第14話

    四十


 帳の出す惰性を変換して、祷は夢の中を徘徊していた。卑弥呼がそれを意図した理由は、命の仕組みを教えたかったからである。見習いの取れた理性が共になったのは、生まれた時から名のある栄誉を教えるためであった。流れを司る五弟が、天岩戸あまのいわと再来デジャヴの危惧から同行していた。それは言い訳で、理性を我が子と勘違いしているのが周知の事実であった。


「理性や、解っているとは想うが、三途の川から関所までの番人は、想い出を食らい尽くすから注意するのだぞ」

「祷次第でしょうね、五弟様おじさま

 心配症の母、次妹から護衛を依頼された三妹が、草葉の陰から、うさぎを連れて其を見守っている。程なくして祷がやって来ると、夢の中なのにうつつを抜かしていた。現在と平行で存在する地獄と知らずに上機嫌であった。

 久方ぶりに夢を観ているからだろう。神々によって知らされる真実に、概念を打ち砕かれることなど、考えられないでいた。


「こっちよ、祷」

「貴女はたしか?」

「理性よ」

「わしは、五弟。流れを管理するものじゃ。赤瞳とは、永い付き合いである」

「赤瞳さんの、幼なじみ? ということですか」

「幼なじみではなく、仲良しの一神ひとりかな? 同じように怖い風貌だから、気が合うんだろうね」

「一応! 三傑なんじゃがな」

「人を懲らしめているだけの三傑でしょう」

「うちの始祖様の、仲間じゃないの?」

「名もなき御霊のことかい?」

「神武天皇という名があるはず! なんだけど」

理性わたしの母親の系列は名を持つことを許されましたが、功績をもつ人からの立身神は、認められた証が、名を持つことだったのよ」

「女神様が供と築いた倭の國と、日の本の國の倣わしが違う理由じゃよ」

「赤瞳から、まだ聴いてないのかしら?」

「聴くもなにも、両親を掬えるのは、あたしだけって教えられたばかり」

「ならば、どうやってこの境界線に来たのじゃ」

理性わたしが、女神様から夢先案内を任されたのよ、五弟様おじさま

「なるほど? とはいえぬな」

「女神様は、帰りのために、五弟様を使わせたんじゃないかしら」

「帰り?」

天岩戸あまのいわとでは、民衆の雑踏で気を惹いたようだけど、今回では民衆が居ませんからね」

「赤瞳さんは、祭の発症と云ってたわ」

「其処に悪意を交えたから、生け贄が奉納されたのよ」

「お供え物みたい? だったの」

「命を供えにするなんて、悪意でしかないわよ」

「そうなると、誰が言い出したか? が、重要になるはずじゃ」

「神武を疎ましく想った奴等でしょう。悪意に取り込まれた輩は、我を見失うからね」

神武天皇ごせんぞ様は、妬まれていた、ってことなんだね」

「人が神に成れるようになったから、悪意を飼い慣らせない輩たちから敵対視? されたんじゃなかろうか」

「自分のことを神棚にくのは、人の十八番おはこみたいだからね」

「なんで十八番? なんですか」

「神武が、十八番目だったはずじゃからのう」

「神として生まれ代わったものの十八番目だったと、次妹はは様も云ってたわよ」

あたしの御先祖様が十八番目? だったのか、って、前に十七名も居たわけなの」

「一番が疾風様ということしか、理性わたしも知らないわ。五弟おじ様ならば、総てを承知わかっている? はずでしょう」

「知らぬ? が仏と云うじゃろうが。必要があれば、女神あねさんか、赤瞳が教えてくれるはずじゃ。のう? 赤瞳」

 うさぎが、もじもじする三妹を連れて、草葉の陰から出てきた。照れくさそうに頭をかく仕草は、隠れているつもりが、バレていたことへの照れ臭さであった。



    四十一


 照れ臭さを克服するために、

「この対岸が見えない川が、三途の川です」

 うさぎが、本題に戻そうとした。

「聴いていたはずよね? 赤瞳さん」

赤瞳わたしも定かではありませんが、疾風さんが堕天使として降臨した者たちなんじゃないですかね? それよりも祷さん、三途の川の対岸が見えない理由は、現世との境界線があるからで、いきなり堕ちるので、注意して下さい」

「赤瞳にも解らんことがあるのも、人間臭くて良いじゃろう。普通の人間は、地獄に堕ちると、戻ることはできん。戻れたとしても、戻る身体がないからで、人の持つ固定観念が働いて、御霊であることを忘れているからじゃがな」

「そのため、追い剥ぎのような番人たちから、現世の垢と称して、魂以外を剥奪されるのよ。錯覚で生きている人間には痛いらしいけど、気のせいだから気にしないことよ」

「それは死なれた方の場合です。幽体離脱をしている祷さんには、痛くも痒くもないはずです。それに、何かあった場合は、四弟さんに呼ばれたと云えば、直ぐに通過できます。絶対的権力下に統治されているのが地獄ですからね」

「女神様が、五弟様をお供にしたのには、そっちが魂胆なんじゃないかしら。海を支配下に存外に生きているようだから」

「さっきから、訳の解らないことを云ってるなって想っていたのは、あたしが死人と云うことを教えるためだったのね」

「身体が仮死状態になっているだけです。睡眠時だから、誰も気付いていませんよ」

「赤瞳がつきまとうことは、女神様ねえさんも承知の上なんじゃろう。幽体離脱の名人じゃからな」

「魂を肉体に戻すことは、三妹あたしたちにはできないからね。其よりも、連れて帰る祷の両親をどうするつもりなのよ?」

「結界に導くしかないじゃろうが」

「結界?」

「第二の人生を生活おくる場所よ」

「それは知っているけれど、両親の許可を取ってないですよ」

「許可は勾玉です。其が発行できないから、敢えて死んで戴きました」

「祷の云う許可は、そっちじゃないんじゃない」

「そっちとかこっちとか、面倒なことがあるんですか? 結界への入場って」

「死人たちは、死んだ時の面影を引きずります。生きている間に勾玉を持つことができないからです。前世で勾玉を授かった方は、宇宙の中心に預けて措きますから、選択肢を必要としません」

「でもあたしはもってません」

「降臨した三妹かみさんが持っています」

「そういうことだったのですね。夢のみちを読んだ時に、しっくりしなかったのは、そのためだった訳か」

「しっくりしなかったの?」

三妹おば様が、次妹はは様に逆らわなかったのは、巧く疎通ができないからだったのですね」

「赤瞳が思いの外、動いてくれないからね」

「赤瞳さんの構想通りの展開じゃなかったから? ですか」

「物語は人生で、営みを通して経験するものです。著者の想いは大切ですから、併せることから始めます。それを自身と重ねると、想像が育まれるのです。折角記憶しているのですから、ご自分の中に問い掛ければ、答があるはずですからね」

「生きた証が記憶されているのが人間だものね」

「お他人様は裏切りますが、ご自身が裏切ることはできない、と考えていますから」

「其が本来の、自尊心の役割だもんね」

 納得した祷の魂が、放射する彩りを増していた。言葉の綾であろうとも、誉められると有頂天になるのが人間だからである。



    四十二


「だいたいのことは教えたが、そなたの心の隙間に隠れて脱走をはかるのが、この地にいる悪霊たちじゃから、心してくんじゃぞ」

「人の心には、隙間だけでなく、穴も有りますから、知らぬ間に取り憑かれます。三妹さんと位並いならびながら、御両親の元まで停まりませんので、離れないで下さい」

「本来は重い槍(思い遣り)の進行じゃが、神々は思念で跳ぶから、祷は追いてこれまいな」

「将棋の定石ではないのですよ、五弟さん」

「将棋ってことは、攻めるつもりなの? 五弟おじ様は」

男神おとこかみの先走りは、今に始まったことでないわよ、理性」

「赤瞳さん、いつもこんなやり取りをしているの? 神様って」

「人の世に伝わる造語や都市伝説とは、本来こういうお茶目な物語なんですよ。見本と手本が、神様しか居なかったんですからね。今は悪霊たちのお陰で、其すらもなくなりましたがね」

「赤瞳に蔑まされる前に、出発たちましょう。三妹あたしが、祷に随伴ずいはんしますから、理性は五弟に随伴してもらいなさい」

三妹おば様に、良いとこ取りされたのは、五弟おじ様のせいですからね!』

 理性がお小言を浴びせていた。

(五弟神がどう受け止めたのかは、ご想像にお任せいたします。)


 五弟神が風を受ける先頭を飛び、三妹神と理性神が、祷を挟む布石をひいたので、うさぎは後に続いていた。なんのかんのと云っても、契りのある女神たちは互いに協力し合う。無理をする事で生み出す歪みを知っているからであった。

 女神の思念に乗る祷は、ゆりかごを満喫していた。気分が良ければ浮かれるものだが、自身が見付けないと、という想いであった。

「あっ、居た!」

 祷が、両親と博正を見つけた。

五弟おじ様、見つけたようですよ」

 祷の左側に居た理性神が、五弟神に云うが、風向きがそれをはばかっていた。

 届いた声で、うさぎが行軍を離脱して、速度をあげて旋回して観せる。そのまま三名の居る足許へ思念を送った。思念は地面で反射すると、とぐろを巻きつむじ風になり、三名を取り込んだ。本来つむじ風は上方 (吹き流し)へ拡がるが、五弟神の思念もとぐろを巻き下へ向けたので蓋をした形になっていた。

 うさぎが思念の元を手繰りよせて、つむじ風を漁網のようにした。うさぎが元の位置に帰るのに併せて、五弟神が思念の元を手繰りよせる。停まって相手を諭し、連れ帰ることを想定した女神たちの意をかいして、行軍が帰還に転じていた。境界線の断崖絶壁を昇る際に、向かい風に立ち向かうと、魂の灯火がたなびき消え掛かる。

「流れに添うと危険は回避できそうですが、本筋と枝筋を見定めなければ、これと同じことなんです」

 うさぎが云い終わるか否かに、境界線を越えて、出発地に戻っていた。神々の速度に追いつける霊はないので、不届きものもなく、空いてしまった穴も惰性で元に戻る。うさぎは一応、其を確認して、肩の荷を降ろした。

 三妹神と五弟神がその間に、つむじ風の監獄に電磁波を注ぎ電磁籠を造っていた。この世の最期の記憶を呼び戻すには、時間が必要だからであった。


 その説明を聴き終えた刹那に、

「赤瞳さんの云うことは解りますが、灯火が消えて終っては、総てが無意味になりますよ」と、祷が話を戻した。

「骨身を削る覚悟とは、消えることを厭わないものです。命の灯火は本来、消えそうで消えないのです。だから赤瞳わたしは、連れ戻すことに拘りました」

「死んで花身が咲くものか? 確か、五弟が六弟に訊いた言葉よね」

「それを真似したくない赤瞳は、彩りと云うのか?」

「違います。赤瞳わたしが彩りと云うのは、元素の努力をかっているからです」

「幼少期の赤瞳は、星の輝きに夢中になっていましたよね」

「そうです、祷さんが気に掛かるのは、同じ想いをいだいたからなんですよ」

「もしかして三妹神様が、あたしに宿ったのは、そんな理由からだったの?」

「三妹さんの目安がそうだったとしても、それが純心のめやすなんですよ、祷さん」

 うさぎは真顔で云って、照れていた。三妹神が、それ以上語らないので、安堵の笑みに移り変わっていた。



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