第26話 告白。


「はい。えぇ……そうです。はい……えっとまぁ能力みたいなもんです。はい。……ですから、頭の片隅に置いといてください。……能力者かって? えぇ、まぁそんなもんです。はい。……仲間がいるのかって? ……それは、言えない事になってますので、はい。では、失礼します」


 何故か、異様に食いついてきた電話を切る。なんかどっと疲れたな。

 昼休みの眩い中庭にて、スマホをポケットへしまう。視線を下から前へ向けると、探していた先生を見つけたので、駆け寄った。


 今日は、昼メシ抜きだな。



 

 直ぐには動けない為、昼間は、私達が前から愛好している『うどん屋二郎』の秘伝ダレを使って簡単なうどんを食べた。


 やっぱり、ここのタレは絶品で、私たちのホッペは落ちる。全て終わったら、また二階堂さんと行こうと思う。

 一人では、あの店の料理は多すぎるので、私は五分の一ほどを二階堂さんからもらって食べていた。


 最初ぶらぶらとテスト期間で昼にご飯を食べるために入るやいなや、私たちはあまりのメニューに後悔したのだけど、何だかんだあの店に私たちの胃袋は掴まれていた。


 一六時ぐらいを回ってようやく、私たちは動き出した。勿論、その前にお兄ちゃんへ病院を行く事を伝えてから。




 いつも土日に歩く道なのに、周りの自然が美しく揺らめいて見えた。

 陽光が斜めから私たちを照らし二人分の影を作った。その影はいつもより小さい。


 彼が最近、犬に追いかけられた話を冗談めかして話す声が耳に届く。

 白と柔らかなピンク色の沈丁花じんちょうげの甘い春の香りが漂う中を二人で歩いた。



 病院へ着くといつも通り、見舞いの紙に記帳をする。

 いつも思うけれど、これ個人情報大丈夫なのかな? まぁ、病院側からすれば、一枚の紙で管理できるから楽なのだろうけど。


 エレベーターへ乗り込み、病室を目指す。終始、二階堂さんは緊張している様子。私もあれだけ来るまで用意周到に策を練ったのに今ばかりは不安が付き纏っていた。


 ガチャンと階へ辿り着くと、ナースさんから首にかける名札をもらい、廊下を歩く。一番右奥がお兄ちゃんの部屋だ。


「大丈夫。横に居るよ」

「……はい。……二階堂さんが横に居る」自分に言い聞かせるようにそう言葉をついた。


 歩く足取りは、やっぱり重い。

 でも、不思議と後退りを考えはしなかった。ただ、前を見つめ、真正面に向き合うべきだと思った。


 お兄ちゃんの過去と私が犯した罪と。


 コンコンコンと三回ほどノックをすると、いつもみたいに『は〜い』と高めの声が聞こえる。ワザと、高くして聞こえやすくしてるのだ。


 顔を見合わせてお互いが頷き、引き戸を右へズラすと、さやさやとカーテンがいつも通り靡きながら空気を循環させていた。

 温かな陽が壁際の小さなキャビネットへ置かれた本に赤みを与えていた。


「おにい……兄さん、来たよ」

「やぁ、ありがとう……君とは初めましてだよね。私は暁大輔と言います。妹がお世話になっております」ぺこりと軽やかな口調で挨拶をする。


 二階堂さんは、お辞儀をして、自分の名を言った。

「君が二階堂君……さっ、座ってください」


「はっ、はい」


 何処か今からしようとしている事とは違った意味で緊張しているように思った。ほら、大股で手と足が両方同じに前へ出してる。


 窓側の椅子へ座らず廊下側の席へ二人座り込む。いつもとは違い、廊下側に座るので、お兄ちゃんは何かを感じたように『どうしたんだ?』と呟いた。


 最初に話す言葉は決まっていた。


「うん……兄さんは、記憶を取り戻したい?」面を食らった様子で目を見開いた。恐らく、私が今まで踏み入れて話そうとはしなかったからだ。

 突然の言動にお兄ちゃんは二階堂さんへ目をやる。


「……君は、その事は……?」

「はい。知っております。その経緯も。ですが、僕には気になさらず妹さんと話してください」


「……そう言われてもなぁ〜」頭をぽりぽりと掻いてこそばゆそうな表情を浮かべる。まるで生徒にプライベートの話を聞かれる先生のようである。


「でもまぁ、向き合いたいとは思っているよ。もしかして君、そういうの分かる能力者か何かかい?」

「? いえ、全く。普通の高校生です」なんだろ、能力者って。


「妹よ。全く、話が見えてこない」なぜかジト目で訴えかけてきた。


「……そうだね、本当は二階堂さんを連れてくるべきでないのだと思う」

 横の彼は、頷く。


「本来は、私一人でこの場にいて、兄弟だけで話すべきなのだと思う。でも、今の私だけで兄さんと話してどう着地するか分からない。だから、冷静な二階堂さんを横に置いているの」まぁ、少し緊張しているのが、気が掛かりだけど。


 そこでようやく、お兄ちゃんの顔が真剣味を帯びる。きっと私が隠し事をしているのに気づいていたのだろう。その秘密を打ち明ける、そう理解したのか、『ゆっくりで良いから、話してくれ』と穏やかに言った。


「……分かった。少し長くなるね」

「あぁ」


 陽は先ほどよりも傾き始め、各々が明日に向けて支度をする中、私たち兄弟は、過去の因縁に終止符を打つため、言葉を紡いだ。


 まず、二階堂さんと話し合って説明をどの順番でした方が心理的負荷が少ないかを考え抜き、それ通りに話した。笑い声など一切いれない。茶化していると勘違いするのは無いだろうけど、真面目な語り口でする。


 言いたく無い言葉に、心が迷い、逃げたくなる。話さない方が、良いのでは? と思いたくなる。でも、話す。話すと決めたから。


 省きたくなる悲惨な事実も省かずに伝える。お兄ちゃんの眉毛がピクッと揺れたり、口元を結んでも続けた。言葉が詰まっても、必死に言葉を絞り切った。悍ましい言葉も痛烈な言葉も用いた。


 私が開けてしまった、手紙の話を伝えた。

 私の罪も。自分勝手に苦しんだ醜態も。


 お兄ちゃんの最愛の人の存在も伝えた。亡くなったことも。

 テロに巻き込まれたことも。


 最愛の人の両親に憎まれていることも伝えた。

 お兄ちゃんの前であの手紙を読んだ。

 

 お兄ちゃんは、唖然としていた。


 左耳から私の声を聞き、ただただ目の前の壁を見ていた。横から見てても分かる。お兄ちゃんの目は、焦点が合わずぼーっと前を向いていた。


 私は、とんでも無い事を今している。実の兄に、記憶を強制的に戻させようとしている。それは、兄が自分で蓋を閉じた辛い現実。


 その蓋を今開けている。


 言い終えてもお兄ちゃんは何も言わなかった。


 空気が乾いているのが分かるほどに音がなかった。

 誰もそれ以上、言葉を出すことができなかった。


 外が茜色に変わっていく。


 時間が進行しないような錯覚に陥ていたが、世界は進み続けた。


 その刹那、兄は、こちらを向いた。

 いつも通りの兄よりも寂しそうな表情だった。




「やっぱり、思い出せないや」

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