スランプ・スタンプ

小狸

短編

 *


「あーあ」


 分かりやすく、スランプに陥った。


 小説を、書くことができなくなった。


 二時間、画面に向かって、文字を打っては消し、打っては消しを繰り返して、結局数行しか進まなかった。


 しかし幸か不幸か――この場合は幸の方かもしれないが――私の本業は小説家ではない。


 うだつの上がらないどころか、上がるうだつすらない、作家志望である。


 だから、書けなくとも大して困らない。


 困るのは読者だが、まあ――。


 私の小説の読者というものは、いないだろうと踏んでいる。


 私が主に書くのは、自身の体験を元にした、陰鬱な物語である。


 陰鬱な物語を読むと、陰鬱な気分になる。


 誰だって好き好んで陰鬱な気分になろうとは思わないだろう。


 一部の好事家の方には評価を得ているようだけれど、それだっていつまで読み続けてもらえるのか、分からない。


 全ての小説には、必ず読者というものが存在する。読者に手に取られることによって、小説は初めて小説たり得ると言っても過言ではない――と、私は思っている。


 ならば私の小説は、小説ではないのではないか――と思ってしまう。


 読まれない小説。


 それは小説ではなく、ただの文章の羅列である。


 意味がない。


 しかしどうだろう。


 改めて考えてみると――意味、というものは、元からないのではないか。


 意味とは、小説ではなく、読者が小説から見出すものだからである。


 ならばやはり、小説を書くことに。


 意味は――ないのだろうか。


 不安になって、私は画面に向かった。


 そこには、まばらな文章の数々があった。


 この言葉たちを、物語にできるのは。


 世界で――私だけ。


 そう思うと。


 何だか少し。


「あ」


 掴めた、ような気がした。


 そののような、触れると崩れてしまいそうな感覚を、何とか維持して。


 私は、パソコンへ向かった。


 小説の、続きを書くために。


 

(了)

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