第5話

そう叫びながら走り出すと、突然画面が切り替わるように私は自宅の縁側に腰掛けていた。

周囲は夕方に差し掛かる頃で、十分に明るい。

傾き掛けた太陽の光が暖かく、目を細めた。

小さな家庭菜園のスペースにはミニトマトなどが生りており、私の母と親友の森山さんがミニトマトを収穫しながら楽しげに話をしている。

私は慌てて自分の手足を見ると、勿論子供の手足ではなく、実年齢のよく見慣れた身体に戻っている。

『夢を…見ていたのか?どうしてあんなに恐ろしい夢を見ていたのだろう? 今はどう見ても現実だ。蚊に刺された足のふくらはぎが猛烈に痒い。』

心底安堵して、そのまま縁側で身体の力を抜く。

母が森山さんに何か言い、森山さんがニッコリして歩き始めると、地面から斜めに突き出た竹を踏み抜いてしまった!

足の裏側から刺さった竹が、甲の部分まで貫通しているのが見えた。

森山さんが物凄い絶叫を上げる。

背筋がゾッとした。

「大変! 森山さんが竹を踏み抜いた! 早く救急車を呼んで! それから森山さんを助けるから、こっちに来て抱きかかえてあげて!」

母が私に向かって叫んでいる!

身体中からドッと嫌な汗が噴き出し、とにかく森山さんの側に駆け寄った。

不自然な形で倒れ掛けている森山さんを支えようとしたのだが、私は手に何か邪魔な物を持っていることに気が付いた。

何を持っているのかはあまり認識できていない。

とにかく手に持っている物を一旦置かなければ、森山さんを抱きかかえることが出来ない。

一旦しゃがんで、手に持っている何かを置こうとした。

その瞬間に「ダメだ! 置いてはダメだ!」という鋭い声が耳に突き刺さった。

びっくりして声のした方に視線を送ると、必死の形相で私に叫び声を上げる少年の顔が見えた。

『私は何を置こうとしているのだろう?』

手に持っている物に意識を集中すると、周囲が突然真っ暗になった。

そして手に持った松明が弱々しく消えかけており、まさに風前の灯火のようになっている。

そこで再び少年の叫び声が私の耳に突き刺さった。

「置いてはダメだ! 松明の火が消えてしまう!」

背筋に電撃のような物が走るのを感じた。

慌てて松明を握り直し、地面から持ち上げる。

炎が再び勢いを増すのが目に飛び込んできた。

「一体どうしたんだ? 突然しゃがみこんで松明を置こうとしてたぞ!」

少年がそう叫ぶ。

私は自分が危うく取り返しの付かない事をするところだった事に気が付いた。

「ごめん! 危うく騙されるところだった! 本当にごめん! もう一度気を引き締めて行くよ。」

その言葉を聞き、少年は『やれやれ』という表情をした。

お爺さんは無表情のまま静かに私を見つめている。

「本当に頼むよ。お前だけが頼りなんだからな? ちゃんと目的地まで導いてくれよ。決して炎を消さないでくれ。頼んだよ? 頼んだよ?」

最後の「頼んだよ」という少年の声で目が覚めた。

葬儀場の仮眠室で、耳許に少年の声がこだましたような気がした。

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