第29話 痛み。

 三人が生徒会室を後にすると、先程までの異彩な重々しい雰囲気は何処へやら、和やかな雰囲気に包まれた。


 それが意味するのは、生徒会長が肩の荷が下りたという事。生徒会長を観察していたら、遥がジト目でコッチを見てきた。

 すると、それをさらに俯瞰していた生徒会長が顎を両手の掌で支えて、俺と遥を交互に見始めた。


「二人は、そういう仲なの?」そのふざけた質問を即座に返す。


「いえ、全く」

「冗談はやめてください。会長」


 同タイミングでオレ達が返すと生徒会長は、ニッコリした顔を強めた。


「どんな仲を想像したのかなぁ〜〜?」


「……」

「……」


 二段構えの罠にまんまと二人揃って嵌る。生徒会長に二本取られた。

 してやられた……俺と彼奴は嫌そうにはぁ〜とため息をつく。


「ふむふむ。こりゃ〜恋愛欲が満たされていくねぇ〜」先程までの知的な印象は見る影もなく、揶揄うのにけたウザったい先輩へと様変わりしていた。

 生徒会長のほっぺがじんわりと熱を帯びて桃色になっている。人の恋バナを主食に妄想の海へふけりそうなタイプかもしれない。


「恋愛欲なんて如何にも多感な年頃故に抱きそうな欲を持っているんですね」

「ふっ、私は、性欲の埋め合わせとして恋愛欲で補完してるのよ」三大欲求で一番人間が言いづらいのを躊躇いなく言う。


 言い終えれば、意味ありげに胸元の下で腕を組む。艶めかしい言葉と女性らしいラインがありありと出る。

 だけど、最近は会長よりも大きい生徒がたくさん近くにいた為、余り効かなかった。ん? 効かない? 自分で言っておきながら、何を言っているのだろうか。


 遥からの視線が痛みを増した。


「はぁ〜。会長、それよりも圭……明智君を残してどうしたんですか?」

「あぁ〜そだったそだった」声色が急にドスを効かせた声へと変わる。「……君が文芸部を残すように色々と工作したんでしょ?」


「えっ?」


 忽ち、遥の目が真剣身を帯びて、朱が瞳に差し込む。パソコンを右へズラし、俺へ目をやるなり、何かしたの? って顔をする。


「工作……それをオレがしたとして、仮にしなかったとしても結果が変わらないなら、良いのでは?」

「いえ、変わったよ。変わったから、態々君に時間を割いてるのよ」


「オレの時間を割いて、答え合わせをしようと?」

「恋愛欲も高いのだけど、探求欲もそれ並みにあるのよ。それに君は、私に対して脅しをかけたからね」オレは皮肉めいた言葉を敢えて出すもあっさりと倍返ししてきた。


「脅し……?」遥は、何も知らないのだろう。


「人聞きが悪い言い回しですね」

「そうかしら? それが私の探究心に火を点けたのだから。明智圭吾……その探偵みたいな名前の持ち主がどんな人物なのか……気にせずにはいられないわ」


 探偵……、神様がオレへこの名前をつけた理由……こんな役回りをさせる為なのかもな。母親からつけられた名前の筈なのに……さ。


「……では、答え合わせといきましょうか?」

「そうね。まず、君は、君の担任である若桜梨花わかさりか先生を用いて、学年を超えた宣伝をした」


「それは、どう言う事ですか?」遥は事態の把握をすべく生徒会長に問いかける。


「簡単な話よ。そうね、小清水さんの国語の先生は、若桜先生でないのね?」

「はい…………まさか」ようやく話の流れが分かったのか、オレへ顔を向けた。


「えぇ。若桜先生に宣伝役をさせたのよ。それも授業中に。私のクラスは若桜先生ではなかったのだけど、他の三年のクラス二、三、四組は若桜先生で見事注目を誘ったわ。その影響から私に部活廃部撤回の要請までしてくる始末」


 若桜先生がオレ達の部室へ訪れた際に、その提案をした。丁度、二階堂が暁さんの家へ向かった後だと思う。最初、若桜先生自体あまり乗り気で無かった。

 そこで、若桜先生に齎すメリットを伝えた。


 一つに、文芸部が廃部すると顧問である若桜先生の監督責任に多少なりとも疵がつく。

 二つに、文芸部が廃部した場合、他の部活動の顧問をさせられるというリスク。要するに、文芸部というお気楽な部活よりもよりハードな練習に付き合わされる部活の顧問をするのは若桜先生にとって無視できないリスクだ。何せ、ウチは結構部活動に力を入れるからな。部活動に時間と労力を割かられないのは激務の教職にとっては魅力的な提案と言える。

 三つに、文芸部の広報を担うことで、読書週間を学生達に身につけ、国語の基礎力アップが期待できるというもの。


 こちらのメリットを敢えて隠し、自身と学生の為の協力である事を強く訴えた。


「あまり唆されているようで、良い気分ではないけど、メリットの方が多そうね」と納得してくれて、オレの作戦に乗っかってくれた。


 正直、若桜先生には学生達への軽い部集の説明で良かったのだが、一クラス計五分ほど時間をとって中身の話をしてくれたという。

 それと学生の多くは若桜先生を好む者も多く、結果として若桜先生のために文芸部を壊すなと言った反発意識が芽生えたようだ。副次的な作用とはいえ、嬉しい誤算だった。


 それに、三年生は受験を意識する時期に入った為、現代文や英文和訳の対策として用いられることが多かったという。


「純粋に物語とアイデアを楽しんで頂けた結果が行動を生んだと思いますが」

「そうね。それは、君たち文芸部の努力の賜物でしょうね」

 若桜先生との会話と交渉は一切伝えていないが、それを見透しているかのような目を向けてくる。視線を避ける為、前を向いたが、遥は唇を絞って納得いかない表情だった。


「ただ、君はそれ以上の事をまだしていた。先生方に部集の添削をしてもらった。それも英語の先生方全員に。また、読書家の先生方にも部集を一冊ずつ渡して、感想をくださいと言って回ったようね」


「……」


 やはり、バレているようだ。英語専攻の先生に見せないまま、英語訳された部集を出すという考えもあった。

 なにせ、暁さんと兄貴の二人で作ってくれたから。

 

 ただ、疑う訳ではないが、非正規に本を出す者の最低限度として先生方に見てもらい、添削を行ってもらった。流石というべきか、訂正箇所は一つも無かった、まぁ、ニュアンスで小説が変わってくる為、筆者であるオレ達の方が近い言葉を選んでいるだろうという計らいも少しあっただろうが。


 とはいえ、添削をしてもらい、英語の先生方に間接的に文章を読んでもらい、教師間で話題の種を蒔く事に成功した。


 そして、それが授業の合間に話されれば学校中が部集一色に包まれる。それに、読書家の先生から要望が上がったことが益々、話題を呼ぶのに拍車がかかった。


 そして、その先生方の協力的な感触を掴み、電子化を促す作用も齎した。

「はい。まぁ、電子化はまだ進められていませんから、なるべく良い答え来るのを待ってます」


「生徒会長の私へ先生を用いてプレッシャーを与え、生徒から強い要望を出して民意を演出。これのどこが生徒会長の厳正なる決定というのかしら?」

 生徒会長は、眉間に皺を寄せながらオレに向けて言葉を発してくる。恐らく、自分が外圧的に判断せざるを得ない状況が不愉快で堪らないのだろう。


「それを否定するのは、即ち民主主義の否定です。貴方がそこで生徒会長の名を授かったのは、貴方が生徒会長として優れていると判断した生徒達です。そして、生徒会長の貴方は自分の権限をまさか独裁権だと思ってませんよね? 貴方の権限はあくまでも民意として預かっているだけですよ?」


 今は、ただ『統治二論』で有名なジョン・ロックが唱えたように抵抗権を用いている非力な市民を演じる必要がある。

 生徒会長はあくまでも学生達から信託がなされていると明言する事で話をコッチ側が有利に進める一手だった。


「ふっん……」唸るような声を生徒会長があげて椅子に凭れる。

 どうやら、エリート主義を走る彼女にとって民主主義を単なる名ばかりの装置としてしか見ていなかったらしい。エリート主義且つ能力主義な者がよく陥てしまう弊害か。


「貴方が行ったという部費を然るべき人材へ賄うようにすると決議で採択というのも、民主主義のていを取ったのですよね?」


 生徒会長に『民意』という強い言葉を投げかける。

 そうすると、民意で反論をしようと思うだろうが…………暫く経っても一向に返してきそうにない。


「違います。会長は、民意を否定しているのでは無いです。ただ、遠回しに明智君がこのようなやり方をしてくるのが気に食わないだけです」


遥が加戦してきた。

予想通り。


 オレはそれにフッとわらうので遥は目を白黒させた。

 魚が海で彷徨う獲物を口の中に含ませたら、勢いよく自分が宙に浮いて『何事だっ』と思う可愛い魚ような顔の遥に言葉を告げる。


 遥に狙いを定めて一本釣りを仕掛けたのだ。


「それは、コッチも同じですよ。学校の部活動を隆盛りゅうせいさせるために文芸部を廃部するといった大義名分を貴方達は振り翳した。これはやむを得ない。何故ならば、学校の為、民意の為という強い言葉を使ってきた。やっている事は同じでは? いえ、寧ろ、オレ達の方が圧倒的に弱い立場だからこんなの安いもんでしょ?」


 大前提として、これ以上、文芸部に突っかかてくるのは避けたかった。


 今回の一件を見て神様が作った主役達は結構根深そうな過去を抱えていると知った。そこに力を注いで、早く平穏な生活を送るためには余計な生徒会との関わりを極力早い段階で解消しておく必要があったのだ。


 そのために、やられた事をほぼ似た形で返した。文芸部はやられたらやりかえす。そのスタンスを持つ事の意義は、ゲーム理論で答えが出ているからな。


「……すみません、会長」オレが伏せていたトラップに引っ掛かってしまい、申し訳なさそうに頭を軽く下げている。


「いいのよ。それに彼が言っている事は正しいもの。……」


「……ただ、貴方達は、将棋部のように廃部となってもサークルとして存続させた。勿論、部費は出ないのだけど、居場所は残した。それは、良い選択だと思います。ですが、だからこそ、その根底には何かしら秘密があるというのが諸に分かりました」


「!」二人揃って、驚いた表情を見せる。


 恐らく、誰もそんな疑念を抱かなかったのだろうな。何故、そう行動したのか、そこへメスを入れる。それこそが、オレのやるべき事だ。


「生徒会選挙っていつでしたっけ?」

 分かりきっている質問をする。秋ごろにあるのだ。


「夏休み明けの九月頭に立候補。十月一日に選挙ですね」生徒会長は、職務上の口調で答える。


「ほ〜、もうそろそろ、本腰を入れてアピールの下地を整えておく頃合いでしょうか?」今、問いかけているのは、会長ではない。


 小清水遥に狙いを定めて問いかけているのだ。


 遥は、顔を曇らせて、俯く。

 彼らが悪事を働いているだの、特権的な立場を横暴しているだの、遥が会計を間違えた為の埋め合わせで予算を作る口実だのそんな話ではない。


 彼女が人一倍、前に立って誰かを導く快感と使命感を感じているとわかっているオレだからこそ導いた答え。

 その答えに今、大手をかける。


 生徒会長は、その大手に優しい顔でコッチを見てきた。


 その表情からその通りよ。と言っているのが窺える。

 態々、それは言わないで。と必死に止めようとしているようにも見える。


 昔のオレだったら……心の中で無意味な仮定を思い浮かべようとしてみたくなる。

 だが、オレは、口にした。


「遥、お前は、利用したんだ。この廃部案を用いて」

「ちっ違っ」机と顔を並行にさせながら、嘆く。


「いいや。利用した。会計であるお前は、無駄な予算を削減する事ができれば、その余った予算を有効活用できれば、生徒会選挙での実績を作れると考えたんだろ?」


「っ……」悲しい声が遥から漏れる。


 こんな声はいつ振りに聞いただろうか。

 もう二度と彼女の悲痛な顔も声も叫びも聞きたく無かったんだけどな。

 そんな遥を見たく無いから中学時代支えたのに、今のオレときたらそれを破って、彼女を追い詰めている。

 自分が矛盾した言動をとっているのが怖くて仕方ない。


「多数の幸福のために少数の犠牲を受け入れる。最大幸福を追求する功利主義のベンサム的考えだな」


「……」ついに、何も漏らさなくなった。


 人間はその呪縛からは逃れられない。

 誰かが痛い目を見なきゃいけない。

 弱い立場がもっと弱くなるのが今の現代だ。

 そんな現実を変えようと過去の英雄達が自分の身と人生を引き換えにありとあらゆる反旗を翻したが、その運動は須く撃沈している。


 そして、英雄は極悪人と化す。大罪人と化す。……笑い者と化す。


 だって、それは、彼らにとって都合の良い世界を構築した疎か者なのだから。

 結局は、同じ事の繰り返しが待っているのだ。


 疎か者は経験から学び、賢者は他者の失敗経験から学ぶと言うのなら、賢者は立ち上がらないだろう。


 そう、誰もが平和になれる世の中が作れない現実は、歴史が証明しているのだから。


「明智君。君を少々誤解していたようね」

「……もう文芸部には関わらないでください」

「それも脅しかしら?」

「……いえ、全く。じゃあ……帰ります」椅子を引き、帰ろうとする。


「えぇ。今日は時間をもらってありがとう」生徒会長も立ち上がり、そう礼を言ってくるが、遥は下を向いたまま、その場に留まっていた。


 空気が乾き切って、心臓がキュッと痛くて堪らなかったこの部屋を後にした。

 

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