第17話 仕事と私生活の境界線を生きる若者たちの場 3

 ワタクシの食通にして酒通の件につきましては、肯定も否定も致しません。

 さしあたりコメントを控えさせていただきます(爆笑)。

 それでは、ただ今の森川さんの御指摘を受け、話を継がせていただきます。


 よつ葉園に限った話でもないでしょうが、養護施設の住込み職員、少なくとも昭和末期までの若い職員各位の生活環境という論点におけるその「暮らし」につきましては、先ほどの御指摘の通り、衣食住における食と住が保証されているとのことで、そこは全面的に同意します。

 衣類につきましても、実はさほど必要というわけでもないときておりますよね。

 これで衣食住のどれをとっても、実にかゆいところに手が届き切った保障がされている職場ということに相成るわけです。

 それもそのはず、そこは単なる勤め先ではなく生活の場でもあるのですから、食うや食わずで子どもらの世話なんかされては困りますよね。

 そこはさすがに、最低限は守るべきところでありましょう。


 とは申しましたが、何も一張羅を持ってビシッと背広というかスーツを決め込んでするような仕事ではありませんし、そこはごく普通の私服で十分務まる仕事ですからね。というより、そういう格好でこそ仕事が成立する場所であり業務です。

 それこそ、学生時代からある服でも持ってきて着まわせば十二分。

 給料が出たあかつきにでも、それでいくらか気に入った服でも買えばよいでしょう。いい服なら、賞与が出た折でよろしかろう。

 まあ、何もどこかのお偉い作家さんみたいに、紳士服の店に出向いておねえさん相手に喧嘩なんかするような真似しなくたって、普通にそこらの店で安くて動きやすいものを買えばいいわけですからね(爆笑)。


~ よく御自身のことがお分かりで、何よりである。

 まあ、三島由紀夫さんみたいに盾の会の軍服をデザインして仕立てるような真似までしておらんだけ、君のほうがまだまともじゃわい(森川氏~爆笑)!


 まあその、私のことはともかくといたしまして(汗汗)、これだけ衣食住がほぼ徹底的に保障されるというのは、就職先が見つからなくて苦労した人には、ものすごい厚遇と言いますか、世にも天国と言ってもいいほどの状態ですよ。

 それこそ、本来の制度としての生活保護という概念とは全く違う形ではありますが、職員としてそこに勤める期間はまさに、生活をしていくという勤労、いささか違和感と矛盾感にあふれている気はしないわけにもいきませんが、ともあれそのような時を過ごすこと。

 これなら客観性も出来ましたか。ま、無理しない程度にしておきます(苦笑)。

 ともあれ、その地にいて何らかの言動をしていくことを条件に、自らの生活が保障されるというわけです。

 それこそ「生活保護」の最低基準以上のものを、労働の対価を通して与えられることになりますね。ここは、しっかり指摘しておく必要があります。

 厳密に言えば、職員宿舎の家賃は天引きもあるが補助もある。とにかくそこに済めるわけです。食費にしても勤労控除的に引かれる要素もあるが、一方で補助もあるわけですし、他の費用についても、給料という名のそれこそ「保護費」相当分が決められた日にもらえるわけです。無論その金額は勤労者としてのそれであり、一般に言う生活保護制度の基準でないことは言うまでもありませんが、ある意味構図的にはそれと似ているものという見立ても、十分可能ではないかと思われます。

 ま、生活保護制度は勤労はむしろ奨励されますが、こちらは副業等をとなりますと問題になるところではあり、それは確かに大きな違いかもしれませんが、そこはまあ下手につつくことはしないでおきましょう。

 私が指摘しているのは、あくまで構造の問題であります。しかしその点は、養護施設職員という仕事の実に大きな、根本的な意味でものすごく大きな「メリット」であると言えませんでしょうか?


 森川氏は、米河氏の弁に即答する。

「確かに米河君のおっしゃる通りで、大いなる利点ですな。メリットと申すとなんかいやらしい感じがしてかなわんので、あえて日本語で申した」

「その御指摘は肌身で感じますよ、私も」

「ところで君は、ここで言うならデメリットというか、リスクのようなものを述べようと考えておいでではありますまいな」

 米河氏、涼しい顔で返答。

「ええ。利益あるところに負担あり。まさに不法行為法の原理通りのことが、ここで発生しております」

「司法試験に合格して物を言えとまでは申さぬが、こんな場で不法行為法の講釈はよろしいわ(苦笑)。それより、衣食住がここまで保障された生活というもののもつデメリットというよりもむしろ、リスクという観点から、さらに論を進めてみる必要がないかな。生前、そこまで考えて園長職を務めていたわけでもないが、恐らく今から貴君が述べるようなことは、わしもうすうす、生前から気付いていたことであろうと思う。ここは是非、米河君より論じていただきたい。それをもとに、ワタクシの所見を述べさせていただこう。その流れで参ろうではありませんか」

「わかりました。それでは、以下私が当該論点における、住込みで生活する養護施設職員という仕事のデメリットとリスクの双方を抱えた要件につき、順次論じさせていただきます」


 かくして今度は、米河氏の弁となる。

 夜はまだ明けない。最も暗い夜明け前。

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