が戻って、そっと俺の頬にキスしてみせた。


 「挨拶だけならここまでしないんだけどね?」


 オルテンシアは耳元でそう囁くと、そのまま「講義があるから」と足早に講堂へと消えていった。


 「レ〜オ〜ン〜?」


 濃密な殺気が横から襲ってきたが、それを除けば俺は不思議な高揚感に満たされた。

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転生したので憧れのスパイになりました〜暗躍はヤンデレ同僚とポンコツ上司と共に〜 ふぃるめる @aterie3

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