第二章 山奥の城

 城内を進むとエントランスホールに出た。天井には豪華絢爛なシャンデリアが暗めの光を注いでいる。壁面には中世によく使われていたランタンに似た間接照明が、等間隔で並んでいる。一つ一つが淡いオレンジの光を放っていた。全体を見ればやや暗いが、それが幻想的あるいは日常から切り離された別の世界の雰囲気を演出している。

 床には赤い絨毯。壁面は白。絵画の一枚も飾られておらずタペストリーの類も無い。

 外の突き刺すような暑さと隔絶されたエントランスホール、その中央に木製の長テーブルがあった。その上には水差しが四つとコップが十六個。肘掛椅子も十六脚あったが九脚は既に埋まっていた。先に入城した参加者達だ。正面入り口のドアが開くと同時に十八の眼球が連動して、煌月達に向けられた。

 先頭の木村は一旦立ち止まったが、すぐに「お待たせしました~」と明るくて弾むような声を出しながら、彼等が座る長テーブルへと堂々とした足取りで進んでいく。

 スリッパとか用意されていないから土足で大丈夫か。

 煌月は足元に目線を落とす。履いているのは普通よりも二回りは大きいスニーカー。身長が高いと足も大きく、合うサイズの物は中々無い。

 先に入っていた参加者達と合流した煌月は、表情を変えずに逆に彼等の様子を窺う。

 高校生か大学生の男子三人組がいるな。制服は着ていないが、雰囲気でなんとなく学生だと分かる。見た目は女子高校生くらいの三人。年配の男性が二人、氷川さんと年齢は変わらないくらいの女性が一人。

 男子三人組は椅子から立ち上がり竹山に寄ってきた。

「えっと、謎解きクリエイターの竹山翔さんですよね?」

「そうだよ。僕の事知っているのかい?」

「知ってます! 竹山さんの謎解き本は全部読みましたよ」

「それはどうも、光栄な事だ」

 竹山は表情を軟化させた。彼等にとっては竹山は有名人らしい。

「謎解きクリエイターって何ですか?」

 割り込んで煌月が質問を投げた。

「謎解きを作る人の事で、例えばこういうリアル脱出ゲームのネタを考えたりする人の事ですよ」

「成る程、なんとなく想像がつきました」

 答えてくれたのはアンダーフレームの眼鏡の子だ。

「それなりに謎解き関係の仕事は貰っていたし、僕が招待されたのもそれが理由でしょうね。それより君達が呼ばれていたのは意外だな。それにそちらの彼女達もだけど」

 竹山はもう一つの女子三人組を見遣る。彼女達は女優の氷川冷華を見つけるや否や突撃する勢いだ。

「マジ本物じゃん!」

「こんなところで会えるなんて感激です!」

「『恋愛は夢と悪夢と希望の影』超見てました!」

 氷川は太陽のような笑みを見せた。

「私が出演したドラマを見てくれてありがとう」

 空気を浸透するような透き通った声がホール内に響く。

「ねーねー竹山さんの知り合いなの?」

 跳ねるように寄ってきたルナアリスに竹山は眼鏡のブリッジを上げてから、

「面識はないよ。でも彼等が今年の『高校生クイズ甲子園』の男子の部で優勝した高校の生徒だというのは知ってる。あっちの彼女達は女子の部で優勝した学校の生徒だ。全国ネットのテレビで放送されていたんだが、君は観なかったのかい?」

「うん、観てない」

 ルナアリスはツインテールを横に揺らす。その後ろで羽田は鼻を鳴らした。

「ワイは観てたで。竹山の兄ちゃんといい、厄介そうなモンが集まっとるようやなぁ。こらしんどそうや」

「なぁに? その口振りだと貴方も賞金狙いかしら?」

 羽田に近づいてきたのは氷川と歳が近そうな若い女性。茶髪のロングストレートに赤いイヤリング。柔らかそうな唇には薄紫のリップ。トップスは深紅で胸元が大きく開いており豊満な胸元が煽情的に晒されている。スカートは短めの黒。足は白のストッキングに赤のヒール。

 顔も整っておりスタイルの良い派手なセクシー系の美人といったところ。氷川とは正反対のタイプの美人。

 声を掛けられた羽田は視線を少し下げてにやけ面に変わって、

「そらそうや。億単位やろ? むしろ気にせんほうが無理な話や」

「賞金というのは何の話ですか?」

 竹山が二人に歩み寄って聞いた。

「そらこのリアル脱出ゲームの賞金に決まっとるやろ。脱出出来たら一億円、成績に応じて億単位の追加賞金や。招待状に書いてあったやろ?」

 羽田はチェック柄の上着の胸ポケットから便箋を一通取り出した。雑に扱ったのか大分皺になっている。

 竹山は首を傾げて眼鏡のブリッジを上げた後、革ジャンのポケットから羽田と同じ便箋を取り出した。

「僕のには賞金の事など一切書いていませんでしたが?」

「えっそうなん?」

「私のにも賞金の事は書いてありませんでした」

 賞金というワードに反応したのか、氷川が不思議そうな顔で申告した。

「賞金の事を知らされている人と、知らされていない人がいるようね」

 派手な女性は容姿のイメージを裏切らない艶のある大人びた声を放つ。

「俺等のにも賞金の事は書いていなかったな」

「私達のにも書いていなかったわよ」

「高校生組はどちらも知らされていない側か」と竹山。

 煌月は左手を口元に当てて彼等のやり取りを見ていた。

「おかしいね。招待の理由は兎も角、賞金って大事なコトが食い違っているなんて」

 ルナアリスは後ろ手を組んでやり取りを見ている。

「ウチの招待状、賞金はクリア出来たら百万円って書いてあったんだけど。ルナちゃんはどうなの?」

「私も美緒さんと同じ。百万円って書いてあった」

「俺は、羽田さんと同じだな。億単位なんて嘘だろとか思ってたんだが、まぁそれでも来ちまったんだけどよ」

 大宮は馬鹿にしたように笑っている。

「煌月さんはどうだったの? 賞金の話は」

「私も羽田さんや大宮さんと同じです」

 ルナアリスが聞くと煌月は即答した。

「他の方の招待状を見せて頂けませんか?」

 煌月に羽田と竹山の招待状が渡された。

 文面を見ると賞金の件は二人の言う通りだった。

 竹山さんには挑戦的な言葉で誘う。羽田さんは賞金で釣る。そんな印象があるな。あと便箋に差出人の名前も住所も書かれていないのが気になる。消印はどちらも同じ郵便局から送られているようだ。

 もしかして賞金は嘘か?

 竹山と羽田に招待状を返し、他の参加者達を見渡した。

「ちょいといいかい? そちらのお二方はどうなんだい?」

 大宮が残りの二人に声を掛けた。どちらも大宮と年齢が近そうな男性だ。

 少し間を空けて答えが返ってきた。白髪交じりで白い七分丈のジャケットを着ている男が、

「自分のには賞金の事は書いていないし、聞かされていなかったな」

「聞かされていないというのは誰からの事です? もしかして主催者と直接やり取りを?」

 すかさず煌月が割り込む。

「いや主催者の事は知らない。自分は自分が勤務している大学病院の理事長から頼まれたんだ。その時に賞金の話は一切出なかった」

 この人も賞金のことを知らされていないのか。

「へぇ~アンタ医者か?」

「ああ、外科医をしている」

 大宮の質問に少し声を大きくして答えた。

「その理事長は主催者の事は知っているのですか?」

「どういう間柄かは知らないが多分知り合いだろうとは思う」

 煌月は成る程、と頷いた。

「そちらさんはどうだい?」

 大宮が振ったもう一人の男はヘンリーネックのTシャツを着た丸顔の男。左目側に大き目の泣きほくろがある。外科医の男と年齢が変わらなさそうなこの男は、不機嫌そうに腕を組んでいる。

「アンタと同じだよ。脱出で一億、成績に応じて億単位の追加」

 睨むように他の参加者を順番に見ている。

「ねぇ煌月さんは賞金の事、どう考える?」

 意見を求めるルナアリスに煌月は、

「情報不足です。何とも言えませんね。もっと詳しく話を聞ければ、それっぽい答えが出せそうですけども」

 煌月はホール内を見渡した。

「話は変わりますが、このエントランスホール。入り口以外のドアが見当たらないです」

 話題を変えた煌月に、後で来た参加者達は操られたように一斉にホール内の壁に視線を走らせる。

「それは皆気になっていたんだ。全員揃ったら説明を始める、自己紹介でもして待っていたまえ。そんなことが書かれた紙がテーブルに置いてあった。だから他の参加者が来るまで待とうという話をしていてね」

 外科医を名乗る男が指をさした先には一枚のA4用紙があった。パソコンで入力して印刷したのだろう、楷書で文字が並んでいる。

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