エルフとの結婚

野口マッハ剛(ごう)

逆転移エルフ、現代日本

「誰だ、お前は⁉️ オレのお母さんのピアノで何をしている⁉️」


 太田竜太が家に侵入する女性にそう言った。


 女性は恐る恐るこちらに目線を合わせる。女性はぱっちり二重、高い鼻、ブロンドヘア、長い髪、純白のワンピース姿、すらりとした体、そして耳が長いのである。


 女性はアップライトピアノの前から身動きひとつしない。太田竜太は続けてこう聞いた。


「ひょっとして、転移エルフなのか?」


 太田竜太のこの言葉に初めて女性はこう話した。


「私はエルフ、転移エルフなのだ。ここはどこなのだ?」


 太田竜太はエルフの回答と質問にこう返す。


「そうか。ここは日本のオレの家でその楽器はピアノという。ちょっと市役所に電話をかける」


 太田竜太はスマホで電話を。エルフはアップライトピアノをメロディーもないポーンポーンと弾いている。


 二人は市役所に向かって歩いている。


 太田竜太はフツメンの二十歳。エルフは名前をメアリーと名乗った。


 道行く人々は二人をじろじろ見る。それには理由がある。この現代日本の転移エルフに対する差別意識がある。エルフは数十年前から日本に異世界から転移して来た。これだけ言えばなんてことのない話である。エルフは法律や制度で守られている。それをよく思わない人々も居る。無関心な人々も居る。


 まず、エルフが転移して来た場合は市役所等で仮の転移証明書をもらわなければならない。エルフは魔法で言語が理解できる。今回の市役所は太田竜太の付き添いでメアリーの仮の転移証明書を手続きでもらうというもの。


 二人は市役所の転移エルフ課に向かう。聞き取り等で小一時間はかかる。エルフのメアリーは職員と話を始める。その間、太田竜太は必要な時に話す。それ以外はエルフと職員の話である。


 職員はメアリーにどこに住むかと聞かれる。するとメアリーは太田竜太の家のアップライトピアノの部屋に住むと言い始める。


 これには太田竜太は驚きの表情だ。太田竜太はメアリーにこう聞いた。


「なんでオレの家?」


「だって、ピアノを弾きたいから」


 これには職員は笑っている。職員はメアリーに必要な手続きの書類にサインさせて、仮の転移証明書をもらうメアリー。数ヶ月以内に転移証明書が郵送される。


 二人は家に帰る。そう言えば大事なことだが、太田竜太はお父さんと二人暮らしだった。お母さんは他界している。転移エルフの手続きでお父さんが居ないのに進んでいるのはとんでもない話だが。転移エルフの扱いは曖昧な部分もある。太田竜太のお父さんはエルフのメアリーをどう思うのか?


 お父さんが帰った。太田竜太は大事な話があると言って、メアリーを紹介する。お父さんは少し考えながら、この転移エルフのメアリーをどうするのか太田竜太と話す。でもお父さんはエルフに対する理解はある。けれども、急に家族が増えたようなものだから、そっちの心配はあるが。


 お父さんはメアリーにピアノの部屋に行くように言った。お父さんはメアリーが部屋を出たのを確認して太田竜太にこう聞いた。


「お前はメアリーをどう思う?」


「オレはエルフと結婚したい」


 この言葉にお父さんは冷静な表情を見せる。




 今は春の季節、桜が咲き誇っている。太田竜太とメアリーは二人で道を歩いている。太田竜太の気持ちはエルフのメアリーを好き。一方のメアリーは太田竜太をどう思うのか?


「メアリー、手をつなごう?」


「うん、いいよ?」


 二人は顔を赤らめている。触れる手と手。


 実を言うと、太田竜太は女好きである。エルフだろうが、女性ならば好きなものは好きなのだ。


 メアリーは毎日、アップライトピアノを弾く。ピアノの楽譜とにらめっこしながら弾く。


 太田竜太はフリーターで飲食店に勤める。


「太田がエルフと住んでいるらしい」


「太田はバカだよな? なんでエルフと住んでいるんだ?」


 太田竜太は同じ同僚からの陰口を聞いては無視する。太田竜太はメアリーと結婚したい。


 家に帰るとメアリーはこんなことを太田竜太に言う。ピアノ教室に通いたい、と。メアリーはすっかりピアノに惹かれている。太田竜太が月謝を払うことでメアリーのピアノ教室に通うことを許可する。


 ピアノの女性の先生はメアリーとすぐに仲良くなる。メアリーは楽譜を覚えながら先生に弾き方を教わる。メアリーはルンルン、笑顔で初めの曲を覚える。かえるの合唱、である。メアリーと先生はニコニコとしてピアノを弾く。


 メアリーは太田竜太に家のアップライトピアノで、かえるの合唱を演奏する。ちょっと弾き間違いもあるがメアリーは弾き終わり、太田竜太は拍手をする。とびきり笑顔のメアリーに太田竜太はドキドキした。


 メアリーは平日はピアノ教室に通う。先生とは仲良しである。メアリーはきらきら星、すいかの名産地、ぶんぶんぶん、てをたたきましょう、アルプス一万尺、大きな古時計、等々を覚える。


 その覚えた曲を太田竜太に家のアップライトピアノで演奏するメアリー。メアリーはピアノに惹かれている。太田竜太は、そんなメアリーを見ては笑顔になる。




 太田竜太のお父さんがメアリーに、転移エルフ当事者団体の話題をする。メアリーはそのことに興味深く聴いている。


 転移エルフ当事者団体とは、元々数十年前から日本に転移するエルフを保護する団体があった。そこから、転移エルフ当事者団体も出来たというもので、運営も代表もエルフが努めている、ということである。


 翌日に太田竜太とメアリーは手をつないで、その当事者団体に向かう。バスに電車で移動すること二時間、二人は転移エルフ当事者団体の施設の建物の前に到着する。


 メアリーはインターホンの呼び鈴を鳴らす。向こうから聴いたことのない言語が。メアリーはそれに言葉を返す。


「メアリー、何語なの?」


「エルフ語よ?」


 ほほう、そんなものがあるのか。そう太田竜太が驚いていると中からエルフが二三人出てくる。みんな耳が長い。メアリーは出てきたエルフとエルフ語で笑顔で話している。


「太田さん、メアリーさん、お入りください」


 そう言われて、太田竜太とメアリーは建物にお邪魔する。


 建物の中には、人間のオフィスのようなレイアウトでエルフたちが仕事らしきをしている。みんな耳が長い。それから太田竜太とメアリーは面談室に招かれる。


「ようこそ、太田さん、メアリーさん。転移エルフ当事者団体に」


「あの、すみません? ここでは基本的に何をしている建物ですか?」


「ああ、太田さん、日本に転移するエルフのための当事者団体ですね。決して秘密結社ではありません、アハハ。基本的にエルフ同士の相談や支援、法律や制度等々についても日本政府に働きかけています」


 この返答に太田竜太は思考が追いつかない。


 ドアをノックする音が。三人の面談室に一人のイケメンエルフが入って来る。


 それを見たメアリーが。


「ケビン⁉️ 無事だったの⁉️」


「メアリー、久しぶり、何十年ぶりかな?」


 このメアリーとケビンとか言うイケメンエルフの会話に、さらに太田竜太は思考が追いつかない。




 メアリーはケビンと久しぶりの話があると言って二人は建物の外に。太田竜太は理解しようとしている。面談室に残された太田竜太と職員エルフは沈黙する。


 この沈黙を破ったのは太田竜太。


「あの、すみません? エルフはどうして転移して来るのですか?」


「アハハ。日本に平和になってほしいからですよ。社会的少数派の我々エルフは平和な日本が大好きですね」


 いまいちピンと来ない太田竜太。


 またまた沈黙する二人。


 その沈黙を破ったのは外から聴こえるメアリーとケビンの笑い声。太田竜太はドアが開いた方を向く。


 そこには、手をつなぐメアリーとケビンの姿。


 太田竜太は思考が止まる。え? なになに? どうして手をつなぐの? めっちゃ浮気じゃん。そう太田竜太は次第に思考が動き出す。


「ケビン、今日は会えて嬉しい」


「こちらこそ、メアリー」




 太田竜太とメアリーは帰宅中。手はつないでいない。太田竜太はメアリーとケビンの関係を疑うのである。メアリーとケビンの仲の良さにメラメラ燃える嫉妬の心の太田竜太。いやいや、自分は大人だよな? そう太田竜太は気持ちを落ち着かせようと考える。


 家に帰るまで太田竜太とメアリーは無言であった。すっかり夕方、お父さんが二人にお帰りどうだった? そう笑顔で聞いた。太田竜太は何も言わずに自分の部屋へと。しばらくしてメアリーのピアノの音楽が聴こえる。太田竜太は理解出来ない、メアリーは浮気者なのか? 一人でモヤモヤする太田竜太。


 コンコンとノックが。ガチャリとドアが開く。メアリーの姿がある。太田竜太はまだ無言。メアリーはこう言葉を切り出した。


「あのね、数十年ぶりにケビンと会えて嬉しい気分だったの。分かるかな? この気持ちを」


「メアリーは、そのケビンのことをどう思う?」


「え? 友だち、とっても大切な友だち」


 そうかよ、手をつなぐ大切な友だちなのかよ。そう太田竜太はモヤモヤが加速する。


「あのね、私は竜太に会えてよかったって思っている。竜太は私のことを大切にしてくれているから」


「メアリー、悪いけど、今は一人で居たい」


 太田竜太の暗い表情を察したのか、メアリーは何も言わずに部屋を出た。


 またメアリーのピアノの音楽が聴こえる。太田竜太はモヤモヤの上手く言葉に出来ない感覚から涙をひとすじ。


 メアリーは本当は何を考えているのだろうか。




 太田竜太はアルバイトに。メアリーはピアノ教室に通う。メアリーは今日はピアノの先生と次のエルフピアノ発表会に向けて練習をしている。真剣な表情のメアリー。今までの覚えた曲の復習をしているメアリー。


 ピアノの先生はメアリーに、ここをこうした方が良くなる、そう教えている。メアリーはピアノ歴が浅いため、簡単な曲をいくつかエルフピアノ発表会で演奏することにする。


 メアリーは今日のピアノの練習を終えて帰宅。家の前にケビンが立っている。メアリーはちょっと驚いてケビンと会話をする。


「どうして、ここに居るの?」


「メアリーに会いたくなった。太田竜太はどういう人物なのだ?」


「どうしてそんなことを聞くの? 竜太は大切な人よ?」


 メアリーとケビンが会話をしているところで、太田竜太が帰って来た。


 太田竜太はそれを見て、またまた心がモヤモヤする。メアリーはケビンを本当のところでどう思うのか? 恋のライバル、ケビンの存在は、太田竜太の心をモヤモヤさせる。




「三人で近所を散歩しよう?」


 そう笑顔で言うのはメアリー。太田竜太とケビンは苦い表情でお互いを見る。


「「メアリーがそう言うなら良いよ」」


 太田竜太とケビンはそう答える。メアリーは二人の間に入る。三人は近所を散歩する。


 太田竜太はまだケビンを警戒している。たぶんケビンもそうだと思われる。メアリーはそんな二人の気持ちをまるで気付いていないようだ。


「二人とも? 次のエルフピアノ発表会に出るんだよ? 竜太もケビンも聴きに来てね?」


 メアリーのこの言葉に、太田竜太とケビンは行くと言葉を返す。


 太田竜太はケビンは来なくていい、そう思っている。太田竜太はメアリーの笑顔に心を奪われる。


 三人で仲良く散歩、いや、恋の三角関係はメラメラと燃えるようだ。




 今日も太田竜太はアルバイトに行く。メアリーのことで頭がいっぱいな太田竜太。エルフのメアリーと結婚したいけど、そもそも付き合ってすらいない二人。恋のライバルのケビンが引っ掛かっている太田竜太。恋の三角関係は太田竜太の心をモヤモヤさせる。


「太田、エルフと住んで何をやりたいんだよ」


「太田は変わっているよな」


 いつものアルバイト先の同僚の陰口。太田竜太は無視して仕事をこなす。


 太田竜太はメアリーからすれば大切な人ではあるが決して恋人候補ではないだろう。ケビンも大切な人。


 太田竜太は恋の葛藤をしている。


 アルバイトが終わって太田竜太は帰宅する。メアリーのピアノの練習のメロディーが聴こえてくる。


「ただいま、メアリー」


「お帰り、竜太」


 ピアノの練習に熱心なメアリー。太田竜太はそんなメアリーを見つめて心が安らかになる。


 太田竜太はメアリーと出会えてよかった、そう思っている。




 エルフピアノ発表会当日、晴れの日である。会場は屋外で広場にステージとアップライトピアノがある。太田竜太は他のエルフたちのピアノ演奏を一人目から聴いている。クラシックの演奏のレベルの高さに、正直太田竜太は驚いている。一人目のエルフの演奏が終わって人間とエルフの大人たちが拍手をしている。


 メアリーは五番目の演奏である。太田竜太がメアリーのピアノの練習からして簡単な曲だった、そう思い出している。二人目のエルフのピアノ演奏もこれも素晴らしいものだった。太田竜太はそんな演奏を聴いているからメアリーの演奏が陰に隠れてしまわないか心配している。


 三人目のエルフのピアノ演奏の時に偶然ケビンを見つける太田竜太。やっぱりメアリーのピアノ演奏を見ようと会場に来ていたのだ。太田竜太はなるべくケビンを見ないようにする。


 いよいよ、メアリーの演奏の番になる。太田竜太は他のエルフたちの上手いピアノ演奏に驚いている。その前提でメアリーは簡単な曲を演奏しようと席に座る。太田竜太はメアリーがピアノ演奏を失敗しませんように、そう祈る。


 メアリーはゆっくりと弾き始める。かえるの合唱である。ゆっくりと弾くメアリーに、会場に居る人間とエルフの子どもたちが手拍子を笑顔で叩いている。太田竜太は何が起きているのかわからない。かえるの合唱の次はきらきら星。これもゆっくりと弾くメアリー。会場の人間とエルフの子どもたちが笑顔で歌い始める。これには太田竜太はどう反応すればいいのかわからない。ただ言えることは、メアリーの演奏を会場の子どもたちが笑顔で手拍子を叩いて歌っていること。


 メアリーは最後に大きな古時計を演奏する。ゆっくりと弾き終えて、会場の子どもたちがよかった! そう笑顔いっぱいでステージのメアリーに感想を言う。ステージのメアリーは笑顔で手を振って応える。いつの間にか、会場の人間とエルフの大人たちも大きな拍手をメアリーに贈る。太田竜太もケビンもメアリーに拍手を。


 メアリーのピアノ演奏は決して上手くはない。けれども、会場の人々に暖かい気持ちにさせる力があった。太田竜太とケビンはステージの脇の方へと移動。メアリーがステージから降りて二人にこう言う。


「私の演奏はどうだった?」


 これには太田竜太とケビンは。


「「感動した」」


 それを聴いて、メアリーは可愛い笑顔でありがとう、そう二人に言った。


 エルフピアノ発表会は会場の拍手の中で終えた。




 太田竜太はアルバイトからの帰宅途中。なんだか家の前が騒がしい。太田竜太は何事だと思って見る。大勢の通行人が差別的な発言をメアリーに浴びせている。


 太田竜太は急いでメアリーを助けようと間に割って入る。


「やめてくれませんか⁉️」


「エルフは出ていけ!」


「お前もエルフの仲間か⁉️」


 大勢の通行人が太田竜太をもみくちゃにし始める。それを見てメアリーは泣きながらやめてください、そう許しをこう。太田竜太はもみくちゃになりながら、メアリーのためにやめろ! そう叫んでいる。


 しばらくして大勢の通行人は太田竜太をもみくちゃにしたあとに立ち去って行く。


 メアリーは泣きながら太田竜太に抱きついている。太田竜太はもみくちゃにされてぼろぼろである。太田竜太は小声でメアリーにこう言う。


「大丈夫か?」


「私のために……、竜太こそ大丈夫なの?」


「オレは大丈夫。……人間は愚かだ、でも愛することが出来る」


 ぼろぼろの太田竜太に抱きついているメアリーはまだ泣いている。


 太田竜太はメアリーの頭を優しく撫でた。




 一年後、太田竜太とメアリーの小さな結婚式である。幸せの中に居る二人。太田竜太のお父さんとピアノの先生だけが結婚式場に居る。エルフの神父が二人の結婚を認めるために言葉を告げる。


「太田竜太、メアリー、あなたたちが永遠の愛情を互いに与えることを誓いますか? 太田竜太は永遠の命ではない。それでも、メアリー、永遠に太田竜太を愛しますか?」


「はい」


 太田竜太とメアリーはお互いの頬に口づけを交わした。


 太田竜太のお父さんとピアノの先生がおめでとう! そう言って祝福する。


 太田竜太はこの一年で正社員になって新居も購入、メアリーと住んでいる。きっとこれからも二人は困難に立ち向かわなければならないだろう。しかし、二人はこの幸せな時間を忘れないだろう。きっと二人は困難を乗り越えられる。


 エルフとの結婚、永遠の愛情、二人は困難に立ち向かう。


「私、ピアニストになろうと頑張るよ!」


「メアリーなら、きっとなれるよ」


 そう言ってお互いに笑顔で見つめ合う二人なのでした。


終わり

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