第18話

    五十二


 戦争を回避した神々様に、結界の住人が安堵の眼差しを向けていた。

 うさぎはこの期にとばかりに講釈をたれ始めていた。

「争うことは悪ではなく、その愚直さが悪夢をみせるのです。未来とは安心感を抱く必要性をもって成り立つ代物ですからね」

「その根拠は、争う意味が、途轍もなく無駄だからじゃろう?」

「赤瞳は以前に、無駄に流れる時間を、戒めたもんな。気力を張り続ける無理にしても、心の損傷に繋がり意味がない、と講釈をたれていたしな」

赤瞳わたしが考える未来とは、生命体の安住を確保しているもので、悪循環を手玉にとる世界観でしかないですからね」

「安住か?」

「ニュートンさんが見出だした万有引力にしても、定数があることに気付けましたし」

「オゾン層に空いた穴にも気付いて、対処法に取り組みやすくなったもんな」

「今するべきことは、妄想に蓋をするだけの頑なな意思に従い、生命を全うするだけじゃもんな」

「沸騰化時代にするべきことは、中和力を導き出すこと。科学図解式をもってしても、触手を調整した元素は、ビッグバンの再来を防ぐための手枷にしたいもんな」

「今現在の危惧は、資源と代用の区別をつけて、破裂を回避することです。層に守られているうちにするべきことは、守られていることから脱却して、この世の保全に努めることしかありませんからね」

「簡単に云うが、それがなかなか難しいことである以上、科学力を結集せねば成り立たぬ。権威を博す者の石頭を柔軟にするには、割り振られた分野を越える力で無心になってもらうだけだろうしな」

「長短があることで解る枠組みを無意味と想えれば? じゃがな」

「赤瞳さんの出現が意味したことは、宇宙の一員である地球の変換を待っている、と見定めることしかないですもんね」

「量子を同一にするには、無重力に対する臓器の耐性をあげる必要性があります。細菌に対する抵抗力も同時に必要ですが、幾何学の応用で身を守るすべを計れば、交差する点を見出だせるだけでなく、線となり続けられるはずです」

「七十億を越える御霊が存在する現在は、ればたらでは動けない。しかし電磁籠を発動しなければ、全滅するしかなくなるんだぞ。もう少し細部に眼を向けないと、人間の存在自体が泡となるかも知れんぞ」

「人間の防衛本能に期待しても、発動するか解らない。新型コロナで陥ったパンデミックも比でない状況は、人の想像をはるかに越えるはずじゃしな」

「それでも可能性がないわけでもないですし、宇宙服に変わる防衛スーツが生まれる可能性もありますよ」

「だとしても、すべての生命体を守ることは難しいはずだ」

「それが矯正力なら、甘んじて受け入れるしかありません。宇宙の一員と勝手に云っているだけの生命体が必要とされるなら、その理念に従うしかないでしょうから」

「それじゃあ赤瞳も、輩と変わりない、ということにならんかい?」

「神々が実体を奪われたように、人が魂でいるしかないのが宇宙の理念ならば、足掻いたところで無意味です。賢者の理想を押し付けるだけで、円満には程遠いのが現実ということを、人に知らしめるための一手に、もの申すことはできませんからね」

「覚悟があるようですが、本当にそれで良いのでしょうか?」

「人間は所詮、足掻く生命体ですし、人間により絶滅した生命体の怨念が、それを望んでいたなら、それこそが因業というものですから」

「赤瞳にも血も泪もない悪意? が同居していた、ということなんじゃろうな」

「宇宙から見た人間なんて、米粒よりもミクロのはずです。想い入れを以ていても、それ程大層な塗り替えになることではないでしょう。賢人の皆さんが想うよりも、宇宙が残酷なのは既に知り得る真実ですからね」

 うさぎは云って、遠くを見詰め黄昏ていた。それを洞察している、祷は不安をいだいていた。始祖の神武天皇が、悪意に負けたことが不幸の始まりとも想えず、掛け違えたものを模索するが、当時の時代背景を想像すらできなかった。

 時が刻んだ数多の経験を記憶している本能を具現化できないのが人間であり、繋がる意味を知っていても、自身の糧にできないからである。失くしてしまったものの大きさに気付いても、どうすることもできないのが人間だからだ。ただ、言い訳で取り繕う輩に堕ちたくない、と想うのが、せめてもの救いで、悪意に対する精神の向上を肝に銘じていた。



    五十三


 うさぎは、祷が発する純真を読み取り、

「優しく接するだけでは、狡猾な悪意を手懐けることはできませんよ」と語りかけた。

 祷はそれに気付き、

「赤瞳さんは、他人の心を視ることもできるの?」と、刹那に切り返した。

「人の心は、感情に流され易いです。不安は言葉に出さなくても伝播します。弱いことを知っているからこそ徒党を組みますし、鼓舞するんです」

「良くも悪くも、人間のサガは孤立しますよ」

「三妹様にも、みえるんですね?」

「自分に甘いのが、人間だからな。偉人と云われたここの住人たちでも、その疎通を隠し通すのは難儀らしいぞ」

「神々様にしても、感性様を前にして、隠し通すことはできないんだぞ」

「祷さんも、なくて七癖あって四十八癖、という言葉を聴いたことがあるだろう」

「赤瞳さんが時々云う、格言ですか?」

「同じ遺伝子を継承すると風化の作用で見えなくなりますが、似た様な仕草が顕れます。自分を視るのは気恥ずかしくても、兄弟姉妹が似たような癖を持つので、そうやって理解することも可能になるんですよ」

「自分を知りなさい、って云うのは、その為なんですね」

「長短は、自分がつけるものだからな」

「それが、感性だからじゃろう? 赤瞳がちゃんと説明しないから、理解がし辛いんじゃろうな」

「それでも経験値として、役に立ちます。理解すると、忘れるのが人間ですよ?」

「だってよ? 口下手も、云いようだよな、祷ちゃん」

「先を視る必要性を促していますから。経験値となる経験に良し悪しをつけるより、忘れない状況にしているだけなんですがね」

「そう云われれば、赤瞳さんに教わったことは、忘れにくいような? 気がします」

 祷は自身の口から出た言葉で、特質に気付いた。だからといって、それが自身の癖なのか考えたが、答えにたどり着けそうもなかった。例えたどり着けたとしても、それを活かす方法も解らず、迷想に陥るだけは回避するのが人間? と、想いを深めていた。

 うさぎは、それはそれで、自身を知るための第一歩になると想うことで、次の言葉を探さないでいた。それよりも今は、悪意にまみれる理由を見つけ出したかった。手っ取り早いのが聴くことだが、腹の探りあいになることは確実で、本心を知ることの難しさにうちひしがれることを覚悟するしかなかった。


わたしが始祖に、本音を聴き出しましょうか?」

 漸く自身を取り戻した、紬が才色で機転を働かせ云ってきた。再び悪意にまごつくことを配慮したうさぎは

「それができるのは、卑弥呼さんだけだと想います」と答えて、女神様が参加しないと埒が明かないことに気付かされた。

理性わたし次妹ははたぶらかしてみましょうか?」

「卑弥呼さんとなんらかの密約を持っているから、出てこないはずです。でなければ、いまここに居るはずですからね」

「そう云われれば、興味本位の次妹あねが居ないのも、何か魂胆があるはず? よね」

男神わし等と交わると、汚点になると考えているんだろうな」

「それだけの過去があるもんな、四弟おれたちとはな」

「本人は、それ程気にしてないかも知れないけどね」

「羞恥心で赤面するような女神たまかよ?」

「ねぇ赤瞳さん? それって天岩戸あまのいわとのことだよね」

「はい、仲が良いほど戯れるものです? 神と云っても生命体の端くれですからね」

「神々を見本にしているから、人は完成されないのかも? 知れないわね」

「存在が被っていて、現存しているのが、神々しか居ませんからね」

「切っても切れないえにしなんでしょう? 三妹様が、赤瞳に付きまとうのは」

「三妹さんは、感性かあさんから守護職として、付きまとうことを云い含められたんですよ。ですよね、三妹さん?」

「結果とし、そうみえるだけでしょう? 三妹あたしは、誰にも云い含められたりしないわよ」

「あれが、三妹さんの想いやり、なんですよ。神々が優しいのは、母体の感性が、伝承しているからです」

「ならば、始祖にも伝承されていますよね?」

「人が心を失くすように、優しさを封印しないと、悪意が増長しないのよ」

「ならば? 始祖の優しさを呼び起こせば、悪意を封印できますよね」

「残念ながら、基にある疑心を封印できるのは、自身だけです。心を育てる意味は、そういう繋がりがあるからなんですよ」

「堕ちるのは簡単なのに、育てるのには時間がかかるのよ」

「子供の純真が守られるように? ってことみたいですね、三妹様」

「永遠に繋がり続けることが大変だから、そうなったようです。赤瞳わたしが云わなくても、人間として知っておくべきことなんですがね」

 うさぎは云って、言葉の重石に抗っていた。

 謙虚や想いやりは、育った心の恩恵に保たれている。人間が持つ長所も、時間を掛けて育てれば、好評価に繋がることを教えているが、持続することの難しさは、人間自身が身に積ますものなので、理解しても挑戦するのは難儀である。

 時は金なり、というのが身に積まされることと同一なのだ。だが、それを長い間継続できたならば、どんなことにも負けない強い芯棒(心)となるのだ。始めるきっかけなんてものは些細でも、揺るぎない芯棒は育まれる。なかなかチャレンジすることがないのも、多分にたがわずであった。



    五十四


 うさぎはその時、

「猜疑心が生まれたのは、温度差かも知れませんね?」と、馳せた想いが口をついた。

 いつぞやに語った想いが、それであったので、閃きとは幾分違うことを知るために、関連性を紐解いてから

「神武さんは元々、人間の出身ですから、神々みなさんとは違う想いを持っていたはずです。その想いが神様になっても継続されていたなら、想い入れた感情は心を歪にするはずです」

「それが、女神様の意思を理解できなくした? かも知れないわね」

「そんな状況下で囁かれたなら、五弟わし等でも唆されるわい。だとしたら、猜疑心を持ったのは、女神様あねごの方かも知れん? ぞ」

「ピンチをチャンスに変えたのが、ミカエルの囁きだとしたら、何かと忙しい女神おねえ様に猜疑心がとりつき易いもんね? 身近に人間が居る以上、おざなりになっても不思議じゃないはずよ」

 三妹が発言している最中に、うさぎは思念を通わせていた。暗雲が立ち込めたのは、卑弥呼の蟠りであり、ご機嫌斜めに顕れた時、いかづちを伴っていた。

癇癪かんしゃくを落とす程の感情なのかい?」

「居ないことを良いことに、卑弥呼わたしの悪口を云っていたようですからね」

「履き違えないで下さい」

「?」

「思いならまだしも、想いを完全に読み解けないから、誤解するんです。それは人間と変わりません。被害妄想にくれる前に、出来なかった疎通を恥じて下さい」

「赤瞳? そこまで云う必要があるの」

「卑弥呼さんの前名は、ヘスティアさんではなく、マリア様でした。人間が人間に呆れた時代背景だったから、友を引き連れて日の本の國へ逃亡エスケープを計ったんでしょう」

「赤瞳の云う通り、人間が人間に愛想を尽き初め、男神がカケズリ廻っていたのは、女神たちも知っていたはずだよな。それでも正当化するなら本当の悪意は、女神たちの存在かも知れん」

「だから、イエスに神の儀式を施したの? 救世主の存在は、疾風が残したはずよ」

 祷が神々のやり取りを聴き、混沌に陥っていた時代背景を想像していた。

 うさぎはそれで、

「輩の発生は、誰がはじめなのか解りません。人間の心に善悪が発生したのは、知恵を持ったからでしょうがね」と、注釈を入れた。

「それって、希望と同じってこと? なの」

「そういう考え方もできる? わよね」

「人間同士が殺し合ったのは共喰いではなく、必要性のない自尊心プライドを主張したからだったはずよ」

「知恵が厄介なのは、主張されると、そうかも知れない? と揺らぐからなんです」

「決定事項のない世の中は、自由の象徴で、おさを決めたのは、それまでの経験値だったはず。権力者に変わった背景が、傲慢の始まりだもの」

「それまでの人間は、獰猛な獣たちにエサとされていたからね」

「弱いから、徒党を組んだのですね? 卑弥呼様」

「感性様を始め、神々が人間に特別な感情を意入するのは、弱肉強食を循環の法則に組み入れたくなかったからよ」

「その良識は、肉食恐竜が混沌の原因と考えたからで、数の定義上、生命体が絶滅すると見積もったからでしょうね? 止めるために行った氷河期で、退化したのは解りますよね」

「だから赤瞳さんは、恐竜が近親と綴ったんですよね」

 うさぎは、祷に向かって、片目を閉じた。それは、暖をとるために籠った洞窟で長い年月を消耗して、退化を繰り返し行ったのが神々だったことを意味していた。巨大化していた恐竜を閉じ込めた洞窟は、退化に添って空白が増えた。そこが鍾乳洞となり残っているから、水が人間の生命に大事な理由ということが解るはず。それまでの高濃度酸素を、氷河期の到来で液化して量を調整したようだ。

 神々が実体を失った理由は、その退化に必要な熱を喪失したからだった。魔法を使えたとしても、その行いが原因で非実体になっていたはずだろう。強制力は、誰かれ構わず及ぶものである。犠牲になったことを怨めしく云わないのは、次は人間が非実体になる番と教えているのだ。




 

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