第2話 首相の災難

西暦2030(令和12)年8月4日 日本国東京都 首相官邸


「やれやれ…どうしてこうなったのだろうか…」


 第101代内閣総理大臣の西条幸三さいじょう こうぞうはそう呟きながら、地下の会議室で報告を受け取る。


 東アジア全域を戦禍に巻き込んだ『東アジア大戦』の直後、多くの左派系議員やら政治家を巻き込む形で退陣した前代総理に替わって、若干40歳で与党自由党の総裁となった彼は、今は亡き北朝鮮の弾道ミサイルにより被災した北陸・山陰・北九州の復興、戦争で大きく損耗した自衛隊戦力の回復など、多額の予算を要する事業を主な政策として遂行していた。


 中国やロシアの権威が失墜し、北朝鮮も滅亡した今、左派の政治家はこれまで有していた利権で貯め込んだ資産のほとんどを吸い取られる立場となり、西条はそうやって得たカネを復興予算として活用。国民からの支持率も稼いでいた。大衆迎合政治は民主主義として愚行の極みではあるが、自由党の全体的な支持率が下がっている中、SNSを介して露見した社会問題に取り組み、ある程度一般国民の人気取りも進めていかねば、いつ自作の銃で撃たれるか分かったものではなかったからだ。


 そうして堅実に戦災復興を進める最中、日本は異常現象に呑まれ、地球とは全く異なるだろう世界に迷い込んだのである。すでに各地では事故やら混乱が頻発しており、死傷者もたった3日で2000名を超えているという。まさに異常事態であった。


「まず、海外に有していた資産が凡そ900兆円も消失し、経済は完全に麻痺しております。労働者のみならず資産家も生活困難となる事は明らかでしょう。今のうちに重要な産業の保護と統制を行い、完全崩壊を阻止するべきでしょう」


「分かっているよ。だが、よりによって近代的な兵器を持つ国が直ぐ近くに現れる事になるとはな…台湾やロシアにも注意を払わねばならないし…」


 財務大臣からの報告に対して西条はうんざりした様子で返し、次の議題に取り掛かるのだった。


 翌日、記者会見にて日本列島が異世界に転移した事、ダキア王国と接触した事を発表し、世論は混乱の極みに陥る。その最中、西条は極秘裏に政治改革の準備を始め、混乱に立ち向かおうとしていた。


・・・


8月6日 広島県呉市 ジャパンマリンユナイテッド 呉事業所


「しかし、こんな異常事態であるというのに、建造は進められるのですね。しかも最優先で…」


 事業所のオフィスにて、社員の一人は『上』からの指示をそう評する。昨年4月より建造が開始され、翌2031(令和13)年に就役予定となっていた広域防衛打撃艦の一番艦は、未知の異常現象を受けて建造が中断されていた。


 だが、『安全保障体制の変化』を理由に建造が再開され、予算と資材、そして建造に携わる人員が優先的に投入される事となっていた。長崎の岩崎重工業でも、二番艦が同様の状況になっているという。


「だが、仕事が続けられるとはいえ、市内に陸自が出張って治安維持を始めてる状況で、この仕事を続けるというのは思うところがあるな…」


 何せイージスシステム搭載艦ことやましろ型広域防衛艦よりも巨大な水上戦闘艦の建造に従事しているのである。市街では平和団体を中心に『軍艦の建造を中断し、その予算を社会保障に回せ』と騒ぐデモが、機動隊と陸上自衛隊の手で鎮圧されたばかり。不安を抱く者が多いのは事実だった。


「ともあれ、与えられた仕事をこなしていかないと、自分自身やその家族を養う事は出来ません。今はただ、目の前の仕事を進めるだけでしょう」


「そうだな…船をばらしたところで、それで生じた鉄をコメに変えるなんてできやしないしな」


 社員達はそんな事を話しながら、今やるべき仕事に取り組むのだった。

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