ヨウコとカズキ 3

 まともにぶつかり合ったら勝てる訳がない。相手は何せ神様だ。この世界を創造した神。ここは言うなれば磨上の体内と同じなのである。


 俺は即座に神原に魔法を掛けた。


「結界魔法!」


 呪文は適当だ。要するに、神原の周辺の空間をこの磨上の世界から切り離した。神原の周辺に俺の世界を構築したわけである。神原の魔力では磨上の魔力を正面から受けただけでダメージを負いかねないからな。


「ほう、其方にも創造魔法が使えるとはの」


 結界魔法自体はポピュラーな魔法に含まれるが、世界から空間を切り離すのは一般的ではないなろうな。要するに世界に中に俺の世界を創造しているわけだから。俺にはせいぜい神原を保護するので精一杯だけど、磨上くらいのレベルになればこの空間を広げて世界の大きさレベルに出来るという事だろう。


「勇者になれば誰にでも使えるという魔法ではないぞ、それは。やはりカズキは面白い」


 磨上がヌッと俺の方に手を伸ばした。


「どうじゃ、カズキ。其方もここに残らぬか。我と共にこの世界を護ろうぞ」


 磨上は微笑む。何となく、寂しそうにも見える表情で。


「我は、其方がいてくれれば心強いのじゃ」


 俺は内心で激しく動揺しながらも、意を決して言った。


「それは、魔王として、この世界の神として、俺の事が必要だという意味か?」


 磨上はコクリと頷いた。


「そうじゃ」


「ならばダメだ。断る。俺は勇者だ。魔王や邪神の誘惑に乗るわけにはいかない」


「こら、カズキ!」


 神原が小さい声で俺を叱る。言いたいことは分かる。ここは磨上を落ち着かせるために、嘘でもいいから磨上の話を聞く場面だ。だけど俺は無視した。


「それに俺はもう決めてるんだ!」


 磨上が唐突な俺の宣言に戸惑う。俺は勢いに任せて物凄く恥ずかしい事を叫んだ。


「俺は告白するなら元の世界でするって決めてるんだ!」


 その告白する当人の前でこんな事を言うのは本当に恥ずかしかったぜ。


 ところが、磨上の表情はスッと冷たくなった。え? なぜに?


「ふーん。ほーん」


 磨上は何だか拗ねたように言った。


「元の世界にそんな相手がおったとはの。知らなんだわ」


「どうしてそうなる!」


「あるいは神原か? そうか。そうじゃろうな。真っ先に保護しておったからの」


「わ、私は無実です!」


 神原が即座に叫ぶ。そうとも。俺は神原に告白する気なんてない。神原はまぁ、可愛いけど、胸は小さいしじゃなくて、菅原よりも俺の前にはもっと強烈な美人がいるからな。


「お前以外に相手なんているかー! お前だー! 告白する相手は!」


 結局俺はここまで言ってしまった。ここまで言う気はなかったのに。


 ううう、神原なんてニヤニヤしてるじゃねぇか! なんてこと言わせやがる。


 しかし、磨上は悠然と微笑んでいた。


「ほほう。そうか。良いぞ。告白してくるがよい。ただし、我は元の世界には帰らぬ」


 磨上は俺に向けてヒョイと指を振った。それだけで巨大な魔力が襲い掛かってくる。神原が「ぎゃー!」っと叫んだ。


「そして我は、我を倒せぬ程度の男に靡く気はないぞ」


 以前に磨上にやられた時と同じ魔力攻撃だ。前回は為す術無く敗れた俺だが、一度見た技だ。ちゃんと対策も考えたさ。


 俺は剣を抜き、魔力を集中させると、降り掛かってくる魔力の固まりに剣を斬り付けた。ただし、真正面からではない。受け流すように、逃すように。


 それで魔力の球はわずかに軌道を変え、俺と神原から逸れた。


 炸裂すれば一つの星を消しかねないほどの魔力だったが、俺に受け流された魔力は特に何も起こさずに虚空に消えた。


「うむ。流石じゃな。カズキよ。それでこそ我が見込んだ男じゃ」


 知ってる。磨上は俺の事を気に入ってくれていた。だから何かと目を掛けて勉強を教えてくれたり家に遊びに来たりしたのだ。気に入らない奴とはそんなに仲良くしないだろうよ。


 それが未熟者を可愛がる師匠としての感情だったとしても、そういうふうに磨上と仲良く出来て、俺は嬉しかったのだ。それはそうだろう? こんな美少女と仲良くして嬉しくない男がいるもんか。いやいない。


 俺は磨上の事が好きになっていたのだ。とっくの昔に。単に、勇者のプライドが邪魔して認めたくなかっただけだ。だが、磨上が元の世界からいなくなって、俺は認めざるを得なくなった。磨上がいないと寂しい。嫌だ。なぜか。俺が磨上のことが好きだからだ。


 く、くそう。こんな恥ずかしい事まで言ったんだ! 何がどうしても俺は磨上を連れて帰るぞ! そんで元の世界で告白するんだ!


 しかし、磨上の魔力は圧倒的だ。受け流すだけでは攻撃に繋がらない。攻撃しなければ倒せない。あの魔王は、俺が自力で倒さない限り元の世界には帰らないだろうし、俺の告白など受けはしないだろう。


 磨上が腕を上に伸ばして手を広げた。途端に俺と神原の足元に魔法陣が広がる。こ、これはあれだ! 魔王サーベルを消滅させた煉獄の檻だ。俺は咄嗟に結界を張る。


 グワっと炎が遅い掛かって来るのを必死にレジストする。全力で魔力を結界に注いで抵抗するのだ。しかし、魔力は磨上の方が圧倒的に上だ。魔力比べになると分が悪い……。


 と、思ったのだが、磨上は舌打ちして術を解いた。フッと魔法陣が消えて、炎が消える。


「しぶとい奴じゃ」


 なぜか少しイラついたような響きがある。なんだ? なにしろ神をも倒すという磨上の魔力なのだ。こんなものではない筈なのだが……。


 いや、もしかして。


「本気を出さない、のではなく、出せないのか」


 俺が言うと磨上は今度こそ本気で嫌そうに顔を顰めた。


「つくづく勘が良いな貴様は」


「ど、どういうこと?」


 炎に巻かれて息も絶え絶えになっていた神原が戸惑ったように言う。


「磨上は今現在も、この世界を支えるために膨大な魔力を注ぎ込んでいるんだろう。そのせいで、全力で魔力を使う事が出来ないんだ」


 世界というのはけして停滞しないものだ。常に動き続けている。それを支える磨上は一瞬たりとも休むことが許されないのである。


 なるほど、どうりでこの磨上の存在空間が殺風景なわけだ。贅沢三昧をして男を侍らせている暇などないのだろう。


「侮るなよカズキ。それでもレベル30程度の魔力は使えるとも。貴様は27じゃろう。勝てはせぬ」


 実は俺のレベルはこの世界に来た時になぜか28に上がっているんだけど、それは内緒にしておこう。というか、内緒に出来るのだから確かに磨上と遥かに離れている筈のレベル差が圧縮されてしまっているな。


 それと忘れちゃいけない要素がある。


「神原、連携しろ。出来るな?」


 神原とてレベル12の勇者サツキだ。神原が剣を抜くと、磨上の顔が引き攣った。


「うぐ……。勇者はこれだから……」


 勇者には仲間の能力を引き上げるバフと、パーティの動きを一つの生き物のように連携するスキルがある。これを使うと、勇者のレベルと同程度までパーティメンバーの能力が引き上げられるのだ。そしてスキルや呪文が共有出来、意思疎通も出来て有機的な連携が可能になるのだ。磨上が言った「勇者は存在自体がチート」だというのはこのスキルを指している。


 俺と神原は連携スキルで完全に「繋がった」。神原の戦闘能力も魔力も、俺と連結されて同様に使えるようになる。神原は勇者らしい覇気のこもった視線で磨上を睨んだ。


「先輩、勇者サツキ、先輩のためにあえて先輩を倒させてもらいます」


「大きな口を叩くものじゃな、サツキよ!」


 磨上が魔力を巨大な剣に変えて上段から神原に撃ちつける。しかし神原は自分の金色の剣に魔力を込めてこれを受け流す。さすが勇者。戦い慣れているな。


 下に見ていた神原にいなされて、磨上は少しムキになったのだろう。二撃三撃と神原に攻撃を加えた。そしてそれだけ、俺への警戒が疎かになった。


 慎重な磨上の見せた僅かな隙。これを見逃すようでは魔王には勝てない。そして俺は十六回も魔王を倒してきた勇者だ。


「拘束魔法!」


 俺は最大級の行動阻害魔法を磨上に掛ける。ガクンと、磨上の動きが止まる。ググっと磨上が俺を睨み付ける。


「こざかしい真似を!」


 磨上は魔力を放出しながら艶かしくその身体をくねらせた。あっという間に拘束魔法は破られる。しかし俺は続けて拘束魔法を重ね掛けした。磨上が苛立ったように叫んだ。


「ええい! 鬱陶しいぞ貴様! 正々堂々と戦わんか!」


 磨上は全身を雷光で包むと、俺に向けて右手を伸ばした。


「コンプレスアトミック!」


 何やら物騒な呪文を磨上が唱えた瞬間、俺は叫んだ。


「今だ!」


 神原が魔力を全開にして呪文を発する。


「封印魔法!」


 磨上の足元に魔法陣が浮かび上がる。磨上が意外そうに目を丸くする。


「封印じゃと?」


 封印魔法は魔族を切り離した空間に隔離する事で、魔力の供給を絶って衰弱死させる事を狙う魔法だ。正面からの戦いでは苦戦を免れ得ない格上の相手と戦う場合に使用することが多い。


 しかし、磨上は鼻で笑った。


「其方ら程度の魔力で我が封印できるものかよ」


 磨上の魔力は絶大であり、封印するには相応の魔力が必要となる。世界を支えている分で魔力を使用しているからどうにか俺と神原の力で磨上と戦えているだけで、本来の魔力を磨上が振るえば俺たちなど瞬殺だ。


 しかし、俺が(連携スキルで俺が神原に指示を出したのだ)封印魔法を選択した理由は、封印魔法の特性にある。


「封印魔法は結界魔法の強化版だ。結界魔法では外部からの魔力を遮断するだけだが、封印魔法では内側から外側へも魔力が届かなくなる」


 俺は同時にさっき神原に掛けたのと同じ、空間を切り離すスキルも使用しているので、結界に囚われた磨上は魔力的な意味でこの世界と完全に切り離された事になる。


 この世界と磨上を切り離す。それが俺の目的だったのだ。


 次の瞬間、世界が鳴動した。それだけで磨上が俺の狙いに気が付いた。


「カズキ! 貴様!」


 磨上が怒りの表情をあらわにし、結界を破ろうとする。俺と神原は魔力を振り絞って抵抗した。


「諦めろ。この世界はお前の魔力がなければ一瞬だって維持出来ない。磨上が結界に切り離された時点で魔力供給は途切れ、世界の崩壊は始まっている」


 全てを神の、磨上の魔力に依存した歪な世界の哀れな末路だ。


「止めよカズキ! 貴様は勇者であろう? その貴様が世界を消滅させようというのか! 無辜の民をまとめて消し去ろうというのか!」


 それを言われるとちと辛い。この世界で平和に生きている、何も知らない人々を、俺は世界と共に消し去ろうとしている。大罪だ。何も知らないで俺がその所業を見たら、俺は俺の事を魔王め! となじるだろう。


 しかし俺は開き直って叫んだ。


「愛する女を取り戻すためだ! 世界の一つや二つはやむを得ない!」


 その瞬間の磨上の顔は見ものだったな。おそらく二度と見られまい。


「こ、こ、こ、この痴れ者が!」


 磨上の叫びと同時くらいに俺たちの足元の空間が崩壊した。世界が壊れると虚無が現れる。光を通さぬ真っ暗な闇が、世界を呑み込もうとしていた。空間が弱い光を放って次々と虚無に飲み込まれて行く。磨上がああ、と嘆いた。


「また、我の居場所がなくなってしまう……」


 俺は、磨上の手を握って言った。


「居場所はある! いつだってある! 俺が、お前の居場所を創ってやるさ!」


 神原が呆れ果てたような顔で見ているが、やめろ。勇者が最終決戦でカッコいいセリフ言うのは仕様だ。そんな冷めた目で見るんじゃ無い。


 磨上はなんとも言いようが無い、という顔で俺の事を睨んでいたが、やがて少し意地の悪そうな表情になって言った。


「ところでカズキよ。どうやってここから脱出するのじゃ? 算段は考えておるのだろうな?」


 は? 脱出?


「虚無に呑み込まれたら、レベルに関係無く消滅じゃぞ? なにせアレは物事の根源。呑み込まれれば還元されて我らは無に返る。それ、もうそこまで迫っておる」


 ……ぎえー! マジか! とはいえ、脱出と言ってもどうすれば……。


 俺は磨上との戦いでかなりの魔力を消費してしまっていた。神原の魔力も同様に使ってしまっている。転移魔法を使うにはもうMPが足りない。そして、世界はドンドン崩壊してしまっている。逃げ場がない。や、ヤバい!


「まさか考えていなかったのではあるまいな?」


 磨上の優しい微笑みに俺が「えへへ」っと笑うしか無かった。神原が天を見上げて慨嘆する。


「カズキを信じた私が馬鹿だった」


 ま、まて、えっと、どうにか抜け出す方法は……。無理! だってもうそこまで虚無が満ちてきているし! 俺は磨上にしがみ付いて思わず叫んだ。


「た、助けてくれー!」


「やれやれ、カズキはやはり締まらんな。まだまだ甘過ぎる」


 磨上は呆れたように笑って、そして俺の腰を抱いて引き寄せた。


「ま、迎えに来てくれて嬉しかったぞ。それと、言った事の責任は取ってもらうからの?」


 そして彼女は俺の顎をくいっと摘まんで、そのまま俺の唇に自分の唇を思い切り押し付けた。き、き、キス!??


「お手並み拝見じゃの。ダーリン?」


 次の瞬間、俺たちの身体は光に包まれ、浮遊感と共に世界を転移した。


  ◇◇◇


 ……元の世界に戻った俺たちは、何もかもが元通りになっていた。


 磨上の痕跡も元通りになっていて、クラスの座席はちゃんと俺の隣だったさ。俺の家に磨上を連れて行けば母親も妹も大喜び、いつも通りに夕食も一緒に食べた。ちなみに日付は巻き戻らず、磨上がいなかった二日間の記憶が改ざんされた感じだったな。そのくらいの記憶操作は磨上にはお手の物なんだろう。何しろ磨上は神様なんだから。


「あの世界を維持しないで良くなってしまったからの。魔力が有り余って困る」


 らしい。俺が封印魔法であの世界と磨上の魔力的な繋がりを断った時点で、磨上の魔力は本来の物に戻っていたのだから、その気があればこいつは俺と神原を一瞬で消滅させ、そこから魔力を振るって世界の崩壊を止める事も出来た、と思う。


 しかし磨上はそれをやらなかった。結局は俺たちと元の世界に戻ることを選択してくれたという事なんじゃないかなぁ、と思う。思うことにする。


 そして、俺は自分の発言の責任を取ることにした。磨上が異世界に自ら転移して、元の世界から消えようと決心した理由が何かある筈だ。俺は磨上に直接問いただしたのだが、この期に及んで磨上は言葉を濁した。俺は妹に「磨上は何か悩んでいるらしい」と話を持ち掛け、それを聞きつけた母親も磨上を心配してしつこく聞き出そうとしてくれた。


 根負けした磨上がようやく口を割った事には。


「親が再び海外に転勤になり、私も付いて行く事になった。大学も海外の大学を親に勧められている」


 という話だった。


 ……そういう事情であれば、俺にも考えがあるぜ!


 ということで、俺は磨上の家に押し掛け、磨上の両親が帰宅するまで居座り、驚き訝る磨上のご両親に「洋子さんを海外に連れて行かないでください!」と叫んで土下座したのだった。


 ……いや、言うな。みっともないし、馬鹿な事なのは分かっている。しかし、他に方法が思いつかなかったのだから仕方がないだろう?


 あの磨上が、魔力でちょいちょいと両親の記憶や事象を改竄せず、悩みに悩んだ挙げ句に異世界への家出を選んだ理由を察すれば、俺だって魔力や勇者の力に頼るわけにはいかなかったのだ。後は一般的高校生に出来る事で頑張るしかないだろうよ。


 まぁ、話は簡単じゃ無かったよ。ご両親はそれはもう不審がって、俺の話を聞いてはくれたが、俺の事なんか知らないんだから、俺の頼みを直ぐには承知してくれなかった。俺は粘りに粘って、終いには家に電話して母親にも来て貰った。帰宅が早かったから父親まで来てくれたな。


 話は一気に両家の家族会議になり、俺が何度も促して(こいつは両親にだけはどうも口が重いのだ)「自分は日本に残りたい」と言わせることに成功したこともあって、磨上家と浜路家の話し合いの元、磨上 洋子は日本に残ってここで一人暮らしをするものの、食事などの世話は浜路家が支援するという話になったのだった。


 磨上の両親は磨上のことをちゃんと愛していて、親の言うなりにあちこちに引っ越さなければならない磨上の事を心から心配していたから、彼女が日本に残りたいという意思表示をしたことに喜んでいたな。磨上はあれで色々捻くれているから両親とだけは上手くコミュニケーションを取れていないみたいだったけど、これをきっかけに関係が上手く回れば良い。


 ちなみに、娘の彼氏たる俺に対する磨上のご両親の態度は、当たり前だがちょっと怖かったな。特にお父様の方にはかなり怖い目で睨まれた。それでもそれから何度か磨上家で面会してかなり打ち解け、ご両親の出国の時にはお母様から「洋子をお願いね、和樹君」と頼まれるくらいにはなったけどな。


 という事で、俺と磨上は両家公認の仲という事になった。どうしてこうなった? 


 そんな関係になったという事は何故か学校中に広まり(俺は話してないから、磨上がどこかで漏らしたのだろう)ちょっとした騒ぎになった。婚約したとか言う噂になって学校の先生にまで呼び出される事態になったな。俺の親が来てちゃんと説明してくれたみたいだけど。


 神原は磨上の事を非常に心配して頻繁に会いに来てくれて、磨上も神原を随分可愛がっていたな。「愛い奴じゃ。どれ、ちょっと育つように揉んでやろう」「ちょ! 止めて! 胸を揉まないで! みんな見てるから! うにゃぁああああ!」とかちょっと目のやり場に困るようなじゃれ合いは止めて欲しいけどな。異世界仲間の神原といると、磨上も色々本性が出せてリラックス出来るようだった。


 俺たちは出来るだけ魔力の使用を抑えているせいか、あれから異世界から召喚を受ける事は無くなっていた。……どうだかな。磨上が神の力を使って異世界召喚をブロックしていてもおかしくないけど。この世界の神様は磨上の事をどう思ってるんだろうか。


 色々心配な事やこれからどうなるか分からない事もあるけど、人生なんてそんなもんだろう。異世界で勇者をやったって、魔王を倒せば全て終わり、というような単純な話では無かったし、魔王が世界を滅ぼした物語にも続きがあった。神様でさえ自分の行く末が分からないんだからな。俺たちは分からないなりに頑張って進むしかないんだよ。


 帰り道、俺と磨上は手を繋いで坂道を下っていた。真っ直ぐに家に帰り、俺の家で夕食を摂るのだ。もうなんだか当たり前のような感じがする。平凡なこの俺が、こんなクラス一の美少女にして、異世界の魔王、いや神様と彼氏彼女の関係になるなんてな。異世界に行くよりも信じられないぜ。俺がそんな事を思いながらちょっとニヤニヤしていると、磨上が不意に言った。


「そういえば、カズキよ」


「あん?」


「我は待っておるのだがの」


 待つ? 何をだ? 何の事か分からず首を傾げる俺に、磨上は八重歯を見せてニーっと笑いながら続ける。


「告白をじゃ。この世界に戻ったら、盛大な告白をしてくるんじゃろう? 何時になったらしてくれるのじゃ?」


 は? 俺は硬直した。いやいや、ちょっと待ってくれ。告白ならもうしちゃわなかったか? 愛する女のためとか言ってしまったじゃん。そんでもうキスもしたよな。今更……。


「勇者ともあろうものが約束を軽視するものではないぞ? 勇者なのだから、さぞかし盛大で華のある、見事で詩的で感動的な告白をしてくれるんじゃろうのう。さぁ、言うてみよ」


 ハードルを上げるなこの魔王め! 俺に勇者の決め台詞以上の事を求めるんじゃありません! ヒロインへ詩的な告白をするなんて勇者の仕事じゃないだろうよ!


「何を言っておる。姫君を救い出した勇者は姫君にプロポーズするものじゃろうが。さぁ、勇者らしく求婚して見せよ!」


 いつの間にか求婚する事になってるし。俺を見やる磨上の美貌は夕焼け空に照らされて、ふわりと笑っていた。……確かに、今の磨上は魔王でも神でもなく、ヒロイン、姫君と言うに相応しいな。俺は苦笑した。勇者の仕事ならやむを得ない。しかし、俺の文才に期待するなよ? 変なセリフを言ったら磨上は何度でもダメ出ししてきそうだけどな。


 仕方ないな。俺は学校の制服姿のまま、磨上の右手を取り、俺のヒロインの前にゆっくりと跪いたのだった。


 

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九回目勇者の隣の席には十六回目魔王が座っている 宮前葵 @AOIKEN

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