G

「きゃああああああああああああ!」


 脱衣所からヒカリちゃんの悲鳴が聞こえた。


 また、体重が増えたんじゃなかろうかと、いぶかしみながら、脱衣所の戸を開けると、ヒカリちゃんが下着姿で抱きついてきた。


 ふにょっと、ヒカリちゃんの大きくて柔らかい胸の感触が伝わる。


「た、た、た、助けて下さい……!」

「ど、ど、ど、どうしたの!?」

「Gですよ! G!」

「G? ジャイアンツ?」

「なんで脱衣所にジャイアンツがいるんですか!? Gです! “名前を呼んではいけないあの虫”ですよ!」

「ゴライアスオオツノハナムグリのこと?」

「いや、知らないですけど!?」


 その瞬間、カサカサっという音が壁際から、聞こえた。見ると、ゴキブリが壁際で動き回っている。


「なんだゴキブリか……。それじゃあ、殺そっか」


 ボクが殺虫剤を取りに行こうとすると、ゴキブリが高速で動き出した。


 少年誌の主人公が参考にするほどの速さ。通称“ゴキダッシュ”である。


「きゃああああああああああああああ!」

「うわあ!」


 恐れをなしたヒカリちゃんが動いたことにより、バランスが崩れ、2人とも床に倒れた。


「ヒカリちゃん、どいて! そいつ殺せない!」

「ちょ、ちょっと腰が抜けて……」

「だ、大丈夫……?」


 とりあえず下着姿のヒカリちゃんを抱えて、撤退した。


 服を着て、一息着いたヒカリちゃんはこう言った。


「引っ越しましょう!」

「決断が早い!?」


 とりあえずボクは殺虫剤を手にして、脱衣所をのぞく。ヒカリちゃんも恐る恐るついて来た。


「あれ? いない?」

「ほ、本当ですね……」


 どこかに隠れてしまったのだろう。仕留め損なったのは残念だったが、仕方ない。


「ううっ、まだお風呂入ってないんですよぉ……」

「今から入れば?」

「ゴキブリがいつ出てくるか、分からないじゃないですかぁ!」

「そ、そっか……。じゃあ、どうする? お風呂、我慢する?」

「ううっ、汗かいているのでお風呂入りたいです。なので……」

「なので?」

「ナギサ君と一緒に入ります!」

「えええ!?」




 

 先にボクが1人でお風呂に入って身体を洗い、湯船に浸かってから、ヒカリちゃんを呼んだ。


 恥ずかしいので、ボクはタオルを腰に巻いている。


「入ってきていいよー!」

「は、はい……」


 タオルで前を隠しながら、おずおずとヒカリちゃんが入って来た。


 その姿に思わずドキリとしてしまう。


「は、恥ずかしいので、あ、あんまり見ないで下さいね?」

「あっ、ご、ごめん……!」


 すぐに目をそらして、湯船に浸かるボク。


「周囲の警戒をお願いします……!」

「う、うん……!」


 ヒカリちゃんを見ないように、周囲を警戒する。たまにヒカリちゃんの身体がチラッと映ってしまうが、それは許して欲しい。うん、仕方ないのだ。


 ゴキブリが人生で初めて役に立った瞬間かもしれなかった。


「失礼します……」

「え?」


 ヒカリちゃんはタオルに身体を巻いた状態で、ボクの足の間に挟まるように湯船に浸かる。


「あっ、ボ、ボク出ようか?」

「いえ、いつ出るか分からないので、このままでお願いします……」

「う、うん……」


 湯船でお互いの身体が密着する。ヒカリちゃんは頭をタオルで巻いているので、普段は見えない綺麗なうなじと甘いシャンプーの香りにドキドキが止まらない。

 

「ふぅ……、ナギサ君のおかげでお風呂に入れました。ありがとうございます」

「いやいや、大したことじゃないよ」

「ふふっ、たまにはこういうのもいいかもしれませんね」


 ヒカリちゃんが振り向く。


「うん……」


 自然とお互いの顔が近づいてキスをし──


「きゃああああああああああ! 出口のところに出ました! ゴキブリですぅ!」

「ぐえー!」


 ヒカリちゃんに思いっきり、胸に抱きしめられて窒息しそうになる。


「お、お願いします!」

「あっ、殺虫剤持ってくるの忘れた!」

「ええええ!? ど、どうするんですか!?」

「あっ! こっち飛んで来たあああああああ!?」

「きゃあああああああああああああああ!」」






「ナギサ君、またGが出たらいけないので、お風呂に一緒に入ってくれませんか?」

「う、うん……!」

「ありがとうございます……!」


 ヒカリちゃんの顔がパァと明るく輝いた。


 あれ以来、Gがトラウマになったヒカリちゃんは、お風呂をせがむようになった。


「ふふっ、今日もお背中、流しますね!」


 結果オーライ……なのかも?

 





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