4 ナンパ失敗しました

「あれ、伊野田さん、どうしたんですか?」

「いや、ちょっと」

「おっと、もしかして今の人が気になっているということですか、恋の始まり的な?」

「違うよ。知り合いかもしれないから、おれはここで。お疲れ様です」

「え、そんな急な」


 戸惑う小橋をそのままに、伊野田は女の後を追った。女は自分たちが歩いてきた方へ進んでいく。

 二つ角を曲がったところで見失った。

 塀に囲まれた袋小路で、近隣オフィスの廃棄物置き場になっていた。


 あの違和感がただの通り越し苦労であればいいのだが……。過去に感じたことのある違和感だ。事務局に居た頃、わずか数回であるがこの違和感に遭遇したことがある。決まって良くない出来事を引き寄せる違和感だ。


 ひとつ鼻から息を漏らして、伊野田は振り返る。そこに小橋が立っていたので、伊野田は飛び跳ねて驚いた。

「帰ったんじゃなかったのか?」

「いやいや、伊野田研究員のナンパの結果を知りたくてですね……。連絡先きけました?」

「ナンパじゃないし、知り合いでもなかったですし。どっかいっちゃったよ」

 伊野田はそう言って、再び路地の方へ向き直る。


 いつのまにか女がいた。仄暗い廃棄物置き場に似つかわしくない格好で、突っ立っている。まるでたった今、上空から降りてきたようにそこに佇んでいると思えば、一歩で距離を詰めてくる。


 伊野田は無意識に身体の向きを斜めに変え、背後に立っていた小橋を軽く押した。転んだかもしれない。「何するんですか」と驚いた声を上げたが、伊野田はそちらを見ずに、手で制した。何かを察して小橋が黙り込んだ。


 この相手に“捕捉されてはいけない”と、伊野田は本能的に察知した。


 そして気づいてしまった。奥の廃材に紛れて、オートマタが転がっている事に。

 頭上の円環表示がブレており、おそらく損傷している。もともと置かれていたものなのか、目の前の女が関与しているかはわからないが、伊野田は警戒した。


「…、あなたとてもおもしろいニオイがする」

 唐突に、女が口を開いた。

「え?」

「変ね。ヒューマンなのに、オートマタのにおいがする」

 伊野田はぎょっとして、後ずさりしかけた。自分が違和感に気づいたなら、相手も同じということが。背後にいる小橋が立ち上がろうとしているようだ。今の発言を聞かれてなければいいのだが。女は気にせず続けた。


「ちょっと、脱いで見せてくれません?」

「誘い方ってもんがあるだろ…」

「勉強中なの」


 手が伸びてくる。伊野田は手が到達する直前に身を捻った。手は空を掴むと、不服そうな顔を見せた後、今度は勢いよくこちらへ踏み込んできた。

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