06.これは攻略イベントなんですか?

 ふと目が開いた。

 木目の天井に違和感を覚える。ここは何処でしょう?


「ねえ、起きてる?」

「はいはい、起きてますよ、お姉ちゃん」


 口をついた言葉に内心首を傾げる。――お姉ちゃん?


「畳でゴロゴロしてるうちに寝落ちしてたんじゃない?」

「してないしてない」


 お線香のにおいが漂う部屋。寝てないよ、と笑って体を起こす。

 仏壇の前に飾られた百合、鴨居の上に並ぶ遺影、障子戸の向こうには笹が揺れる庭。

 日に灼けた畳の上に敷いた座布団の上で、姉はニヤニヤしている。


「どうしたの、そんなニヤニヤして」

「いやぁ、是非見せたくって」


 畳にずらっと並べられたのは缶バッチ。いくつあるの、これ。


「痛バッグでも作るつもり?」

「もちろんよ。やっと一面に並ぶだけ揃ったんだもの」

「揃ったって…… キャラクター、ばらばらじゃない?」

「そうだよ。カゲナミは箱推しだからね」


 ほら、と姉は一つ一つ持ち上げて、キャラクターを紹介してくれる。


「ほらほら、元気枠のデニス君だよ。こんなキュートな顔して、肩幅が一番あるのとかすごくない?」

「へー」

「こっちの銀髪はクールビューティ枠のスヴェンね。デレさせるとヤバイ」

「ほほー」

「頭脳派枠のアルブレヒトだよ。スヴェンと同じ銀髪で、ちょっとデザイン被りしちゃっているのが勿体ないよねえ」

「なにそれ」


 と、私は二人のキャラを見比べる。

 うーん…… 一方がキラキラ銀髪だとしたら、もう一人はむしろグレーヘアって感じだ。おじさんくさい。

 全身立ち絵も、がっしりさんとほっそりさんで随分違う。


「がっしりさんの方がいいな。お姫様抱っこしてくれそう」


 あはは、と笑うと、姉はちっちっと指を揺らした。


「そんなこと言って良いのかい? アルブレヒトの中の人はあの人なんだよ?」

「あの人とは」

「君の好きなあの人だよ!」

「はっ! 推しボイスですか!?」

「そうだよ、聞く?」


 スマホから、低くて穏やかな声が響く。画面にはグレーヘアの優男が写っているけど、それはそれ。


「う~ん、良い声。いくらでも聞いていられる!」

「この声なのにシブで見かけないキャラ、ナンバーワン」

「左様か」

「なんでなんだろうねぇ。剣より頭脳派って設定だから、私は好きなんだけどなぁ」

「声も良いしね」

「そうそう!」


 顔を見合わせてもっと笑う。

 くだらないことを言って、もっと笑って、涙まで出てきた。それをごまかす為に、ぎゅっと目を瞑って。



 また目を開けた時。

 クロス張りの天井が見えた。ハルシュタットの王宮の、使用人の部屋だ。


 ああ、夢だ。お姉ちゃんが――前世の姉がいた夢だった。


 また会えた懐かしさとか、本当はもう二度と会えないのだという悔しさとか、いろんなものがグチャグチャになって。涙が止まらない。



 ……そんなわけで。


「ロッテ、瞼が腫れているわ」


 カタリーナが眉を寄せて見つめてくる。


「どうしたの?」

「ちょっとね、寝不足なのよ」


 ローズピンクのワンピースで着飾った姿が勿体なくなるような悲しい顔だ。


「……なんか困りごとでもあったの?」


 良心が! 良心が痛い!


「ううん…… 全然平気よ。昨夜はたまたま眠れなかっただけ。ありがとう」


 しばらく前世の家族のことは考えないようにしよう。陛下の結婚でつい、ここはゲームの世界で、ゲームのストーリーがあって、なんて考え続けちゃったけど。考え過ぎて、前世のことを思い出しちゃったんだ。

 ふー、と息を吐いた後、前を見る。


 今日は丘の南側、緑の芝生が眩しい一帯。白銀騎士団の公開訓練に招待されていた。

 着飾った馬を走らせて、速さを競ったり。先が潰してある剣で打ち合ったり。乗馬のまま弓を引く、流鏑馬みたいなのもある。


「お兄様がね、もっとちゃんと仕事しているところを見せたいからって」


 うふふ、とカタリーナが両手で口を押える。

 なんで呼ばれたんだろうと思ったら、そういうことか。


「スヴェン、様、はカタリーナに見せたかったんだね」


 あぶないあぶない。呼び捨てにするところだった。

 ゲームのキャラじゃないんだから、失礼がないように、普段からちゃんと呼ばないと。

 スヴェン様。デニス様。アルブレヒト様。

 うん。アルブレヒト様である。呼び方を指定されてなんかいないぞ。


 脳内で復唱する。


「で。スヴェン様はカタリーナに見せたかったんでしょ。私も来て良かったの?」

「勿論よ。お兄様に仲良しのお仲間がいるんだから、私にもお友達がいるでしょうって」


 成程、友達枠! つい頬が緩む。


「そっか、スヴェン様公認のお友達かぁ、私」

「別にお兄様が言わなくたって、わたしはロッテを親友だと思っているわ!」


 おっと、想像以上に熱い告白だ。緩んだ頬が熱くなる。


「あ、ありがとう」

「うふふ。これからもよろしくね」


 ぎゅっと手を握り合って、笑いあって。二人で、視線を前に戻す。

 日差しを避けるために設けられた屋根付きの座席には、着飾った貴族がずらりと並んでいる。

 中央の貴賓席には、国王夫妻。アンネマリー様もいる。


 私たちが呼んでもらったのは端っこの席なので。そう緊張することもないんだけど。

 ヒロインも観戦してる、って考えると妙な気分だなぁ。ここ、本当にゲームの世界の中なのかな。これは攻略イベントなんですか? って考えたくない。


 ここに生きる人間の一人として気になって、視線を貴賓席に送る。

 陛下は身を乗り出して観ていた。時折後ろに立っている侍従にあれやこれや話しかけている。

 隣の席の王妃様は、ここからじゃ表情を伺えないけれど。椅子に深く腰掛けて、あまり乗り気じゃないみたいに見えたんだけど。


 その王妃様が、体を起こした。

 なんだろうと思って、試合場を見ると。

 スヴェン様、デニス様、アルブレヒト様の三人が着飾った馬に乗って入場してきたところだった。

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