39話 がんばれ

ある程度皆の注文したものが届き、学校で起こった出来事に華を咲かせながら食事をした。文芸部とは何ら関係のないたわいも無い話だ。

 外で家族以外と囲んで食事するのは、久しぶりなこともあってか、オレは少し浮かれてその会話に参加していた。


 それは、どこかあの頃の自分と重なったからかもしれない。

 補導されるギリギリまで近くのファストフード店やファミレスで屯っていたのを思い返す。彼奴らが煩くなりすぎたらオレと……遥でボリュームを抑えつけて。怒られたら、店員にペコペコ頭を下げて……そんな光景を重ねてしまった。


 家族や社会の事を必死で忘れるために、現実は楽しいんだと思い込む為に、無我夢中で今を生きようとした彼奴らを…………不良だとは、思えなかった。

 もちろん、社会に迷惑をかけないように、オレたちがカバーしたのだけど。


 だから、思う。

 昨日のカラオケもそうだったのかな、と。


 オレはポテトやカマンベールチーズポテトを摘みつつ、この会のお開きが近づいているのを少しだけ寂しく思った。


 ……神様の言ったとおりきて……良かったな。


 そんな心の中でポツリと出た言葉が自分の首を絞めた。

 言ってはいけない言葉なのに。


『だったら、なぜ、あの場には行かなかったのだっ』


 そう頭の中で昔の俺が囁く。

 まるで呪詛のようにオレの脳へ響く。

 

『おまえは遥を傷つけている。許さない』


 右手の人差し指と親指でポテトを摘んだ手が震えた。ポトリと指から落ちたポテトが非道くカラカラに焼きあげていた。乾いて焦げてカリッとするだろうポテトはテーブル上にポツンと佇むので、ぼーっと眺める。


 多分、きっと、、、オレも乾いて焦げているんだろうな。

  

 耳には、彼等かれらの声で埋まり、目線を変えずに瞳だけを上げると、愉快そうに顔を見ながら喋っていた。


 こんな気分でいたら、ダメだよな。

 なんて、思い、話題についていこうと神様を見ようとしたら。

 神様の右手が目の前のテーブルへ向かう。


 それは、オレが落とした硬くてカリカリのポテト。

 それを、ケチャップにつけて口まで持っていく。

 

「ケチャップうまっうまっ」


 いつもの調味料の感想しか言わない馬鹿舌だった。

「おいしよね。カリカリのポテト。サクサクに中身詰まったポテトも美味しいけど」

「そうだね。時々、サクサクのポテトの下に隠れてあった時は、ラッキーって思うくらい」

「あっ、ありますっ! 見つけたら可愛いですよね」


 三人は、馬鹿舌がケチャップの感想しか言っていないのをスルーして各々があるあるネタを紡ぎ出した。

 

「そうそうっ。サクサクのポテトを生み出す為に自分が一番熱い油に揚げられて頑張っていたみたいで……愛おしいよね」神様が会話に入るとまたもカリカリで硬いポテトを見つけてはケチャップに浸して食べている。


 ……。

 彼等かれらの言葉が、なぜだろう…………心に響いた。

 慰められたとかじゃなくて、彼奴あいつらの横に戻れるのは、同じ状態である時でいたいなと、思ったから。


 彼奴らと同じく、サックサクで中身が詰まった美味しいポテトみたいになれた時、オレは彼奴らの横に戻ろうとするのだろう。


 今は、カラカラで硬くて、水分が抜け落ちて中身もない、オレが…………憐れみとか、同情とか、慰めとかをかけられない状態で、あの場所に戻りたい。


 オレは、人知れず、ぎゅっと右手を握る。

 遥の震えた肩を、触れなかった右手を。


 触れようとした、オレの右手も怖がっていたのだ。


 彼女に触れて良い状態ではない事を知っていたから。


 今のオレが、遥と触れ合っても、哀しい慰めあいしか起きないから。


 だから、と思う。

 文芸部の全てが決着して、オレが母さんに『大人になる』と誓った事が実現して、オレに誰かを支えれるほどの強さと余裕が生まれたら、きっと…………。


 遥と廊下で話した一件の後に、神様と笑う中で思ったように……遥と________________________。



「二階堂、話は戻るんだが、短編を一人一作ずつ作るんだよな?」

 二階堂は、オレの顔を見て、表情を薄らと緩めた。


「うん。その狙いは、さっきも言ったけど、部員確保が目的」

「結局、あの部集を発表して、誰も入部希望者いませんでしたからね」


「まぁ、あのクオリティを出されて、入ろうと思うのは、よほど自信がある子だと思うし、そんな子が居たなら四月の段階で入っているもんね」

 西園寺さんが長めに冷静な分析を図った……のだけど、二階堂と暁さんの顔が硬直してたのを見て、言葉を整理する。


「もっ、勿論! 前回の部集で文芸部の存在を知って、入ってみようかなと思うキッカケ作りにはなってたと思うよっ?! そっ、それに短編だったら、自分もできるかもって、更に門戸もんこを広げる作用を生むと思うしっ」


 慌てて滔々に言葉を繋げるのが、可愛らしくて、可笑しくて、オレたち四人は吹き出して笑う。


「ううん、ごめん。優しいなと思って笑っちゃった」二階堂は、薄らと目尻に生まれた涙を拭いながら答える。

「二階堂とも話し合ったデメリットではあるな。あの時の第一目標は、文芸部の存続が優先で、部員募集はまぁ、オレと神さんが入部した事で解消はしたし」


「そうですね。ただ、私達二年生だけだと、部の存続に関して懐疑的だと思われてしまう。だからこそ、短編で部員を集めるのですから。美玲さん、心配そうな顔しないでください」

 自分の思っていた事を話してしまい、表情に『あぁ、言ってしまったぁー。私のバカバカ』と自分を否定していそうな西園寺さんに温かい言葉を投げかける。


「ごっ……ありがとう」

 感謝の言葉を告げ、少しだけ暁さんの右肩に寄りそう。それは、彼女達が一年紡いだ絆故の寄り添いなのだろうな。

 

 …………短編か。それも一人で。

 一抹の不安どころか、不安でしかない。

 前回の小説は、神様がほぼ全てを執筆し、オレがその推敲と世界観の纏まりを意見した、のみ。


 要するに、オレは何一つ、自分で作品を作っていない。


「だからこそ、今回は、面白い作品を作るってところは変わらないけれど、初心者の子にも書けそうかな? って思える作品をみんなには書いて欲しいかな。難しいとは思うけれど」



 お疲れ様会並びに文芸部存続おめでとう会の食事を終えて、オレ達は折角集まったのだからという事で、近くにあったボウリングを全員ですることとなった。

 暁さんは……ガターを何度もしていたが、二階堂が投げ方を教えると、上達していった。……バスケも本当は暁さんは二階堂から教わるべきだったのだろうな。って思えるほどに愉しげにボウリングへのめり込んでいた。

 五十点しか取れなかったが、嬉しそうである。


 西園寺さんと二階堂は、百オーバーでまずまずと言ったところ。

 神様は、オレ以外の目を盗んでは、特殊なカーブをかけることに一興を得ていた。百二十。


 オレは、幼少期から中学時代まである程度やっていたので、一七十。

 暁さんや周りの観客からの視線が少し恥ずかしかった事が起因して、いつもよりスコアは低かった。

 だって、暁さん、いつもみたく自分毎のようにはしゃぐから。ボウリング場の全員がオレに注目してくるみたいで、恥ずかしすぎた。


 そんなボウリングを終えて、近くにあったアイスクリーム自動販売機でアイスを食べながら帰ることとした。


 いそいそと暁さんと西園寺さんが背を向けて何か話しているので、何かあるのかな? って思っていたが、満面の笑みで、『じゃあ、またねぇ〜』とぼーっとしていた二階堂の腕を引っ張って去っていった。


 なにやら、勘違いをしているようだ。

 取り残されたオレと神様は、顔を見合わせて、肩をすくめた。


「圭吾が私に見惚れてたので、察してしまったようね。私へのとめどない欲情に」

「そんな奴と二人っきりにさせるなよ」

 

 

「陽が落ちてない夕暮れ時に、男女は、お互いの温もりを求めるように、初めて手を絡める。まだ時間があるから話そうかとベンチに座り話し込む。ふと、会話が途切れて、静かな空間に胸の振動がやけに響き、彼女へ意識を寄せると彼女もこちらを見つめていた。薄暗い公園のベンチで見つめ合ってしまったふたりが人知れず……」

 緩急をつけて、ナレーションをしているかのような声で言葉を紡ぎ始めた。


「あぁぁ〜、絶対ないから、そんな展開」

 ふざけ倒す神様を置いて、オレはまだまだ明るい夕暮れの中、踵を返す。

 心地よい疲れと、明日も学校か、という複雑な心境の中で想う。


 二階堂は、やはり優れている、と。


 恐らく、一年生が入部しない可能性も事前に考慮していたのだろう。

 だからこそ、今回の熱を下げないうちに、『文芸部へ入ろうかな? でも、先輩達レベル高いしな……』なんて考えている後輩の背中を押してあげる為の短編か。


 オレは、その短編をただ、前みたいに朝読書の場所へ展開する図を思ったがそうではなかった。まだまだ味がする部集に新作を置くとこの良い勢いを阻害する恐れがあるから。


 だから、二階堂は、文芸部に来た方限定で配るのだという。


 まぁ、予算が厳しいから、配るというより、文芸部内で見てください。といった具合か。


 そうする事で、文芸部へ足を踏み入れて、文芸部に顔を出すことの抵抗感を下げ、あわよくば会話をして仲良くなって部員を増やす目的なのだろう。

 その発想の豊かさは、ほんと凄いと思う。


 正直な話、一年全員は、何かしらの部活動へ入っている。これは学校の規則であるから、五月中旬の今、入部できる生徒はかなり限られる。


 要するに、兼部可能もしくは部活を辞めた後輩にターゲットを狭めているのだ。

 これは、部活動勧誘としては明らかに不利すぎる。


 だからこそ、通常の策で短編集を配ってもダメ。

 短編集と文芸部の雰囲気をセットにして、文芸部加入を誘う必要があった。

 それを踏まえて、文芸部へ置くと、二階堂が言った時、オレは、多分悔しかったのだと思う。


 これがオレと彼の違いかと。

 分かっていたことなのに。


 ここで短編を出すという合理性も、部集と同じ場所で出さないという聡い考えも、文芸部に置くという柔軟な発想も、オレには出てこなかった。


 ゼロから一を生み出す才能はオレにはないのだ。


 二階堂や遥には在って、オレには一ミクロンも存在しない。


 ただ、誰かのアイデアに乗っかって、生み出した策の穴探しをして、より良いアイデアを生もうとするただの凡人の思考。


 だからだろうな、オレは彼みたいな、才能が欲しかったのだ。

 自分にあればあれば、と渇望するのだ。

 

 だから、オレは思う。


 短編を自分の手で描いてみよう、と。


『…………がんばれ』

 

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