二章

第5話 ダイヤモンドは輝く。

 時刻は帰りの会から四十五分ほど進み、クラスから少し離れた三階奥教室の前に俺たちはいた。

 夕陽は傾き、影をより長くさせている頃合いだろう。俺達はその影の長さに比例したみたいに若干の元気を落としていた。


 とはいえ、二人は仲良さそうに話しているお陰である程度の気まずさを打ち消してくれた。俺達の雰囲気の悪さを掻き消す為だろうか。


「ここで、最後なのだけど神さんまだ時間大丈夫?」

「……うん、大丈夫」この空間の中で神様が喋るとなんか心の悪い部分がチクチクとする。それは、俺が神様を気にしているからに他ならないんだけど。


 ……あぁ、この心の声さえも読まれてんだろうな。


『……』


 転校生の承諾を聞いた二人は頷き、坂本がドアをノックして中へと入っていく。それまで、視線を落としていたからえていなかったがドアの白プレートに『文芸部』という黒字が貼り付けられていた。


 ドアを開けた際に聴こえたのは、ホワイトボードへマジックを書き加える音と『それだとツマラナイかもしれないです』と言った声の二つ。


 するすると中へ入っていくと、教室の半分ぐらいの広さに縦長の机を二つ並べ八つの椅子がある。長辺に三つずつで、奥と手前に椅子が一つずつの配置。ホワイトボードは一番奥側にある。


 そのホワイトボードの横でマジックを持ってキョトンとした顔の二階堂と入り口から見て左斜め奥にいた暁さんがこちらへ視線を向けていた。


 この二人が文芸部として活動しているのは知っていたが、他に生徒は見られない。もしかすると、後輩も先輩もいないのかもしれないな。


 文芸部存亡の危機の為に何か画策している最中だったり、生徒会から目をつけられて打開案を持ってきなさいと言われたりしてそうだな。


『ぐぐっ……ぐぐ』


 一般ピーポの俺に言い当てられて悔しそうな声が脳内に漏れてくる。


史明ふみあきっ今大丈夫か?」坂本が親友である二階堂へ呼びかけると、二階堂はペンを置いて口を開ける。


「あぁ、四人ともテキトーに座って」その声を聞くなり、左側へ坂本と西園寺さんが向かうので俺達は右側の方へ腰を下ろす。


かなえさん、挨拶が遅れてごめん。僕は、二階堂史明にかいどうふみあきって言います。同じクラスなんだけど……まぁ、憶えてないと思うけどよろしく」二階堂は口元を真一文字に伸ばして微笑むと右斜め前へ向き、暁さんへ譲る。


「私も神さんと同じクラスの暁朋恵あかつきともえです。この文芸部を二階堂さんと一緒にやっておりまして、……今朝の神さんの自己紹介で小説が好きだっておしゃっていたのでお話ししたく、好機である案内が終わった後に寄っていただくよう坂本君達にお願いしたんです。ありがとう、坂本君、西園寺さん」

 隣へ座る坂本達に顔を向けながらぺこりとお辞儀する。


「ってことだ。先に話しても良かったが、同じ文学を好む者同士直接会って話した方がいいと思ってな」


「ふっ、太一、現代文苦手だもんね〜」目を細めてイジる。


「うっせ、古文漢文で回収すればいいんだよっ」西園寺さんのツッコミに進学校あるあるの他の分野で賄って模試で高得点を取る戦法を雄弁に語る。

 確かに、七割八割を取るぐらいであればそれでも構わないだろうな。俺も理系科目で計算が有る分野は半ば諦めている節があるし。


「ありがとう、坂本君、西園寺さん、二階堂君、暁さん。親切にしてくれて」押し目もなく感謝を伝える神様に場の空気が和む。


 彼ら四人の空気はいづらいと思っていた。既に完成された雰囲気を纏わらせる、まるで民衆に門を潜らせない摩天楼を築いた天の民なのだと。


 だが、それは勘違いなのだと悟る。物腰の柔らかい言葉遣いと親切心は居心地の良いクラスにしようという彼らの根源的な想いに他ならない。


 だから……それだから……その優しさの源泉は自分を守る為にあるのだと理解してしまいそうになる。神様が言う平穏な日常を演じているだけなのだと。この世界はきっと優しくて、誰かの嘘の上に成り立っているのだと。


 その全てを白日の元に晒し上げ、平穏を壊す勤めを実行するのはきっと、俺の心すらも侵食していくだろう、真っ黒に。


 だけど、そうしなきゃ、俺の平穏が訪れないのだとすれば、俺は迷いなく壊すことができる……そんなトリックスターを演じないといけない。


 己の平穏のために誰かが苦痛をあげる日々を迎えさせないといけない。

 その後が惨事になるか、喜劇に終わるかは俺次第。


 まるで神のお遊び……そのお遊びを仰せつかった俺は、逃げる選択を無くすため前へ進む。

 バッドエンドかハッピーエンドの道しかない。

 であれば、俺は彼らを壊し、彼らを信じ、最高のエンドロールを流せればいい。


 それが俺に残された選択肢……そうそれでいい。


「圭吾もありがとうね。私の我儘に付き合ってくれて」朗らかに笑う転校生に俺は答える。


「ううん、全然」寧ろ、こっからだろ?

『我儘ボディで我儘な子に振り回されるのって男子の夢だろ?』

 だと、いいですね。


 空中で切れ味の強い真剣でやり合っているのもいざ知らず、四人は微笑んでいる俺達へ温かな目を作っていた。

 まるで優しい光を内に秘めたダイヤモンドのようだ。


 最高のモース度を誇るダイヤモンドは切れ味の強い真剣だったとしても傷つかない。

 だが、そんなダイヤモンドもハンマーなら簡単に砕けることを知っていた。


 だから、壊す時は、鋭くだ。決して、彼ら全員を一気に壊してはいけない。


 一人ずつ、壊して。周りがその背中を支える。を繰り返す。


 それがいいだろう。

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