ホール内に出た煌月は喉の渇きを感じて厨房へと足を運んだ。そこで顔と目を真っ赤にした大宮と遭遇する。

「よぉアンタもやっぱり飲むかい?」

 右手のビール缶を掲げる。左手にはつまみのビーフジャーキーと個包装のチーズだ。

「いえ、結構です。大分飲んでいるようですが大丈夫ですか?」

「こんなに飲んだのは久しぶりだなぁ。最近稼ぎが少なくてよ、発泡酒すら手が出なかったからよぉ、誘惑に負けちまったよ」

 黄ばんだ歯を見せて笑う大宮。呂律は回っているようだ。どうやら悪酔いするタイプの人間じゃないらしい。

「ハハッ、じゃあな。温くなっちまうからよ」

 大宮はそういって足早に階段へと歩いていく。足取りはしっかりしているようだ。

 煌月は特に気にせず冷蔵庫を開けた。ペットボトルのスポーツドリンクに手が伸びる。蓋を開けて乾いた喉にゆっくりと流し込んでいくと、心地良い冷たさが口の中に伝わっていく。五百ミリリットルの一本では足りなかったので、もう一本開けて再びゆっくりと流し込む。

 一人で厨房に佇む煌月の元に現れたのは、室内着に着替えた村上茜だった。

「あら? 五鶴神さんも喉が渇いたのかしら?」

「ええ、そんなところです」

 村上はそう、と小さく口に出して冷蔵庫へと近づいていく。彼女が取り出したのはペットボトル入りの紅茶を二本だ。

 少しの静寂の後、「ちょっとお話をいいかしら」と煌月に声を掛けた。

「構いませんよ」

「五鶴神さんって警察に協力して事件を解決しているんですよね? その際に何を重視しているのでしょうか?」

 煌月は一瞬考えた。

「それは『真実』と『証拠』ですね」

 煌月は一口飲んでから話し始める。

「私に依頼が来る場合は二通りあります。一つは警察からの協力要請。これは捜査の過程で不可解な部分が出てきた時に、解明してくれということですね。例を挙げると密室殺人や容疑者のアリバイ崩し、現場の矛盾が解消できない場合等です。

 もう一つは時々冤罪を晴らしてくれという依頼が来るんです。自分はやっていないから証明してくれとか、逮捕された家族や友人は犯罪者じゃないからなんとかしてくれとか、そんな依頼ですね」

「信頼されているんですね」

「一応、実績は積んでいますからね」

 煌月はもう一口飲み、表情を変えずに話を続ける。

「その場所で何が起こったのか? 不可解な状況の理由は何か? 矛盾しているのは何故なのか? 考えて答えを出すのは謎解きに似ているかもしれませんね。手持ちの情報から考えるし、足りない情報があると思えば探してみる」

「それが推理、ですね」

 煌月はゆっくりと頷いた。

「行きついた真実が正解か証明するには証拠が必要です。そして依頼の性質上、それは犯罪の究明であり罪人を確定させることです。それは他人の人生に大きな影響を与える行為です。故に、私は関わる以上決して妥協はしません。真実の究明と証拠を揃える事を重要視しているのです」

 表情が乏しくても強い信念が宿る双眸と、興味と尊敬が交じり合った双眸が互いを映した。

「五鶴神さんを頼る人がいる理由が分かった気がします」

「警察は兎も角、一般の方は何処から私の話を聞きつけてくるのか」

 煌月はグイっとスポーツドリンクを流し込んだ。

「ちなみに冤罪の人、今までどれくらい救って来たのですか?」

「正確に数えた訳ではありませんが、冤罪のケースの方が少ないですね。家族から依頼されたケースで、実際は冤罪じゃなかったというのが多いです」

「意外です。多くが勘違いだったということですか?」

「そうです。私は依頼人が正しいという前提では動きません。結果がどうあれ見つけ出した真実を伝えるだけです」

 村上は満足そうに笑った。

「貴重な話、ありがとうございました。それじゃ私はもう寝ますね」

「ええ、おやすみなさい」

「おやすみなさい、五鶴神さん」

 村上は厨房を出ていった。煌月は空のペットボトルをゴミ箱に放り込み、左手の腕時計を見遣る。五千円もしないアナログ時計の針は、午後十時五十五分を示していた。きっちり五分待ち、午後十一時を回ったところで厨房を出る。

 煌月は部屋に真っ直ぐに戻らず階段を昇った所で曲がった。自分が来た道、即ち第一フェーズの謎解き部屋へと戻る廊下へと長い足を運んでいく。その先にあるドアの前に立つと、躊躇もなくノブに手を掛けて回す。

 ――開かない。

 ノブは回るものの、押しても引いてもドアは開かなかった。鍵穴も操作パネルも無いこのドアは、確実にロックされているようだ。

 戻りの道は無しと小さく零し、踵を返してホールへ戻る。今度はその反対側にあるドアへと進む。第二フェーズと書かれたプレートがある、進む道のドアだ。

 ノブを回してみたが、竹山が確かめた通りで開かなかった。

「完全に閉じ込められた、か。途中でリタイアはナシってことなのか?」

 開かないドアに話しかけるように声が漏れ出ていく。返事が無いのは言うまでもない。

 ――嫌な予感が消えないな。

 確かめ終わった煌月は、薄暗い中を自分の部屋に向かって歩いて行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る