明日への手紙

めいき~

明日への手紙


昔、こんな話を聞いた事が無かっただろうか。



貝殻を耳に当てると、潮の音がすると。


だから、瓶に声を入れたなら。

明日の私に、聞こえるだろうか。



まさかね…と思いながら、愛用の筆記具を手に取る。


これは、明日の私へ宛てた手紙…。


もしも、私に明日が来たのなら…。




痩せ衰えた、自身の手で何度も筆記具がカタリと机に倒れる。




この気持ちを、閉じ込めよう。


小さく畳んだ、この手紙の様に。




抗う様に、灯るこの願いと希望を。



もしも、この手紙を私が読む事が叶わないというのなら。


もしも、私に明日があるのなら。



この手紙を、誰にも読まれる事無く燃やすだろう。




「これは、この場所に戻って来たくなる様に自分へ願をかけたもの」



そう呟くと、小さく丸めた手紙を瓶の中に入れた。



窓から、赤焼けた空が見え。うっすらと、星空に変わりながら。


茜雲を見つめながら、母が買ってくれたオルゴールが病室で鳴っていた。



チラリと廊下をみれば、母はずっと拳を握りしめて祈っていた。

力を入れすぎて、両手の色が変わる程。



(私は、帰ってこれるかな…)



そんな事を思いながら、じっと不安そうな母を見ていた。



(私は、帰ってくるよ)



「あの手紙を、自分の手で燃やす為に戻ってくる」


(私が、帰ってこなかったら…)


「いや、帰るんだ」


そう、自分を鼓舞しても震える両足。



気がつくと、涙がこぼれていた。



長い闘病生活が、走馬燈の様に頭をよぎる。



錆色(さびいろ)の、思い出。



もう、決して戻らぬ時間。



「私の世界は、この病室だけだったけど。私の家族は、母だけだったけど…」



終わらぬと思っていた、悪夢が終わるかも知れないのなら。




祈る母の横を寝台が通る時に、私は言った。



「行ってきます」



それだけで、母には通じたらしい。



「いってらっしゃい」



明るく言うつもりが、母も私も顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


これが、最後になるかも知れないと二人とも判っているから。



扉が閉まり、赤いランプがついて…。




ふと、母が彼女がずっと居たベッドの横にある瓶に気がついた。

中に紙が入っているのに、瓶の下にも紙が文鎮の様に置かれていて。



外の紙が、自分宛である事に気がつく。



瓶の中の手紙は、私が帰って来れる様に願をかけたものです。

母さんへ、外の手紙をこうして読んでくれているという事は気がついてくれたのでしょう。



私の世界は、この部屋だけだったけど。


母さんが、居てくれました。だから、私は寂しく無かった。


私が帰って来れたなら、母さんと二人でこの部屋の外に出かけたい。

私が帰って来れたなら、母さんと笑って過ごしたい。



私達の人生に、本当の笑顔は無かった筈だから。



母さんが、本当の笑顔になれるように。

母さんが、本当はよく泣いているのを私は知ってました。

母さんが、息を切らせて時間ギリギリに来る度。


私は、母さんを心配していました。



その手紙をぐしゃりと握りながら、母は泣いていた。



「必ず、帰って来なさい」



そう言うと、手紙が涙と汗で滲む程握りしめて再び手術室の扉の前で必死に祈る。

娘が手紙を入れていた瓶、自分宛の手紙を押さえていた瓶の中には…。



「ファイト一発」と書かれた紙が入っていた。






おしまい

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