第1話 洋上の遭遇

解放暦530年8月3日 ダキア王国より東に100キロメートル沖合


 その日は盛夏にしては珍しく、洋上を薄いもやが包んでいた。


 その靄を潜る様に、1隻の軍艦が進む。アメリカ海軍のタコマ級フリゲートに酷似したそれは、ディーゼルエンジンの薄い黒煙を煙突から立ち上らせ、波を踏みしめる。その甲板上では、十数人の獣人が行動していた。


「艦長、周囲に異常なし」


 犬系獣人の報告を聞き、豹系獣人の艦長は小さく頷く。


 長命のエルフやドワーフでさえ今生きている者の殆どは赤子か、もしくはまだ生まれていないだろう530年前、世界は『魔王』と呼ばれる者に支配されていた。自分達獣人族は魔王軍の配下の子孫に当たり、ダキアという国名も、魔王軍時代の族のリーダーを務めていた者の名から来ているという。


 その魔王が『勇者』率いる義勇軍によって倒され、その年を元年とする世界共通の暦『解放暦』が定められた。そしてこれまで支配する側であった獣人族は迫害され、族長の故郷たる東方世界のある大陸へ逃亡。そこに国を打ち建て、『アーレンティア帝国』からの長らく続く侵攻に耐える日々を過ごす事となった。


 その状況が大きく変わる事となったのは、解放暦450年を迎えたとある日の事。東方世界と中央世界の中間地点にて『ゾルシア共和国』が現れ、周辺国に対して宣戦布告。30年にも渡って連続した戦争の果てに多くの技術が伝播したのであるが、その恩恵を最も授かったのがダキアであった。


 ゾルシアは自分の味方を増やし、戦況を優位に進めるべく、長らく迫害の身にあったダキアを軍事支援。東方最大の帝政国家であるアーレンティア帝国は挟撃を食らう形となり、50年にも渡る平和を手にしたのである。


 同時期にゾルシア共和国は『太陽教』と呼ばれる一神教の布教を試みたのであるが、月を信仰対象とするダキアにおいては、ゾルシア人の租借地以外で思う様に広まらず、むしろ教会は植民地としての開発が進むアーレンティアでの布教に主軸を置いていたため、ダキア独自の伝統的な宗教は守られていた。そうして科学文明の恩恵に与ること50年以上が経ち、東方世界は絶秒なバランスの下に平和を保っていた。


 だが近年、アーレンティア帝国は急速な軍拡を進めており、これの警戒を厳にする必要があった。しかも2日前、真昼の空が突如として暗くなったり、東の空から白い怪鳥の様な飛行機械が現れたとあって、王国政府は軍に対して警戒を強化する様に指示。こうしてフィーズ級警備艦「トーナ」は東部沿岸部を厳しく警戒するに至ったのである。


「あ…艦長、電波探信儀に反応あり。方位009より船が接近中。反応の大きさからして、小型の漁船でしょうか…」


 報告を受け、艦長は双眼鏡で指定された方位に目を向ける。すると水平線の先より、1隻の船影が浮かび上がり、それは次第に近づいてくる。それを見た艦長は思わず目を疑った。


「…おい、探信儀では漁船だと反応が出たんだよな?どう見ても我が海軍の巡洋艦ぐらいはある様に見えるぞ」


・・・


西暦2030(令和12)年8月3日


 海上自衛隊護衛艦「たかなみ」の戦闘指揮所CICに、幾つもの報告が届く。


 今から2日前、昼夜が逆転するという異常現象の後、政府は自衛隊と海上保安庁に対して、周囲の捜索を命令。海上自衛隊の対潜哨戒機が九州より西に500キロメートルの地点に陸地を発見すると、直ちに護衛艦によって確認を取る次第となったのである。


「当該船舶、ゆっくりと接近してきます」


「攻撃は控えよ。先ずは発光信号によって意思疎通を計れ」


 CICにて乗組員が報告を上げ、艦長の高柳俊之たかやなぎ よしゆき二等海佐は追って指示を出す。すると船務長が報告を上げてくる。


「艦長、通信が入ってきております。こちらに直接呼びかけてきている模様」


 船務長はそう言いながら、機器を操作する。するとスピーカーより、声が聞こえてきた。


『…ちら、ダキア王国海軍警備艦「トーナ」、我が方からの交信に応えられたし。繰り返す…』


「な、日本語…!?」


「どうしますか、艦長?こちらも応じた方がよろしいでしょうか?」


 CIC内部がどよめく中、高柳は指示を出す。


「む、そうだな…ともかく応じよう。下手に難しく考えるよりかはマシだ」


 やや遅れて、幾つかの交信を行い、高柳は内火艇に乗って相手の船へと向かう。そして乗艦し、相手の艦長と出会う。


「…まさか言葉が直ぐに通じるとは思いませんでした」


「こちらもだ」


 斯くして、日本はこの日、ダキア王国とファーストコンタクトを果たしたのである。

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