第十二話 会談②

 喧々囂々。

 そう表現するしかない、小一時間だった。

 僕と響野憲造を取り囲む大人たちは、声高に自身の子の無罪を主張した。


苅谷かりや夜明よあけはおかしかった」


 秋泉母は言った。


「転校してきたばかりで孤立している彼女に話しかけてあげた娘に対し、『そういう気遣いは必要ない』と言い捨てた。娘は家で泣いていた」


 ──と。


「苅谷夜明はまともじゃなかった」


 と田中母も言った。


「当時、教室では七不思議についての噂話が流行っていた。仲間に入れてあげようと声をかけた我が子に『七不思議なんてもともとは誰かの作り話でしょ? そんなものに熱中するなんて子どもっぽくない?』と一蹴した。娘は大勢の前で恥をかかされた」


 ──と。


「苅谷夜明は男子生徒の目を意識していた」


 小林父が声を荒らげた。


「いじめ……などというものはそもそも存在していないが、彼女が妙なタイミングで方言を使っていたのは事実だ。息子が所属していたダンス部の先輩の前では、殊更方言を強調して喋っていたと聞いている。男子生徒の気を引くために、地方から来た、この辺りのことが何も分からないという演技をしていたのではないか」


 ──と。


「苅谷夜明は大袈裟だった」


 遠藤母は沈んだ声で言った。


「息子は生徒会に入っていたけれど、生徒会長にやたらと話しかけている姿を頻繁に見かけたと言っていた。生徒会長は女子生徒で、浅瀬船中学からいじめを無くすという運動をしていた。いじめなんてそもそも存在していなかったのに。転校生で、同じ女子ということもあり、苅谷夜明と生徒会長は昵懇な様子だった。息子は、生徒会長から何度か『転校生に対して良からぬ対応をするのはやめなさい』と何の心当たりもない注意を受けたことがある」


 ──と。


「苅谷夜明は宗教に染まっていた」


 西林母が部屋中に響き渡る声で言った。


「いつも何だか良く分からない分厚い本を読んでいて、クラスメイトと碌に口を利こうともしなかった。学生は皆部活に所属しなければならないのに、そのルールさえ無視した。息子はサッカー部の試合に彼女を誘ったが、断られた。わざわざ気を遣ってあげたのに、あまりにも態度が悪いのではないか。それに、彼女の読んでいた分厚い本には『神』『悪魔』『呪い』というようなワードが飛び交っていた。良からぬ宗教に染まっていた彼女を、気遣ってあげたのは今ここにいる保護者とその子どもたちだけだった」


 そして、


「それをいじめなどと言われては困る。いじめではない。絶対に」


 ──と、〆た。


「んん、でも」


 響野憲造は決して引かない。誰が自動筆記装置だよ。こんなに前のめりになる自動筆記装置がこの世に存在して堪るか。


「実際のところ、苅谷夜明さんは自死未遂を起こしていますよね」

「それと、うちの息子は関係ない!」


 小林父が怒鳴った。禁煙だって言ってるのに煙草の箱を取り出している。菅原。菅原をこの部屋に入れるべきだろうか。本当に話が通じないぞ、この人たち。


「うちの娘だって無関係ですよ。それなのに、訴訟を起こすなんて……」

「苅谷さんのご家庭、転勤族で引っ越しばっかりしてたんでしょう? それで、親子の関係がきちんと構築できてなかったんじゃなくて?」


 秋泉母と田中母が声を揃える。秋泉・田中家は幼少期からの付き合いだと聞いていた。なるほど、親同士の相性も良いと見える。


「苅谷さん家は仲良いですよ」


 響野がさらりと反駁する。


「仲良くなかったら、いじめ加害者といじめを見て見ぬ振りした学校相手に訴訟起こそうなんて思わないですって」

「だから! いじめなんてしてないんだって!」


 遠藤父が悲痛な声を張り上げた。


「勘弁してくれよ! うちの子も、それにここにいる皆さんの子も、来年は受験なんだよ! どうしてくれるんだ……!!」

「なるほど」


 響野が笑いを含んだ声で言う。


「それが本音かぁ」


 ハッとした様子で遠藤父が自身の口を押さえ、傍らに座っていた遠藤母が大仰にため息を吐いた。


「秋泉さんは全国大会常連のダンス部がある高校、田中さんもバレーボールを高校進学してからも続ける予定なんですよね? 小林さんと田中さんのお子さんは交際されてるんでしたっけ? ダンス部の秋泉さんがふたりの仲を取り持ったのかな。いやあ、美しいですね、友情。遠藤さんが生徒会に入ったのは内申書のためですよね、そのために秋泉さん、田中さんと一緒にわざわざ別の立候補者を蹴落として……。西林さんはサッカー部でこれといった成績を上げているわけでもないから、ま、普通に受験組ですかね? そうなると、同級生をいじめ倒していたっていうのは……」


 バシャッ! と大きな音がした。西林母が手元のコーヒーを響野の顔面にぶち撒けたのだ。


「そんな失礼なこと、あなたに言う権利があるんですか!?」


 前髪からポタポタとコーヒーを滴らせながら、響野は片頬で笑った。


「いじめの事実を伏せたまんまで、内申書に傷付けないで乗り切ろうなんて図々しいことするからっすよ」


 ああだめだ。もうだめだ。響野じゃなくて菅原をこの部屋に入れた方がマシだったのかもしれない。響野はどうやら、学生同士の『いじめ』に関して一家言あるタイプの人間だ。それに気付かなかった僕も僕なのだけど。参ったな。

 大きく溜息を吐く。この人たちから直接話を聞けるのは、これが最初で最後の機会かもしれない。だから。


「最後に」


 響野にお手拭きを渡してやりながら、僕は声を上げる。


「お願いしてあった、『』を見せてもらえますか」

「──」


 保護者たちが一斉に沈黙する。

 絵。

 証言より、何より、僕が求めているのは『いじめ加害者たちが見ている悪魔を描いた絵』だ。

 西林母が鞄から一枚の紙切れを取り出し、テーブルに叩き付けて去った。遠藤夫妻、小林夫妻も彼女に続く。それから田中母と秋泉母がそれぞれ白い紙を僕に手渡し、


「とんでもないペテン師ね」

「光臣先生にもがっかり。お里が知れるわ」


 と言い捨てて部屋を出て行った。

 ペテン師。

 ま、錆殻光臣は大ペテン師なんだけど、ね。

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