第27話「炎上と日常」

「お゛に゛いぢゃあああああああああん!」


 夕餉を終えて、後はシャワーを浴びて寝るのみとなり、自室でリラックスしていた時に、瀬々里は聞くに堪えない悲痛な叫びを上げながらノックもなく俺の部屋へ飛び込んできた。


 まーた何かやったのかと思いつつ適当にあしらおうと思った。瀬々里は本当に深刻な悩みはもっと低いテンションで話を切り出すようなやつだ。オフラインでのトラブルなら俺に頼るのは間違っているし、友達と喧嘩をしたときには落ち込んでいたこともある。


 何が言いたいかといえば、こうして絶叫する余裕があるということはまだまだ余裕のある悩みということだ。


 正直に言えば知ったことではないのだが、家族であり年下で、それを無碍に扱うと日常生活がギスギスするので解決するかは分からないが、相談くらいには乗るべきだろう。


「どうした、そんな落ち込んで。また何かやらかしたのか?」


「違いますよ! この前のレスバでフォロワーが減っちゃったんです! せっかく収益化ラインを越えてたのに! 一日でそのラインを割ったんですよ!」


 心底悲しげな目をしている瀬々里だが、俺からすればどうでもいいことだ。何しろTでの収益化はあまり稼げるという話を聞いていないのでそんなもの無くたって同じだろうとしか思えない。


 そもそも明らかにTと関係無い資金源があるだろうに、一々そんな少額の収入に拘る理由は無いだろう。あとTでの収益化には閲覧数も稼がなければならないはずだが……よくそこまで集めたものだなとは思う。


「気にするなよ、そもそもSNSで稼ごうなんて出来るのはごく一部の才能が有ったりする人だけだぞ」


「お兄ちゃんは私に才能が無いとおっしゃる? この才気溢れる私に才能が無いと?」


「才能が有ったら炎上系でもないのに自分のアカウントを燃やしたりはしないんだよなあ……」


 炎上なんて大抵ロクな結果にならないというのに、誰も彼もが火種を撒いて、燃やしたいヤツがそれに燃料をぶっかける、そんな界隈でアカウントを炎上させたってメリットがあるはずもないだろう。


 Tなんて地雷原でマラソン大会をしているようなものだということを理解していなかったのか? 落ち度が無くても燃えたり爆発したりするようなSNSで生きるというのはそういうことだ。残念ながら普通の戦争すら止められないような世界の人が集まってきているのだ、なぜSNSでは戦争が起きないと思った?


「諦めて地道にフォロワーを稼ぐしか無いだろ。とりあえず一週間くらい書き込みをやめて、燃やしてる連中の熱気が冷えるのを待つしか無いだろ。安心しろ、人の噂も七十五日ということわざもあるし、人は死んでから四十九日の法要をやるがネットは話題が流れるのが圧倒的に早いからそんなにしつこく粘着する人はいないよ」


「うぅ……せっかくスマホが手に入ったから頑張ったのに……損なのって悲しすぎます」


「鎮火を早くしたいのなら素直に不適切発言は謝るにこしたことはないぞ、全力で謝罪すればワンチャン『燃やすヤツが悪い』って流れになるかもな。ただし絶対に相手を責めるなよ? 自分の問題について全て責任を被ってWEB土下座しろよ、弁解なんてしたら余計燃えるから本当にそこは気をつけろ」


 SNSの謝罪失敗のパターンは大抵これだ。謝罪をしているのに言い訳が入っているとそこに噛みついてくる連中は必ずいる。だからそう言った連中につけいる隙を与えてはならない。


 何より瀬々里には俺が以前入学祝いに買ってもらったPCの使い方が分からず、過去ログをまったく読まず匿名掲示板で質問をして袋叩きにあったような経験をして欲しくない、アレ以来トラブルがあったら自分で調べるクセがついた。その意味ではよかったのかもしれないが、経験しないなら絶対にその方が良いに決まっている。


 今思えば匿名掲示板で質問をしたのもマズかった。あそこに入り浸るには俺はあまりにも若すぎる。訳のわからないネタが飛び交う中で『パスワードの設定ってどうやるんですか?』などと自分の環境すら書かずに書き込んだものだからそりゃあ酷い目に遭った。そういう経験は一年以上たった今でも生きているが、無ければその方がいいだろう。


「お兄ちゃん……じゃあ謝罪しておきます、納得はいっていませんがね」


「ああ、そうしろ。どっちが悪いかなんて些細な問題だよ。叩かれるときは何やっても叩かれるもんだ」


 瀬々里は俺の部屋に居座ってスマホを操作し始めた。多分謝罪の言葉を書き込んでいるのだろう。結局、人は感情で動くのだから謝る方が都合がいい。日本には『死人に鞭打つ』行為はあまり褒められない。謝罪さえきちんとすればそれ以上に燃やそうとするヤツが叩かれることもある。


 数回リロードした音を瀬々里のスマホから鳴らしてからスマホを置いた。


「お兄ちゃん、謝るって案外心に来ますね」


「だからこそ謝罪した方がいいんだよ。開き直ったら叩き続ける連中が多いんだよ」


 それにしても四六時中スマホを触っていた瀬々里がスマホを伏せて置き、それを見もしないというのは少し新鮮だ。


「お兄ちゃん、よく考えたらアカウントを作り直せば全部チャラになりませんか?」


「ならんよ、特定班に過去の画像を漁られて共通点を探されるのが好みなのか?」


「そこまでする人が……」


「いるんだよ、世の中にはな」


 そういったことをする物好きはテレビの役割だったような気もするが、それを個人の集まりがやるようになっただけだ。


「お兄ちゃん、このアカウントが凍結されたりはしませんよね?」


「しないんじゃないか? 違法でもないし、サーバに負荷がかかるようなことでもないだろ」


 瀬々里は安心した様子で一息ついた。めでたしめでたしという結果にはそうそうならないものだ。どこかで現実的な妥協をするしかない。


 なんとなく、本当に俺も気まぐれを起こしたのだろうと思う。


「なあ瀬々里、この前近所に喫茶店ができたのは知ってるか?」


「そうなんですか? 知りませんでした」


「奢ってやるからスマホを置いて少し外出しようか」


「いいんですか!?」


「ああ、そのくらいならいいさ」


 そうして俺もスマホを置いて、久しぶりに意味もなく自分の意志で家から出た。どうにも誰かに頼まれたり、学校のような義務的なものだったりの理由も無く外出するということも減っていたし、本当に何故そんなことを言ったのかは分からない。ただ、一応困惑している妹を放っておけない、きっとその程度の理由だろう。


 俺もスマホを置いて、財布と鍵をポケットに入れ、久しぶりに二人で家を出た。


「だいぶ温かくなってきましたね」


「そうだな、夏服を買うのが面倒だよ」


「私が選んであげましょうか? お兄ちゃんは放っておいたら値段が安いものばかり選ぶじゃないですか」


「いいんだよ、値段こそ正義だ。それに明らかに税関で止められそうな商品の通販に手を出してないだけ褒めて欲しいくらいだよ」


 本当に信じがたい値段で売っているからな、しかも有名メーカーのロゴに限りなく近い何かがサムネイルに載っているようなサイトが当たり前のようにある。こういうのを見ると、ネットに国境はないと言うのを実感出来る。


 そうしてうららかな日差しの中をしばし歩くとカフェに着いた。近所にあるのは便利でいいな。


 入ってみると中で本を読んでいる人やスマホを弄っている人など、それぞれの時間つぶしをしていた。


 席に着いてアイスティーを二つ頼んでしばし瀬々里と他愛のない話をする。そういえばこんな平和な会話をしていたものだったな。俺が中学に入った直後は小学生と中学生ということでどこか距離を取っていたものの、瀬々里も中学に入ってからまた距離が縮んでいった。多分それはいいことなのだろう。


 難しいことは分からない。ただこうして平和に兄妹で過ごせるというのは幸せなことなのだろう。今は二年と一年なので受験に追われてもいないしな。


 そんなことをしているうちにグラスが二つ置かれたので、俺は自分の方のものを取って少し飲んだ。喉が潤って非常に心地よい。


「ねえお兄ちゃん、なんで私に優しいんですか?」


 その質問に対して俺は明確な答えを持っていない。家族愛だの妹だからだのという単純な答えはあるはずなのに何故かそう答えることは躊躇われた。


「多分俺のきまぐれなんだろうな……あとはネットで痛い目を見たときの経験からだよ」


 自分の失敗を繰り返させたくない、今の答えはそれで十分だろう。


「そーですか、ふふふ、お兄ちゃん、そういうところ、好きですよ?」


「なんだよそういうところって?」


「お兄ちゃんは面倒な人だってことですよ、褒めてるんですよ?」


 それが褒め言葉だとは思えなかったが、グラスも空になり、氷を数個ポリポリかじってから喉が十分に潤ったので二人で席を立ち、俺が会計を済ませて帰宅した。


 その日、瀬々里はパスコードをかけているとはいえ、俺の部屋にスマホを置いて自分の部屋に戻った。本人曰く『充電はしておいてくださいね』だそうだ。どうもスマホが手元にあるとついつい操作してしまうかららしい。


 俺は寝転んで今日の対応が正解だったのかを考えた。正解は分からなかったが瀬々里の笑顔だけは現実であり、意味のあることをしたと思う。


 そして翌日、朝から部屋のドアがドンドン叩かれるので、目が覚めて眠たい頭でドアを開けると、瀬々里がいきなり部屋に転がり込んでスマホを回収していった。なるほど、あれだけスマホに執着しているなら別の部屋に置いていたのも納得だ。


 瀬々里は俺の部屋に座ってスマホを操作し、しばし一晩分の情報を消化しているようだった。


「お……お兄ちゃん! 大変です!?」


 慌てた表情でそう言うので何か不都合でもあったのかと心配になった。


「何があった? アカウントの凍結でもされたか?」


「違います! 昨日揉めた人が謝罪のメッセージを送ってきているんです! これで和解出来たって事でいいんですよね?」


「ああ、話の分かる人でよかったな」


 そうして結局スマホから離れられない瀬々里を見ながら、俺は日常というのも悪いもんじゃないなと、なんとなくそう思った。

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妹はSNSの覇王を目指す スカイレイク @Clarkdale

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