57話 後輩の涙



 後輩少女は、オレと話し終わった後、全員の短編小説を読み始めた。

 読み終えると、『面白かったです!』と呟き、次の本へと手を伸ばす。

 三冊読み終えると、意味ありげな目線をオレへと向けては、オレの本を持って読み始める。

 

 やはり、誰かに読まれるのは、恥ずかしいな。

 乙女みたいな感情が噴水みたいに出ようとするが抑え込む。

 彼女の横顔を見ると噴水の勢いが迸りそうになるので、外方を向く。

 文芸部の誰よりも、緊張しているかもしれへん。……ほら、意味もわからなくエセ関西弁出してるから。


 だけど、啜り泣く声が聞こえて、噴水は夕陽が沈み込むようにおさまっていく。

 ガラス越しに見た橘は、目元を袖で拭って、堪えながらページを捲る。

 

 泣かせてしまった。

 いや_____________泣いてくれた。

 オレの物語に浸ってくれた。


 それが嬉しかった。感想を述べて初めてもらう感情なのに、女の子が泣いてしまったのにオレは嬉しかった。

 だから、呼びかけられるまで、そっと頭の中で彼女たちの一夜がどんなのだったのだろうか、と逡巡した。


「…………『家族の嘘』読み終えました」橘がそう呟くと、オレは彼女へと向き直す。目を擦ったからか、赤みを帯びていた。

「どうだった? ……って、野暮すぎるか?」

「野暮すぎて、嫌いです。…………でも、何が真実だったにせよ、この作品にもっと早く出会えていたら良かったです」


「橘と出会ったから、この作品が生まれたんだ」


 目と口を開いて、息が荒れそうになっていたが、深呼吸をしてゆっくりと息を吐いた。

「文芸部……頑張ってください。入部は出来ませんが、何か協力できることがあればいつでも私を頼ってください。では、今から練習なのでっ!!」

 ぺこりと俺たち文芸部に頭を下げて出ていった。

 

 その後も、ポツポツとわざわざ時間を割いて、一年生達がやってくる。

 皆の、面白そうな感触も実感できたし、座ってもらって、その場で文芸部の話も出来たので、新入部員を確保できるかと思ったが、やはり今の時期では厳しいのか、帰ってしまう。

 もしかすれば、即決出来ないので後日来るかも知れないが。

 

 もうこれで終わりかなと思い、文芸部の扉を開けて外に出ると、モジモジと三十メートルほど離れたところで、丸メガネの少女がいる。スカーフが黄色なので一年か。


「もしかして、短編小説見にきてくれた?」

「………えっえっと……えええっと」落ち着かない様子で目をキョロキョロさせて、足を内股にしながら擦り合わせている。

「今、オレ以外先に帰ったから、オレ一人だからゆっくり見れると思うぞっ?」

 二階堂達は定刻通りに帰ったが、オレは用事があると言い、残っていた。

 まぁ、その理由はもしかしたら遅くに来た人もいるかもしれないと思案したからだ。なにせ、今日の放課後すぐは、結構人が押し寄せて、廊下まで列を成していたぐらいだったから。入りづらい生徒もいると思った。


「でっ……ではっ」こちらへ歩いてくるので、ひと足先に中へ入って、扉を開けておき招き入れる。すると、『わぁ〜〜、すてきぃ〜〜』と恍惚な表情と声を漏らす。

「さ、さ。座って読んでもらって」

「しっ、失礼します!」座るなり、短編へ手を伸ばし宙で迷い箸みたいに悩む。

 まぁ、悩むわな。そう思いながら定位置に座り込んで彼女を見る。

 薄型のラウンドメガネでボリューム感のある三つ編みおさげ。暁さんほどの色白であまり運動はやらない文化系女子と見た。

 その子は、『あっ』と声を漏らしてオレの描いた『家族の嘘』を手に取る。

「でっでは、読ませてもらいますっ!!」

「はっはいぃい」なぜか、頭を下げてくるので、オレも佇まいを直して返事をする。

 すると、落ち着きが無かった少女の面影はなく、鋭い目つきに変わった。まるで競技に向かう選手のようだ。

 明らかに変わった空気に気圧されてしまう。ここは、文芸部だというのに。

 先程まで見られていた時は、ドキドキでどんな感想をもらえるのか楽しみだった感情が強かった。だけど、今は、桜の下の掲示板で合否が決まる時を待つ時のようだ。


 オレは脇汗を垂らしながら、おさげの少女が読み終えるのを待つと、そっと本を置いた。メガネをとって目元をハンカチで拭う。

 その一動作で素顔が見れたが和風美人だと視認した。切長の眸、塩顔の顔の作り、拭う時の綺麗な所作。まるでオレが作った登場人物の『香織』の高校生時代を再現したようだ。

「素敵な物語でした」

「……あっ……ありがとう。嬉しい」

「家族の嘘……ヒロインである瑠璃がまだ嘘をついたように最後読み取れますが、本当は主人公や母や兄弟達も何かしらの嘘を抱えていたのではないかと思います」

「…………ほう」面白い考察にオレは心拍数が上がるのを感じた。

「まず、母親_______」

 オレは泉のように湧き出る語りに相槌を打ちながら、彼女が想像するものを引っ張り出した。オレがあえて伏せておいたものも全て出してくる。また、オレが意図していない箇所からも自分なりの考察を展開しており、笑みを漏らして『あぁ、なるほど』と呟きながらさらに引っ張り出す。

 気づけばオレは彼女のストーリーの読み解きに浸っていて、ふと彼女が目を伏せた時に時刻を見ると、三十分経過していた。


「あっ、すまん。オレ、聞きすぎたな」

「いっいえいぇいえ!!」すんとした顔つきは急にあやふやしながら身振り手振りをする。

「もう下校時刻になるから、他の短編小説も明日見てくれると、嬉しいかも。……オレは明智圭吾って言うんだけど……名前は」

「えええっっ!! あっ明智先生なんですかぁぁ!! 失礼しましたあああ!! 上から色々といってしまってぇぇ!!」テーブルに頭を擦りつけて謝るのでオレは身を乗り上げると、彼女は頭を上げる。前髪から垣間見えたおでこはほんのりとピンク色になっていた。

「わっわたしは、観月夏帆みづきかほっていいます」

「……観月さん、文芸部入ってみる気あるかな?」

「わたしがですかぁ?! むっむりむりですよっ」

 驚いたトーンとセリフだがいやそうではない。いや、寧ろ喜んでいるか?

 いや、待て。

 女子が喜んでいると思ってちょっかいをかけて、ホントにウザがられた時あったよな……。

 過去の教訓を思い出し、背筋が寒くなる。

 だけど、観月さんは隠す気がないのか、目をまん丸に見開いて何かを言って欲しそうな顔をする。

「……はいる?」

「……入ってもよろしいんでしたらっ!!」鼻息をふんとして熱を篭った言葉を出す。どうやら、本当に嬉しがっていたようだ。

 難しいな……女心。


 なんとか、新入部員を確保した。観月さんは車で送迎が来るらしいから問題なさそうだ。オレは、連絡先を交換してペコペコとお辞儀する後輩を見送ると一人、とある場所へと向かう。


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