第3話 ハルディルメア

『……』

二人は何も喋らない。焚き火の音が静寂を更に引き立たせる。

正座して、相手が喋るのを待つ。

うん、酷かった。


「なんか……ごめん」

「あぁ……」


何を喋ればいいのか、よくわからない。喋っていいのかすらもわからない。

かれこれ3日はこうしている。灰色の世界で唯一色を持った命が向かい合っている。


「なあ、あれなんなんだよ」


ようやく、口を開けることができた。


「アレは風神シャード。名前の通り風を司る神。そして最もプライドの高い神。自分が気に入らなきゃ殺す。そういう人」

「碌でも無いな」

「うん」


俺は立ち上がり背筋を伸ばした。

今だに暴風の傷で全身が痛む。けれど動けないわけではなかった。


「……正直、シャードが出てくるとは思ってなかった。アレは本来ならあの世界にはいないはずだから。なんでなのか、私が一番知りたい。あの時も言ったけど、君はアレに絶対勝てない。だから、君には別の世界へ行ってもらう。

あの世界よりもずっと過酷だろうけど」


彼女は大鎌を握る。細長い白い腕から、黄金の触手のようなものが鎌に絡みつく。彼女は思いっきり鎌を振り上げ一度、俺を振り向いた。


「多分、説明するよりも、直接見たほうが早い」


言い切ったところで彼女は大鎌を振り落とす。黄金の鎌が、虚空を切り裂く。触手が穴を固定する。リリスがポケットからビー玉のような球体、カルボウを取り出す。彼女の指先が、カルボウに触れる。映されるは地獄。罪あるものの煉獄。ろくでなしの俺でも引くほどの終焉。


「行って。目的は赤髪の男、ラフム。自分の娯楽のために、興味で人を殺す快楽殺人鬼」


灰色の世界が彩られる。

朱く、赤く、紅く、赫く。

世界が燃えている。炎の中で喜びが聞こえる。煙の果てで悲鳴が聞こえる。

まさに、煉獄そのものだ。


「ああ、じゃあな」


俺は裂け目に入った。



「はは……」


霞んだ笑いしか出ない。

第一に火山が噴火した。

次に街が燃え尽きた。

最後に命が散った。

まだ、俺は一歩たりともこの世界で動いていない。


「助けてください!!」

「!?」


どこからか、女性の声が聞こえた。辺りを見渡すと黒色のバイクに乗った男がひったくりをしていた。


「破壌無……」

「まて、やるだけ無駄だ」


俺が加護を発動させる前に男が俺の肩を叩いた。男は髪が赤く染まっており、俺の身長の倍はでかい。背丈に目を瞑ればラフムと瓜二つといっても過言ではなかった。


「あんた、誰だ?」


ナイフを構える。警戒を解く気なぞ無い。間合いを確認する。


「そう警戒するな。俺はウィロ。この世界の"王"だ。別に、お前を殺しに来たわけじゃ無い」


大男は笑いながら俺に近づく。本人が言っていたように敵意はなかった。


「旅人は丁寧にもたらさんとな。ついてこい」


俺は言われるがまま、ウィロについていった。



どれぐらい歩いたのだろう。少なくとも50キロは歩いた。そろそろ足の感覚が無くなってきた。5時間以上は歩いた。その間に少なくとも10の火山が噴火した。7の紛争を見た。1000の罪を見た。

ただ何も喋らず歩き続けた。何故かリリスは何も喋らない。


「なあ、俺たちは一体どこに向かっているんだ?」

「言ってなかったか、彗星曹魏要塞リューヘルだ。まあ、言ってしまえば城だ。それもかなりでかい」


俺には彼がここまで希望を持っているのが怖かった。

それから数キロ歩きようやく、人工物がちらほらと見え始める。


「これが彗星曹魏要塞リューヘルだ。そして、俺たちの拠点でもある」


それは巨大な城だった。大陸に匹敵するほど巨大な塀に囲まれた白亜の城。


「俺だ。旅人を連れてきた、開けろ」


ウィロの声に門が反応した。

ぎぃ、という音と共に少しずつ中が見えてくる。


「な……」


言葉が出ない。何と言えば良いのか。世界が違う。本当に同じ世界なのかと目を疑う。植物が一つもない世界の筈だった。自然の楽園、命が生きている。瞳に、希望が宿っている。

死を、恐れていない。


「さ、行こうか、皆が待っているぞ」

「ああ」


俺は返す言葉が浮かばなかった。

城までの距離は10キロほどだった。


「ところで、お前はどうしてここに来たんだ?その風貌的に、この世界の人ではないのはわかる」

「まだ、言えないな」

「そっか、それは残念だ」


彼は事情を察したのか、深掘りしなかった。

空が暗くなってきた。黒い雪が降り積もり始める。いや、火山灰か。


「先を急ごうか」

「ああ」


俺たちは城を目指し走り出した。

火山灰が降り終わる頃、俺たちはようやく城の入り口へ着いた。

間近で見るとよりその大きさが際立つ。

ぎぃ、と巨大な門が開く。中世のヨーロッパを彷彿とさせるシャンデリアで彩られ、奥に巨大な階段が見える。

階段を登り、奥へと進んで行く。

目指すは玉座の間。


「ウィロ様、お帰りなさい。おや?その方は」


王の護衛が彼に尋ねる。


「客人だ、丁寧にもてなせよ」


彼は赤く彩られた扉を開ける。玉座の間が開く。

玉座に王が、座っていた。

ウィロとは対極的にその瞳は冷たく、絶対的な王として君臨している。


「やあ、愛しい我が弟ラフム。実の兄に対してその目は無いんじゃないかな」

「な……?!」

「……」


ウィロが告げた名に俺は言葉を失う。


「ウィロ……貴様、ソレはなんだ?」


玉座に肘をつき、脚を組むラフム。


「さあ?俺もよく知らん。だが、旅人らしいな」


神の如き気配を持つ二人。


「……まあいい、客室が空いていた筈だ。好きに使え、礼儀ぐらいは守れよ」


話が終わり、俺はウィロと共に南館の端の部屋に案内された。


「まじ?」


そこは大きさで言えばホテルというよりマンションに近かった。台所まで完備されている。隙がない。


「さて、そろそろお前の目的を聞こうか、旅人。わざわざこの世界に来るってことは相当な用事なのだろう」


ベッドに座っているウィロが問いかける。


「……」


俺は何を言えばいいのかわからなかった。

リリス曰く、「この世界での君の敵は彼だ」そう言われたばっかりだったからだ。呼吸が荒くなる。けれど、真実は真実だ。伝えなければならない。例え、全てを敵に回したとしても。


「俺は……この世界の……未来を、取り返しに来た」


ただ、目的を言っただけなのに吐きそうになってしまった。




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