第7話 変わってしまった自分。


「二階堂、一人だけ増えたとしてもそれだけじゃ弱い」


 唐突にイレギュラーな人物が切り込んだことで流れが変わる。


 二階堂を含めた全員がこちらへ向き、発声元を確かめる。明らかに異様な物言いだったようで神様以外が瞬きをしている。_________それが、面白くて可笑しい。


「えっっと……明智君、どう言う意味?」

「そのままの意味さ、二人から三人へ増やしたとしても、大して変わらないってこと」


 二階堂の表情が一瞬止まるも、すぐに顔を綻ばせた。


「なるほど……ただ、二人を三人へ増やすってことは、一.五倍の分量になるってことだよね?」


 賢い二階堂は数字を巧みに使い、即興で返す。ただ、オレの顔が待ってましたと言わんばかりに嗤っていたので表情を固める。


「そもそも今回は、面白さに焦点を当ててたはずだ。人数を増やす最大の目的は、分量ではなく注目の的である神さんを囲い込むことだろ?」


 言い当てられた思考に……いや、もしかすれば意識していなかったのかもしれない。深層心理で今ホットな神様を入れることのメリットを弾き出して、彼は無意識的に行動へ移していたのだろう。


 二階堂が怒った顔を見せることは無かったが、二人の友人は眉間に皺を寄せる。


「おい、明智。そういう言い方はどうなんだ?」『人寄せパンダ』とオレが間接的に言っているのが気に食わなかったのだろう。


 神様が静観してその場にいるので、凛とした態度で抽象的に詰めてくる。


「……悪い、確かにその言いようは不適切だった。すまない。……ただ、それが文芸部を廃部にさせないためには良い戦略とは言い難いな」


「明智君は、人数を増やすのが弱いって言ったけど、他に考えあるのっ?」感情を乗せて語尾を強めた言葉が西園寺さんから飛んでくる。


 自分の筋立てどおりに事が運ぶのが_________可笑しい。


『……』


「人数を増やす=神さんを囲い込む、それが弱いってこと。それは、戦術しか考えていない、ただの他力本願。誰かに頼っていてはすぐに鍍金が剝げるぞ」


 神様以外は、ハッとした表情を覗かせる。誰かへの熱い期待は時として誰かを追い詰めることになる。手に入れて、ゴミだと知った時その物への愛情は失せる。


 それを気づかせるための一手。

 神様を主役にさせないための一手だった。


『へへぇっへへっ』


「人数を増やすことには賛同している。ただ、それも最初だけに過ぎない。無料というのは、良くも悪くも直ぐに手放せるからな。飽きを生じさせる点を踏まえないといけない」


「……確かにそうか……」二階堂がそう呟くと神様以外が二階堂へ注目を集めた。二階堂は、俯き顎に右手を添えて考える。ただ、彼の模範解答のような解決法とオレの導き出した答えとは明らかに違う。


 そして、彼は、オレの出した答えには決して辿りつかない……だから、敢えて言葉を紡ぐ。


「本であれば、他の雑誌を例に考えてみると良い」パスをどう捌くか実物だな。


「う〜ん。そうですね……漫画の少年誌とかですかね」小首をかしげた暁さんが独り言のように呟く。

「……そうか。それだよ、暁さん」


「えっ?」二階堂が真剣な顔で暁さんに近づくので暁さんの頬が紅潮する。それに気づいてか二階堂もぎこちなく顔を揺らす。


「つまり、少年誌があれだけ長く続くのは、面白いという価値基準を読者に委ねているからなんだ」女性陣は、ピンと来ていないが、坂本は『そうか!』と同意する。


「うん。要するに少年誌は読者アンケートを元に席争いをしている。そうする中で、雑誌内の熾烈な戦いを生き抜いた選りすぐりの漫画に収斂されていくって寸法。そして、それを読者は心の底で応援し、次第に読者からファンへ変わる」


 数を増やすだけではそこに熱さは生まれない。厚さは生まれるだろうけど……。


『つまんな』


 んん〜、まぁそれは置いといて……。


 詰まる話、こちらが勝手に盛り上がるだけでなく、読者も盛り上がらせる方法を取らなければかず的な強みは目減りするってことだ。


「でも、折角作った作品をアンケートするってどうなの?」西園寺さんは先程まで納得いかない表情を浮かべていたが、今は議論に参加したいという意思があるように思えた。


「確かにそうだな……。う〜ん」

「僕もそれについては否定的だよ。ただ、明智君はそもそも雑誌を例に挙げたに過ぎないからアンケートは考えてないんじゃ無い?」


 坂本と西園寺さんは、眉を八の字にさせて、口を少し開けている。似てるなぁ〜この二人って思う。


 二階堂は、オレへ優しいパスを出す。ただ、オレはそんなヌルくない。


「アンケートをするとこちらのモチベーションやアンケートをするだけの書き手の不足、文芸部内のライバル意識が出るっていう問題も孕んでいるだろうな。だけど、オレは、投票をやるべきだと思っている」


 ここまで彼らと議論を白熱させる……その中でオレはこの場所が欲しいと頭の片隅で思ってしまう。それは、権威を振りかざす王様とか独裁者とかそんなのではなくて、『ここに居たい』という欲求だった。安全で快適な空間では無いのに、居たいと。


「ん⁉︎ 今、話した問題があるのにもかかわらずですか?」


「そうだね、暁さん。誰かに依存した注目のされ方ではなく、仕組みで注目されなきゃ廃れる。また、日常の淡白さに刺激を与える事で学校中の祭り状態を演出できるしな」


 お祭り状態を演出する好材料として生徒会からのお達しを用いれば、苦肉の策を展開させる文芸部という、日本人の判官贔屓感情も煽ることができそうだしな。


 そう事を進めるため、もう一押しする。


「ただ、そのためには、暁さんと二階堂が競い合う構図になってしまう」


 二人が文芸部を動かしているのだから、当然それを断る。だから、オレは彼らが紡ぐ前に言葉を続けた。


 あんたがオレと共に作品を作るっていうのなら、あんたもオレに協力してもらうのは、当然のことだろ? 

『ふっ』


 だから、言葉を続けた。


「そこで、オレと神さんも文芸部の部集をやるよ。そして、オレと神さん、君たち二人でタッグを組む。その一対一の部集を競わせて___________この高校をジャックする」



 しーん。



 そんなオノマトペが聴こえてくるほどに部室は静まり返っていた。


 当然だ。


 自分の心音が聞こえる。

 先程までの血液が迸る勢いは収まり、次第に自分の思考に戻ろうとしてくる。ダメだ、この感覚をこの人達の前では演じろ。


 手が震える。臆病なオレの背中が強張る。目が泳ぎそうになってしまう。人に言葉をぶつけるのが怖い。ダメ出しをされるのが恐ろしい。四方八方から罵詈雑言で貶されるかもしれない。


 怖い、怖い怖い。


 でも………演じきれよ。


「私は」


 その言葉が、弾んだ声が、素の弱っちいオレを支えてくれた。


「私も文芸部に入って、部集を圭吾と作りたい。そして、この文芸部せかいを守りたい」


 ただの感想じみた言葉なのにオレの肩が軽くなる。


 あれだけ、壊す壊すって言ってたくせになんだよ、守るって。


 なんだよ、オレと作りたいって。


 押し込めて、自分を捨て、演じた反動だろうか、目頭が熱くなる。

 誰かに寄り添ってもらえる事ってこんなにも……。


「僕も二人と一緒に文芸部を再編したいと、明智君の言葉で感じたかな。同年代でこんな発想豊かな人いるんだって、逆に楽しくなった節もあるぐらい」

 そんなお世辞かもしれない話を言いながら、子供っぽく笑う。

 その笑顔にオレと神様以外が見つめて、フッと微笑むとこをなんか見てると……あんたは主人公だよって思う。


 二階堂に支柱を預けているような圧倒的信頼がそこにはあった。


 坂本は、机を整理してから立ち上がって、右手にスクールバックを持ち右肩を経由して背中へ回す。


「じゃあ、俺たちは退散しますか。この男どもが居たら安心だろうしな」

「そうだねっ。……じゃあ、また明日ね、みんな」二人がひらひらと手を振りながら帰っていくので『ばいばい』と残った三人は手を振りかえすもオレは、『…また』としか言えずにいた。


 これが高校一年間のボッチの弊害か。


『乾いた心に私からの労いの言葉は沁みたか? んん?』


 そう……だな。ありがとう、神様。


『へっ、っちょっとぉ⁈』人の姿である神さんが『へぇえっっ!』と色っぽい声を漏らして気持ち悪そうに自分の体を両腕で抱きしめていた。その奇怪な光景に他二人はキョトンとしている。


 へぇ〜、純粋な感謝に弱いんですね。オモロっ。


『さっきまでの、獰猛で狡猾な戦略を黙々と言ってた奴と真逆じゃん! きもっい』

「今日は、色々と話し合ったから、それを整理して解散にするか?」

「うん、そうだね。じゃあ、まずは……」

『コラっ、逃げんなっ』

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