38話 始まる短編

 土曜日のありふれた一日も。

 オレは、勉学に取り組んでいた。

 

 燻んだ青のカーテンから漏れる淡白い陽射しが、積み上がったテキストを光らせた。今頃、多くの学生が部活動や遊びに華を咲かせながら太陽を浴びる中、オレはテキストで光を浴びる。


 土曜日の十三時は、時計をチラチラと見ていた。

 その風貌は、受験の結果を待つ学生のようだったと思う。

 

 時刻が十三時を過ぎてからは、気が楽になった。

 カラオケで彼奴らが楽しんでいればいいなって、他人行儀に思いながら。


 先日のテストでは、順位は少し上がって、文系百二十人中、五三位となった。

 まぁ、前回が六十位だったから少しだけだ。


 校内テストの順位を上げれば推薦枠を取れるかもしれない。

 とはいえ、三年までに十位ぐらいを取り、難関大学への審査切符を手に入れるのは難しいだろう。そもそも一年、二年の成績も加味されるか……。


 やはり、オレには、模試で高成績を取るしかないようだ。

 母親に買ってもらった参考書を何度も何度も解く。

 解らない箇所は、しっかりと説明文を読んで理解を深める。


 暗記だけで解こうとはせず、ペンだけひたすらに動かすのではなく、しっかりと脳へ叩き込む。


 そんな乾燥した勉強をやっているとピコん! とスマホが跳ねた。


「しまった……」おでこに手を当てながら呟く。


 勉学中、スマホを机に置かないとくべきだが、オレは調べ物をする為に置いておく。だけど、その際は、必ず通知オンをオフにするのだけれど、兄貴が勉強前に電話してきたからそのままにしてしまっていた。


 ふと画面を見ると、暁さんから。


『明日の十三時、文芸部存続おめでとう会をしましょう!』


 そんな文面がLONEにて届く。


 明日の……十三時か。

 メッセージをぼんやりと見ながらタップし、グループの方へ入ると、続々とみんなが『いいよ』『いいよぉ〜』『おけ』と即座に返信していた。相変わらず、坂本と西園寺さんがいるのが不思議だけど。


 坂本は、今がバイト中なのか、返信は来なかった。

 すると、ドタドタとノックをせずに普段着であるパーカー姿の神様が入ってきては、ニコッと笑う。


「いくよね?」

「……」軽い息が漏れて顔を右へ背ける。


「いく、よね?!」

「……」

 同じ十三時……。遥との誘いを断り、自分の目的の為に文芸部の誘いには参加する。それがヒドく不誠実だと思った。日付が次の日であっても。

 だけど、オレは首を縦に振って、『オレもいく』とだけLONEを送った。


「圭吾、きっと楽しいよ」

「……そうですね」


 オレは、スマホの電源を切って、そこから八時間ぶっ続けで勉学に励んだ。




 最近、笑ったのはいつだろう。


 あの兄貴との一件が終わって、神様と自分の部屋で笑ってから、大笑いしたのは無いような気がする。


 ただ、橘後輩や熊谷先輩と交流を深めて、自分の中に確固としたが生まれているのは確かだった。

 誰かの心の中をのぞいて、自分で気づいた言葉をかける。


 彼女らが歩んでいる世界を垣間見る……小説じみたゆとりが。

 

 


 物語の執筆する彼らの元へ集まるため、お天道様の下を歩く。

 五月の中旬から下旬へと移り変わり、服を一枚軽くしていた。

 ネイビーで長袖のバンドカラーシャツに、下は鼠色に近いグレーのボトムス。


 横を歩く神様は、淡い青っぽいグレーのシャツで、下は品があり膝下まで伸びたブラックスカート。どこか夏を意識した装いだ。


「あの〜、一ついいですか?」

 待ち合わせ場所であるファミレスまで歩む道すがら、神様へ話しかける。

「なんだい?」


「服装の色味、似てないですか? 俺たち」人差し指でオレと神様の服を交互に指差す。

 神様は、キョトンとした顔でオレの体を二往復ぐらい見てから、自分の服装へ目をやって、にへりと笑う。


「私たちのカレカノアピールに打ってつけジャン!」肩をオレの肩へ優しく当ててくるので、距離を取る。

「マジで止めてください。……最近、洒落にならないくらい付き合ってるか聞かれるんですから」

 クラスメイトも他クラスの男子も、神様の容姿と話しやすさに心惹かれて、告白するなり玉砕されているのだ。まぁ、そうなるのも理解できるほどに端正な顔立ちをしているし、砕けた話し方だから、距離感が近くて恋する気持ちもわからなくはない。


『へぇ〜〜、そういう子がタイプなんだぁ』歩道の向こうから人が歩いてきた為か、脳内へ直接言葉をかけてきた。


 タイプだとは、言ってません。気持ちはわかるって言っただけです。

『そっか。君のタイプは、一人の女の子に固定されているのだったね』

 ……。

『あぁ、ごめんごめん。ウブすぎてつい』

 

 より、往来が激しい場所へと入り、ファミレスが見えてきた頃。

 向こうから、二階堂と暁さんと西園寺さんが歩いてきた。横にいる神様はオレを置いて、駆け足であっちに向かった。


 坂本はバイトがあるみたいで、来れないよう。

 まぁ、昨日誘われたのだからな。

 それに、テスト期間中のバイトは学校側から禁止になっていたようで、テスト終わり後の一ヶ月はシフトを結構入れたようで、土日は厳しいらしい。

 で、『この会を一ヶ月後にするのは悪い』からと坂本から切り出して、坂本抜きでの会となったのだ。


 坂本がいない遠くにいる四人を見ながら、思う。

 ビジュアルとファッションセンス良すぎだろ、コイツらって。


 二階堂は、白の大人っぽいポロシャツに、クリーム色のゆったりしたワイドパンツ。ポロシャツの上には、涼やかで柔らかなブルーのカーディガンを羽織っている。黒の革ベルトが全体的な色味が白すぎないのを調和させていた。

 お洒落なカフェで勉強をしてそうである。


 暁さんは、白っぽいが仄かにピンク色のニットに燻んだブラウンのプリーツスカートを履いていた。上品に包まれた女性って、素敵だな。


 西園寺さんは、ホワイトのクロップドシャツにグリーンのチノパンを履いていた。カジュアルながらも元気な西園寺さんにぴったりの洋服である。 


 そんな三人へ右手を軽くあげて、合流し中へ入る。

 予約していたので、すんなりとテーブルへ案内され、席へ座った。

 U字型のテーブルで文芸部の部室と同じような配置だ。





 メニュー表を確認し、各々が注文を終えて飲み物を各自揃えては暁さんが音頭をとり『乾杯〜』と全員でグラスをぶつけた。

 

 ぐびぐびと烏龍茶を飲み、早速本題へ入ろうと思ったが、反対方向で一番端にいた西園寺さんがオレと神様に顔を綻ばせる。


「なんだ?」

「んん 二人って仲良いなぁ〜って」右肘をついた手に顔を乗せて、薄目で西園寺さんが呟く。それに追随して暁さんも乗っかってくる。

「そうですよねっ。今日も一緒に来ていましたしっ! どうなんですかっ! 明智さん!」いつもより大変元気な暁さんに少したじろぐ。

 

「どうっていわれてもなぁ……」唐突に頭に痒みが出たので、掻きながら答える。

 仲がいいって、つまり恋仲かってことだよな?

 左横にいる神様から微かに服が擦れた音が聞こえた。


「昨日、LONEで一緒に行かないかって……誘われて」

 艶っぽい口調で、身体をくねらせて色のある曲線美を神様がわざと作る。

 右手の指先を唇に当てて、斜め下を恥じらいを持った顔も作っている。


「〜〜〜〜〜!」女子たちが嬉しそうな顔を見せ合わせた。


 オレと神様が同じ屋根の下で暮らしていることは、誰にも言っていない。

 言わない理由は、どう説明すればいいか分からないから。

 偶々、うちの近所に政明せいめいの学生がいないからバレずにいらけるれど……このまま隠すのは難しいか。


 ……とはいえ、言ったら言ったでこの女子達の妄想の種になりそうだな。

 ここは、一つ言い訳を張っておくか。


「……神さんはコッチこの町に来て日が経っていないからな。場所が分からないだろうから、連絡したまでだ。家もオレと同じ方向だったしな」

 言い終えた後に、片目で彼女達を見ると『そうじゃない』って顔をしていた。目が棒になって、口がへの字になってるのだ。

 妄想を邪魔されてひがんでいる女子の静かな怒りである。


「えっえっと……文芸部の話に戻ると」二階堂が助け舟を出してくれる。全くもって、有能な男だ。

 目の前の女子達は、二人揃って、ストローでジュースを飲みだした。半目で吸い上げるのが恐ろしいがまぁいい。


「文芸部の存続も決定して、部費も無くなるどころか少しだけアップできて、部集の増刷をできたのは大成功だね」

「あぁ。……もう、頑張らなくて良いとすら思ってしまうな」伏目がちにそう呟いた。


 オレとしては、この居場所が無くならないのであれば、これ以上無理して頑張らない方が楽である。だから、今、その機運を誘ったのだが、全員が冗談でしょ? って顔して笑い始めた。


「明智君っ、政明の部活動は全力投球だよ? 手を抜いちゃダメ」

「そうですよ、明智さん。明智さんの物語を待っている方から沢山のお手紙とラブコールが届いているんですから」

 まるで、自分ごとの様に真剣に言葉を紡ぐところを見ると、きっとあの物語の一番のファンは彼等なのだろうって思う。ファンが次の新作を待望しているような剣幕がそのことを物語らせていたから。


「……僕も明智君と神さんの作品を待っているよ。……そこでなんだけど」

 二階堂は、佇まいを正してからして言葉を続けた。


「四千字から一万字ぐらいの短編を五月末までに作らない?」

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